その7(№5884.)から続く

「車両ごとの扉位置の違いをクリアせよ」というミッションへの対応。
そのひとつの回答が、前回取り上げた「昇降式ホームドア」だったわけですが、今回はそれとは異なる方向での対応を取り上げます。
異なる方向のひとつは、ホームドアの開口部を自由に設定できるようにすること(開口部移動式)。さらにもうひとつは、「昇降式ホームドア」と同じ発想でありながら仕切りを沈下させるという「沈下式ホームドア」です。
順次取り上げましょう。

【開口部移動式① どこでもドア】
これは別に「ドラえもん」のひみつ道具のことではなく、開口部の場所を選ばないという意味での「どこでもドア」。発想としては、扉位置が異なるのであれば開口部を自由に設定できればいいのでは、というものです。
この方式は三菱重工が開発したもので、複数のタイプのドアを組み合わせることによって、開口部をずらすことができ、それによって2扉・3扉・4扉のいずれにも対応することができるものです。
この方式のホームドアは、平成28(2016)年に京急三浦海岸駅に設置され、実証実験に供されました。しかし京急では、この方式が採用されることはなく、設置済みの駅では通常型のホームドア(ハーフハイトタイプのホームゲート)となっています。
この方式のデメリットは、機構が複雑化しコストが増加するであろうこと。鉄道事業者にとっては、それなら通常型でいいや、ということにもなります。特に扉位置の異なる車両が少数系列であるような場合などは、その少数系列を退役させて扉位置を揃えてしまえば、そこまで面倒なホームドアを採用する必要がなくなりますから。

【開口部移動式② 戸袋移動型ホーム柵】
上記「どこでもドア」と同じ発想ですが、仕組みは異なります。
これは東京大学生産技術研究所と神戸製鋼所が開発した方式で、車両ごとに異なる扉位置に対応させるために、扉ではなく戸袋(ホームドアの筐体)そのものを移動させる方式。前の駅からの情報を受信して扉数と位置を把握、それによって筐体が移動してホームドアの配列を行い、到着した列車(車両)の扉位置に合わせた部分を開閉するものです。
この方式は、異なる扉位置の車両に対応させることが可能であることは勿論ですが、停止位置の正確さを要求する必要がないため、ATOやTASCといった運転士を支援するシステムを構築する必要がないというメリットがあります。そしてこのメリットは、初期投資額を抑えることができるというメリットにもつながります。
この方式は、平成25(2013)年から西武新宿線新所沢駅に設置され実証実験に供されました。しかし西武鉄道でこの方式が採用されることはなく、西武線の駅に設置されたホームドアは、京急と同様に従来型のものとなっています。
この方式のデメリットは、恐らくですがホームドアの筐体を動かすレール部分の目詰まりと、それによる動作不良の危険と思われます。レール部分に缶やペットボトル、あるいは大量の落ち葉(地上駅の場合)が詰まってしまったら、動作不良を起こすことは必定です。そうなるとそれを避けるためのメンテナンスが必要となります。
西武がこの方式を採用しなかったのは、そのような動作不良のリスクを嫌ったのではないかと思われます。

【沈下式ホームドア】
これは読んで字の如く、ホームと列車を隔てる壁(乗降口の扉)を下に沈ませるようにするもの。前回取り上げた「ロープ(バー)昇降式ホームドア」(昇降式ホームドア)と発想は同じですが、昇降式ホームドアが上に開く形態であるのに対し、こちらは下に沈む形態であることが異なります。具体的には、列車が入線するとホームと列車を仕切っている壁が沈み、列車の発車前には壁が浮き上がるというもの。
この方式は、現在近鉄が実用化を目指して検討しています。近鉄の場合、自社路線内でも扉位置の異なる車両が混在するばかりか、全く車両規格の異なる路線と相互直通運転を行っている路線すらあり(奈良線)、さらにその奈良線もOsaka Metro中央線との相互直通運転を控えていることから、またさらに異なる規格の車両が乗り入れてくることになります。このような状況下では、到底他路線のようなホームドアの設置はできない相談です。
しかし、以上の状況は、「他路線のようなホームドアを設置できない理由」にはなっても、「何故『沈下式ホームドア』を開発しようとしているのか」という問いの答えにはなっていません。車両規格の違いを克服するためだけであれば、自社の大阪阿部野橋駅にあるような、昇降式ホームドアで事足りるからです。
それではなぜ近鉄が「昇降式ホームドア」ではない「沈下式」を開発しようとしているのでしょうか。
その理由は、恐らくですが「沈下式ならではのメリット」が大きいからではないかと思います。
「沈下式ならではのメリット」は、仕切りが沈下する方式であることから、ホーム側のドアを設けずに済むこと。これによって導かれるのは


① 開口部がないので、扉の位置や車両の長さを一切不問にできる。
② 停止位置の正確さを確保することも一切不要となり、運転士の負担が軽く済み、ATOやTASCなど運転士を支援するシステムを構築する必要がない。
③ 運転士を支援するシステムを構築する必要がないことは、投資額が安く済むということでもある(イニシャルコストの低減)。
 

ということです。特に奈良線のような路線を抱える近鉄にとっては、①のメリットは計り知れないものがありますし、またJR以外では最長の路線総延長を誇る近鉄のこと、駅数も多く②③のメリットも大きいものがあります。これらのメリットが、近鉄をして「沈下式ホームドア」を開発せしめているということでしょう。
ただし、この方式にもデメリットはあり、それは視覚障碍者の安全。柵が沈下すればそこに僅かとはいえ段差が生じ、視覚障碍者が躓き転倒する危険があります。問題は柵が上昇するとき。もし視覚障碍者が沈下した柵の上を歩いていて、柵が上昇し始めた場合、やはり転倒の危険があります。このあたりは点字ブロックなどで対応するしかないような。

以上、車両ごとの扉位置の違いを克服しようとする試みについて概観してきました。
次回は、ホームドア設置のための車両側の対応を取り上げます。予告編では言及していませんが、ホームドア設置の必要により運転系統を変更した事例もありますので、それも併せて取り上げる予定です。

その9(№5893.)へ続く