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walkin' by around.

I've not stiill found my way.

一年振りのブログ。
先日、仕事で大きいミスを犯した。対応も誤り二重苦に。
軽いうつ状態。そもそも今の職は望んでいなかっただの、全て自分のせいだの、全くネガティブ状態。
酒飲んで、酩酊したものの、目が覚めれば、またどんより。
キッツいなー。



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てっつ氏より頂いた重い宿題を考えてみた。
人間らしさとは?仕事とは?成熟した社会とは?
ふむ。

書く人によって全く違う内容になると思ので、拙著の個人的な見解に留める言い方にします。

拙著は大学卒業以来、同じ会社に勤めるフツーのサラリーマンである。フツーの定義は決めてないが、「はいて捨てるほどいる」て感じかな?
会社はアメリカの某社傘下に収まる外資系である。
こういう場で必ずいるのは、日本市場に合う日本型ビジネス習慣を求める人と、アメリカ人になってしまう人である。
前者は昔話に花が咲く、拙著のような人間だ。嫌なりゃ辞めりゃいいのにとは自分でも思うが、辞める勇気もないのだから面倒くさい。
後者は環境順応性が高いのか、帰国子女なのか分からんが、上司のデスクの角に腰かけ、スタバのガップを手に上司の転職成長録を聞かせて欲しいとせがむ人間である。むろんこちらも面倒くさい。

本題。
このような環境に身を預けていると、また違った価値観が生まれてくる。「人間」は常に戦い続けているのだ、と。
チームを大事にし、コミュニケーションを叫び、褒めて伸ばし、自社にいつも感動を耐えない企業文化を隠さない人間が、明日は「私の居場所ではない」と成長(給与up?)を求めてさっさと退社してゆく。
部下はたまったもんじゃないのだが、本人は飄々と勝ち組のような涼しい顔で出てゆくのだ。
以前は、このような人間に私は憤りを感じたが、いつもこうだと価値観も変わる。「いったい会社が何を守ってくれるんだ?」と。当然、上層部も良い顔はしないが、彼らもまた渡り鳥なのだ。会社の私物化云々騒がれているが、外資系は逆だ。会社はしょせん「箱」であると考えて良い。
この会社に対する考え方の成否は次回以降に預ける。終身雇用が希薄になった現代の事実、である。

よって仕事とは、カネの為である。
それも正解。
仕事とは、自分の成長の為である。
それも正解。

そして、
仕事とは、戦う場所である。
今日はこの提案をしたい。
人々は負けず嫌いであり、様々な他人と関わりを持ちながら生かされている。摩擦は必ず生じるものであり、ここに競争や戦いが生まれる。むしろ人間は潜在的にこれを望んでいるのかと思うほど、衝突する。そして、関係改善を図る。会社はその場を公式に紳士的に提供する舞台であると。
よって仕事とは、戦いの場であるとも提言したい。

つぎに成熟した社会とは?言葉を換えて言えば、現行のシステムでのピークを過ぎた社会と考える。人も組織も会社も社会も、基本的には常に成長を求める。年収や身長や業の深さ技術や売上や利益や仕組みや税収やGDPなど、である。
では、ピークを迎え成長をやめた社会とは?つまり、守りに入った社会である。今の安寧を維持する為に尽力する社会である。

私は革命や政権交代を求めているわけではない。ロマンチストな言い方をすれば、成熟した社会では夢がないのだ。現実的な森羅万象で判断するあまり、未来に対する不安に悩まされる社会のことであると考える。

先述の通り革命は求めないが、今の仕組みを見直さない限り(メール社会、年金、沖縄、残業、物価、消費税、原子力、為替、TPP、どれをとってもだ)、次のフェーズには行けないだろう。
ありていに言えば、今の国の元首に強いリーダーシップを求める姿がそれを象徴する。

成熟は完熟になり、ヴィンテージになる。ギリシャのメトロポリタン的な仕組みは何年モノのワインを凌駕するヴィンテージぶりである。現代の市場原理主義がはびこる世界では通用しない。…アフリカを見てると市場原理主義ももはや…だが。

