※一応フィクションということで、、、
よろしくお願いします。
あと20日に朗読してやろうかと思ったけど
結構長くなったので、
歌う時間なくなるじゃん!
ということで、やめておきました。。
これまた長いので、ゆっくり暇つぶしにでも
読んでくださいませ。  

磯部俊行


「あーすかん」の上手な使い方


冨美恵はよく吠える。

と言っても彼女は犬でもなければ、
ましてや無類のアニマル浜口好きでもない。
人間であり、僕の母親である。

彼女には色々な呼び名が存在する。
ふみちゃん、ふーみん、いぼばばあ。。
ちなみに、いぼばばあだが
姉の子供達がまだ小さいころ、おかんを
「いぼばばあ」と呼ぶと同時に、
眉間の大きなイボを押す。するとおかんが
「いぼいぼー」言いながら
「妖怪いぼばあ」に変身し、
この世の終わりみたいな顔をする。
それを見て、子供達がきゃっきゃきゃっきゃする。
そんな遊びが大流行していた。
冨美恵も孫が喜ぶ姿がなにより
嬉しかったのだろう。


が、


子供という生き物は、1回おもろいとわかると
自分が飽きるまでやり続ける。。

ある日、事件が起きた。

3人の子供たちが入れ替わり立ち代わり、冨美恵のイボを押し続けた。
すると、見る見るうちにイボが腫れ上がり、
「いぼいぼー」と無理に低音で言い続けた為、のどもつぶれたのだ。

本当の「リアル妖怪いぼばばあ」になり、
その姿も見て完全に子供達がドン引いたらしい。。
冨美恵はこの世の終わりのような顔をして、
本当に落ち込んでいたと姉から聞いた。

子供とは時としてとても
残酷な生き物である。。。

話しがそれてしまった。。。


そう、冨美恵はよく吠える。
「あーすかん」「あーすっかーん」
と、一度吠えだすと発情期の猫のようだ。
ちなみに「あーすかん」や
「あーすっかーん」を訳すと
「あー嫌だ」とか「あーダメ、嫌い」
という意味だ。

彼女の「あーすかん」は政治、経済、芸能界と幅広くメスを入れる。
そのネタ元はワイドショーなどではなく、3ヶ月くらいに一回、
パンチパーマのようなパーマをあてに行く
田舎の美容院で読む、「女性セブン」と「女性自身」という雑誌からなのだ。
しかし、そこの美容院に置いてある雑誌は少し古いものが
毎回置いているらしく、


「あーすかん」と言う冨美恵の情報は、、

いつも古い。。。


そして家族の中では、彼女に吠えられる割合が高かったのは、
圧倒的に僕だった。

僕が小学2年生の時、今考えれば、売る方売る方だが、
家族に内緒で、貯めていたお年玉でペットショップへ行き、

子犬(シェットランドシープドック)を購入し自分の部屋で飼っていた。
僕の部屋は犬の匂いが充満するは、鳴き声はするわーで、
仕事から帰ってきたおかんに即バレた。
「あーすかん!」「あーほんまあんたすっかーん」彼女は吠続けた。

中学生1年の時、内緒で西田ひかるのファン倶楽部に入った。
振込用紙がバレて、彼女は吠えた。
「あーーすかん!」「すっかーん!」
同時期、隠してたエロ本がバレた。
「あ、あ、すかーん!」「こんなん、ほんますっかーん」
と冨美恵は何度も見直していた



そんな中でも、同居していた当時もそうだが、
未だに僕に対して吠え続けていることがある。

それは、彼女が「お風呂はいったんかね?」と質問した時に、
僕がまだお風呂に入ってない時だ。
 
「あーすかん、あーまだ風呂にはいってないんかね!あーすかん!
あかだらけ!あーすかん!すぐ入りんなさい!あーすかん!あかだらけ!
もうあかだわ!としゆきはあかだわ!」

