皆さんは「横尾忠則」(以下「横尾忠則さん」と言います)という「美術家」をご存じでしょうか。なぜ「美術家」というあいまいな言い方をするかと言うと、横尾忠則さんは、その長い創作活動の中で、その時期によって全く作風が、いや、その創作手法が全く異なっているので、「画家」とか「グラフィックデザイナー」とかの一定の呼称では紹介できないからなのです。
まず、横尾忠則さんの経歴などをざっとお話しさせていただきます。
横尾忠則さんは、1936年に兵庫県西脇市で生まれ(2025年8月現在89才)、20才までそこで過ごしました。幼少期にさまざまな超常現象を経験し、死の世界に憧れを抱いていたそうです。神戸新聞社でグラフィックデザイナーとして活動した後に独立し、1960年に上京しました。その後「イラストレーター」として活躍(1962年に大和証券DMのイラストで「ADC賞」銀賞を受賞)し、宇野亜喜良、和田誠、篠山紀信、寺山修司、三島由紀夫(敬称略)らと仕事をしました。1970年にタクシーでの交通事故、足の動脈血栓などで入院生活を経験したことを機に「休業宣言」を行いました。また、多大な影響を受けていた「三島由紀夫」さんが同年11月に自決(割腹自殺)したことに大きな衝撃を受け、その後はオカルティズムや神秘主義に傾斜していきます。1980年7月にニューヨーク近代美術館で開催された「ピカソ展」に衝撃を受け「画家宣言」をします。横尾忠則さんの言葉によれば、「美術館の入り口をくぐる際はグラフィックデザイナーだったが、2時間後に出口に立った時には『まるで豚がハムの加工食品なって工場の出口から出てくるように』画家になっていた」そうです。
横尾忠則さんは、現在89才でいらっしゃいますが、「Y字路」シリーズ、「寒山百得」シリーズなど、現在でも1日に1枚のペースで精力的に絵画を創作されているそうです。
私が今でも心を惹かれるのは、「画家宣言」をする前の横尾忠則さんの作品です。私が、横尾忠則さんの作品に最初に接したのは「少年マガジン」です。「なんで少年マガジンなの?」と疑問に思う方も多いと思いますので、その理由についてお話しします。このブログのVol.80とVol.139でもお話ししましたが、1970年の「週刊少年マガジン」は、今の少年マガジンとは全く異質な編集方針で、漫画で言えば、軍国主義化した架空の日本を描いた「光る風」や残酷な描写で社会問題になった「アシュラ」や青年漫画を描いていた漫画家の短編作品などを積極的に掲載していました。その表紙も、少年雑誌とは思えない意表を突くようなものが多く、「マグリット」や「エッシャー」の不思議な絵画についても、私は、少年マガジンで初めて知りました。
1970年の第22号~25号、34号~38号までの計9回にわたって、横尾忠則さんの作品が表紙を飾りました。この時期の横尾忠則さんは、交通事故に遭ったり、三島由紀夫さんが自決したりしたことの影響もあり「休業宣言」している時期だったのですが、当時の少年マガジンの編集長だった「内田勝」さん(伝説の編集長です)から直々に依頼を受けて、「できるだけ手数のかからない仕事なら」ということで引き受けたそうです。
その第1回目は第22号で、その頃大人気だった「あしたのジョー」の一場面のコラージュ作品でした。私はその頃14才でしたが、その表紙を見た時には戸惑いました。最初は、「ジョーが力石に倒された場面を切り取っただけじゃん」と思ったのですが、よく見ると、赤と黄色の色彩のコントラストが鮮烈で、子供心にも「これはただものじゃない」と思いました。第25号までの4作品は、当時少年マガジンに連載されていた漫画を題材にしたもので、第23号は「巨人の星」、第24号は「ワル」、第25号は「リュウの道」(この作品は石ノ森章太郎さんの壮大なSF作品です)を題材としています。第34号~第38号までは、絵本やポスターなどを題材としています。第34号は映画「吸血鬼ドラキュラ」のスチール写真、第35号は絵本「桃太郎」、第36号は歌川国貞の幽霊画、第37号は東宝の怪獣映画「決戦!南海の大怪獣」のポスター、そして最後の第38号は手塚治虫さんの「鉄腕アトム」の一場面です。これらの作品は、今見ても心が魅かれます。
横尾忠則さんは、膨大な作品を製作しておられますが、その中でも私が好きな作品を挙げるとすれば、唐十郎さんが主宰していた劇団「状況劇場」のために製作したポスター「腰巻お仙」(1966年:この作品は「京都国立近代美術館に収蔵されており、世界のポスター展「World & Image」で60年代を代表する作品に選出されています)、ロックバンド「サンタナ(SANTANA)」のアルバム「ロータスの伝説(Lotas)」(1974年)、「アミーゴ(Amigos)」(1977年)のアルバムジャケット、ジャズプレーヤー「マイルス・デイヴィス(Miles Davis)」のアルバム「アガルタ(Agharta)」のアルバムジャケットなどがあります。
[横尾忠則とは何者か YouTube]
※ Xに画像を投稿しました(2025.8.27)。