最後に人間らしい…だ。
深い意味はないが、我が儘で、ズボラで、忘れっぽく、生殖的で、、、
いろいろあるが、所詮自然の中の一つの種に過ぎない。自然を満喫できる人生は羨ましく思う。人間的というか、動物的というか、自然児というか、分からんが。
拙著は街を歩いていると、たまに奇妙な感覚に襲われることがある。犬猫は天下の往来では全裸だ。動物園の動物たちも。しかし一部を除き、人間だけ違う。倫理観や道徳を持ち合わせる。そこが奇異に感じてしまう。
食事のマナーを守ろうとすればするほど失敗してしまうマダム、結局、裸になってセックスを貪る世界中の紳士淑女の皆さん…そんな姿を考えると、とても刹那的になっちゃうんです。一皮剥けば、金持ちも貧乏も♂も♀もハゲもデブもチビもなにもあったもんじゃないと。
大震災があって、あっけなく街と命が消えて、自然の無情さというか、人間のエゴの小ささというか、、、
地球は人間のモノではないぞと。地球は地球であり、自然のルールに従っているだけであり、侵略的なのは人間であると。だから、余裕のない姿を見ると辛くて滑稽に見える。

ビジネス書には人間は外見で判断せよ、と書いてある。不思議なものでヤクザな格好をすると、次第に言葉遣いもヤクザなものになるという。見た目や肩書き、周囲の環境に流されるのが人間なんだと、思う。それはそれで結構…。うむ、難しい課題だ…。

確かに人間らしさは言葉はいくらでも美辞麗句で埋められるけど、実感がなかなか涌かないものだ。原点に帰ろう。
拙著が人間らしく、を書いた時の意図は、休みも形だけで深夜まで仕事をせざるを得ない状況にストレスを感じていたからである。つまり、休みは休みで、夜は寝る、ていうのが人間らしいと私は言いたいらしい。

根本的にズボラな拙著であるので、ただただグウタラをしたいだけなんだけど。

こうして考察してくると、世界や日本の将来に対する不安を禁じ得ません。

とりあえず、今日は寝るか。

最近、越しまして、使う電車が変わったんですが、両手では収まらんほど学校が周辺にありまして。

集団疎開の引率みたいな毎日です。小中学生もたくさんいますが、高校生は周りがほぼ女子高なので、好きな方にはたまらんのかもしれません。私ももう少し若ければ心踊ったかもしれませんが、もはや。

ただ、さすが学校だけあって、ゾロゾロ降りるので、確実に座れるんですよ。これがイイ。

特急やら快速やらありますが、こうして普通で余裕かますくらいでないと。
なにしろジジィ、座るためですから。

前に利用してた電車と並行してるんですが、そっちはいつも殺人ラッシュですから、これは大きな改善です。

惜しむらくは、時々香る、放屁の匂ひ…。周りは女子高生だらけ…。

あゝ残念無念。




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次第に日が沈む時間も早くなり6時ともなると、夜の帳が降りるようになりました。

小学生ん時も大人になっても、夏の終わりは何故かいつも寂しく感じて、何かをやり残したような気持ちになります。

秋冬は秋冬の良さがあって、楽しみなんだけど、冬から春夏になる時の期待感に比べると、格段に寂寥感が大きい。
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早く次の夏が来ないかなぁ。
なにもそこまで虐めなくても。

記者「まだ作業着なんすか?」
大臣「忙しくてね」
記者「その服、放射能ついてますよ」
大臣「伝染したろうか?」

これで辞任。…マジで?
一国の大臣が?

もう今後、一切マスコミ出なくていいから政治をやってもらった方が…。
いろいろあるんだろうけど、ホントヤバイね、この国。

各人が生きる糧を失いつつあって、ルネッサンス時代の快楽主義になっている。食う為なら日本の将来や子供たちを悪魔に売り付ける人のなんと多いことか!

こうなったらディズニーランドいって、現実逃避だ。
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iPhoneやiPodやウォークマンなど携帯音楽端末機が家に落ちてるが、最近は専らiPhoneだった。

聞いとったのは、ストーンズの最近のライブとか、山下達郎とか、ブルースブラザーズとか。いやなんと日よってしまったことか!(大ファンにゃスミマセン)

そこでひとつ、ウォークマンを引っ張り出したところ‼

メタリカのライブとか、ガンズのライブ、ブーツィのライブに、清志郎のライブ、アンスラックスのライブ、オジーのクレイジートレイン、レッチリのライブなど目白押し!