本当にひどい言いようである。。。

当時、仕事柄、お酒を飲んで帰った時なんかは、
大袈裟じゃなく2、3分に一回は
「あーすかん、まだ風呂にはいってない!あーすかん、あかだらけ!
あーすかん!まだ入ってない!あーあかだらけ!」

と、僕がお風呂に入るまで吠え続けていた。



そんな、彼女が6年前、癌になった。
気づいた時には、直腸には、悪性の癌が牛の目玉ほどの大きさになっていた。

すぐに癌切除の手術を行ったが、転移が見つかったのだ。

そこから、抗がん剤の治療が始まった。


兄弟3人の中で一番母の家の近くで暮らす姉が看病していたのだが、、
あの霊長類最強の生き物と思っていた、冷静でいつも気丈な姉が
発熱や頭痛に苦しみ続け、抜けていく髪、やせ細っていくおかんの姿を
目の当たりにして「もう見てられない」と泣きながら電話してきたのだ。

簡単に考えていたわけじゃなかったけど、
どこかで「あの人は大丈夫」って思っていた。
なぜそういう考えになるのか、、、すくに納得した。
僕は、彼女の「弱さ」を見たことがなかったからだ。。。。



急に鳥肌が立った。
行き交う人々の会話、車の音、風邪の音、街に流れる音楽、
いろんな音が怖くなって、全ての音が爆音に聞こえてた。
全身から嫌な汗がでているのを感じた。
あの時の感覚は今でも忘れられない。

僕は耳を塞いで、その場に立ち尽くした。

どれくらいの時間がそうしていたのかは覚えていない
一瞬だった気もするし、すごい長い時間にも感じた。

我に返って、無我夢中で新幹線の切符を買って乗り込んだ。
実家へ向かう5時間半の間、汗と全身の震えが止まらなかった。
歯をがたがたさせながら、席には座らず、通路でずっと丸まっていた。

駅からタクシーで病院に向かっている間、
だんだん自分の心臓が口に近づいているように感じ、
吐きそうになり、1回1回の鼓動が痛かった。

受付で、部屋番号を聞きエレベーターから降り、部屋の前まで来た瞬間、
足が止まった。あれだけ急いで来たのに、さっとドアが開けれなかった。

僕はすごく緊張していたのを覚えてる。
会いたいけど、会いたくない。そんな感情だった。

それでも、ゆっくり深呼吸して、

ゆっくりドアを開けた。。。
一番奥のベッドで横になった彼女をみつけた。

おそるおそる近づいてみた。

点滴なのか、抗がん剤なのか、ふっとい針で、
液体を彼女の腕から全身に送っていた。

おかんは、目を閉じ
胸元まで毛布をかぶり、手は外に出ていた。





別人だった。。。


髪は薄くなり、頬はこけ、腕も、がりがりだった。


「早く来れんで、本当ごめん」

大声で叫びたい想いを、
次から次へと流れてくる涙で必死にこらえた。

その時。

「あんた、何しよんかね・・・」

かすかすの声が聴こえた。

「起こした、ごめん」
「あんた、仕事は?」
「いや、心配やから来たんよ」
「周りの人に迷惑かけるじゃろうがね、、、
大丈夫じゃけえ帰りんさい・・・」
かの鳴くような声だったけど、ハッキリと彼女の意思を感じた。
「何いいよるんよ、ちゃんと連絡するけー大丈夫やから」
「バカいいさんな、あんたがおったら、心配で治るもんも治らんけー」
「そんな言い方せんでもええやろー!」
つい声を荒げてしまった。
こんな風にしたかったんじゃない、こんな風に会いたかったんじゃない。
怒りにも似た感情を飲み込んで、細くなった彼女の腕をつかんだ。

「おかん、、帰れって言われても帰らんけーな、駄目息子でも帰ってきたら
ちょっとでも元気になるんじゃないかって必死で帰ってきたんよ、
そんな風に帰れ帰れ言わんでよ、
あんな、新幹線の中でちゃんと考えたんやけど、俺こっち帰ってくるよ
姉貴だって嫁いでるし、兄貴も大阪で家族もいるし、独り身は俺だけじゃん
実際東京にも疲れたしね、
こっちで仕事探すけん2人で暮らそうや、それやったら俺が看病できるしね
俺がそうしたいんやから、文句言わんでよ、もう決めたから」