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暫くは通勤が楽しみだわ。イェイ。
2日連続投稿、である。

過日も書いたがFBに現代の社会を見る。

ものは試し、小職もFBに登録をしている。基本的に実名を使うコミュニケーションツールなので成熟したコミューンでは大変有意義な道具では、ある。

しかし過日申し上げたように意図的な組織作りや情報統制、ネズミ講、ひいてはカルト思想の流布なども可能であり、社会的なモラルが求められる。

FBではいろいろな人間性を観ることができる。
小職はFBでの友人は三十余人だが、各人が投稿したものを読むページに行くと、投稿数が多く読みきれない時がある。さて、200人友人がいると、一体どうなっているのだろうか?自分発信の情報しか興味ないのか?友人数がステイタスなのか?(最も有力だ!)、高度な使い方があるのか?それともファンクラブかカルト⁇…はたまた暇人?
ツイッターやFBの中毒?

小職の古い友人でパチンコ会社の社長と市議会議員、衆議院議員がいる。この3人がFBでかなり煩い。一日15件ずつくらい投稿する。誰に向けた情報か分からんが、煩い。

FBのキャッチフレーズがあなたのなにげない毎日が誰かのニュースになる、みたいな感じだったが、これではあなたの日記が誰かのなんの為になる?に、なってしまう。

いずれ、経営者や政治家はいろいろ顔を売るんだろう。しかし煩い。リンクページみたいなところでオナニーすればいいのに。

批判票をまた入れてしまったが、ツールとしては、ひとつ次世代にはいったwebコミュニケーションであることは間違いない。まだまだ友好な使い方があるはずである。
ビジネス上のオンデマンドを求めるのはいかにも現代的である。本来はフェイストゥフェイスなビジネスが基本であろうが、スピード命の現代ビジネスでは仕方ないのかもしれない。

ネズミ算式に、あるいは笑っていいとも的に友人が増えると、学生時代のような同じ価値観をもった友人ではなくなる可能性が高く、お互いにKYになってしまう。取捨選択、優先順位が大事な時代だとつくづく感じる。

まあ、池ポンが急に現れたら、拾か、捨か、は言うまでもないが。


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久々にしたためてみる。

先日、学生時代の集いがあり大層久しぶりで拙著にとり大事な面々との再会を果たした。

髪に白いものが混じった者や拙著同様に腹が出た者に会ったが、不思議と違和感なくそれぞれが歳を刻んでいた。

拙著が子供の頃に抱いていた大人への思い、(いつから私も大人になったのだろうか?)つまり、大人らしい安定感や落ち着き、考え方や、ボキャブラリーに対してだが、その思いは、この歳になっても先達には追い付く自負がない。

先日の集いで、それは如実であって、拙著を含め、まだまだ道半ばであることを実感したのである。

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しからば、これから各人が歩む道がいつも晴れていることを祈りながら、三歩進んでニ歩下がる生き方を進もう。

それにしても、朝はねむい。
良く寝たなぁ。起きるかそろそろ。



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いやぁ、参った参った。
中国新幹線、ここまでやるか。
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いったい世界基準が何なのかを疑わせる程の荒わざ。
どけかのTwitterで書いてあったが、「シムシティやって住民が増えてくると数百人が減っても、なんとも思わなくなる。まさか、ね…」
その、まさか、なんじゃないの?
今までの対応や新幹線処理を見ると、どうしても悪い方に考えてしまう。

しかし、まぁ、なんだなぁ、
個人的にはありえない国だとも思うけど、なぜ世界的には「ありうる、実在する、」国なんだろうか?経済的、地理的、市場原理的、マスパワー的、世界への影響の大きさ的、歴史的、いろいろあるだろうけど、「まぁ、国民の何人かにゃ悪いけど、先、急ぎますんで。発射オーライ」て姿勢は、その全てを覆してしまう醜態だと思う。

我が家の地球防衛軍も海に負けたし、
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なんか、隣がさっぱり分からん。
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