彼女は、少し黙って、僕の手を多分、あの時の力いっぱいで掴み返し、
力いっぱい言った。


「あーーーーすかん!」

「あーすっかんよ、としゆき。
お母さんはそんな子にあんたを育てたつもりないよね。
あんた今まで好き放題、自分のやりたいことやってきたんじゃろうがね、
それを応援してくれる人のことも考えた上でいいよるんかね、そんなこと!
お母さんの病気のせいにして途中で投げ出すような、
そんなもんやったんかね。あんたのやりたいことは!
あんたにとって、今まで頑張ってきた音楽ってなんやったんかね。
としゆき、お母さんね、そんなんでこっち帰ってきてくれても、
何もうれしゆーない、としゆき、ほんとよ。
お金もないやろーに、
こうやって帰ってきてくれただけで、お母さんもう十分よ、
絶対癌なんかに負けんけえ、あんたも自分がやりきったって思うまで
あっちで頑張りい、わかったかね馬鹿息子」

おかんは一所懸命、僕の腕をつかんで話した。

僕は何も言えず、ただ泣いてた。

「あんた、ちんぽついちょるんじゃろうがね、しっかりしんさい」

おかんも泣いてた。


同室に入院していた皆さん
メロドラマのような親子のやりとりでうるさくして本当にごめんなさい。

そして冨美恵さん
いい歳して、まだいろいろ教えなきゃ、わからない馬鹿息子を、
どうかゆるしてください。

あなたの言葉でまた、一歩進むことができました。
本当にありがとう。


あれから6年、癌と闘い、いまだ再発することもなく、
今年の10月15日で73歳。冨美恵は癌に勝ち続けています。
それどころか、皆の反対を聞きもせず、
「じっとしてたら、ボケるわ」
と、懐石料理屋でバリバリ働きはじめた。


「ふーみんのまかないちょーうまい!って、
19歳のゆきこがね言うのよ、
じゃけえね、言ってやったんよ、
あたりまえじゃあ!それよりあんた、
ちょーうまいじゃないじゃなくて、
ぶちおいしいですじゃろうがねって怒ったんよ、
そしたら、あーこわっって逃げるんよね、ゆきこがー!あーすかん!」

嬉しそうに電話ごしで話始めるともうとまらない。

「あーすかん!あれは、不倫じゃろうがね、
いくらええ男でもね、不倫はいけんよ!!」

「あーすかん!あの女とあの男はできちょるよ
、絶対!写真撮られちょったからね、」

「音楽のーあれ、さむらなんとかはね、
あれ、本当は耳がきこえちょるらしいんよね、
あーすっかーん」

全て少し古い「女性セブン」と
「女性自身」が情報源であることは
言うまでもない。。。

でも、この話をしだすということは、
「あっ、パンチパーマみたいなパーマかけにいったんやな」
って少し嬉しくなる。


そして僕は、電話を切る前に
必ず最後に言う事がある。

「それじゃあ、またかけるね、
あっ、おかん、俺、まだ今日、風呂入ってないんよ」




すると、、、


「あーーーすかん!くさっ!あーくさ!汚い男やねーーー!
あかだらけよ、あんたはあかだらけよ、あーすっかーん!」

電話で匂いまでかげるらしい。彼女は進化を続けている。


電話を切った後、帽子をかぶり直した。
だいぶ寒くなってきた東京の夜を
少し温かくなった心と一緒に歩きながら、
「明日もがんばりますかー」と家路へ向かった



僕はおもう

きっと、「あーすかん」を言わせたら彼女の右に出る者はいないだろう

僕はおもう

あと何回、冨美恵の「あーすかん」を聞けるのだろう