「悲しい話だね」

洋子は鍋島の墓参りからの帰り道ポツリとそうつぶやいた。

「え?」

「だってそうでしょう・・・」

「おじさんは今までずっと一人ぼっちで居たのよ」

「もう少し何か出来る事があったんじゃないの・・・」

「だけど・・・」

と言いかけて洋子は口を閉じた。

何か釈然としないモノが洋子の中で沸き上がってくるのが解る。

納得できないのだ・・・

洋子にも私にも・・・

はたして本当にあれでよかったのだろうか?

いや、少なくとも私や洋子はあれでよかったのだと思いたい。

鍋島亡き後、今となっては

誰も故人の気持ちなど解らないのだが・・・


「もう忘れましょう、それよりこれから夜桜見物しない」

何かが吹っ切れたように洋子はそう言った。

「いいのかよ、店は」

「たまには良いわよ。敦子もいるし」

洋子と私はだらだらと桜公園に続く

長い坂道を登り始めた。

振り返ると街全体が見渡せる。

夕方近くなったせいかぼちぼち街灯も灯り始めた。

坂道の両側にある小さな桜並木のぼんぼりにも灯りが灯る。

「まだまだ、滅びないわねこの街は」

「そうだな」

桜公園の真下にあるアーケード商店街は

相変わらずひっそりかんとしている。

でも、あの屋根の下にはがんばっている人々が居るのだ。

そう思うと何だか妙に勇気が出てくる。

「競争しよう、公園までどちらが先に着くか」

「え・・・・」

「負けた方が、団子をおごるってのはどうよ」

そう言うが早いか洋子は駆けだしていた。

「おい、歳考えろよ・・・」

そう言いながらもよたよたと

私は洋子の後を追うようにして駆け出す。


恐れていても始まらない・・・

所詮人生はなるようにしかならないのだ。

それが、私たちの出した答えだった。

頭上からは春風に舞う桜の花ビラが

ヒラヒラと舞い落ちていった。
「おじさんは、見たの」

洋子は勇蔵に焼酎のお湯割りを作りながら尋ねた。

「否、儂は見ていない・・・」

「それに元来その手の話は信じない性分だからな」

そう言って皿に盛られた竹輪を箸で摘むと口に放り込んだ。

「それに、黄昏横町の不思議話は今に始まった事じゃない」

「儂の餓鬼の頃にも有った」

「まあ、年上の悪たれ達の作り話かもしれんがね」

「どんな話」

興味ありげに敦子がカウンターから身を乗り出す。

「たわいもない話さね」

そう言うと勇蔵はお湯わりをひと口飲んだ。

「桜公園にある大きな桜の木の下に女の死体が埋められてる話・・・」

「で・・・夜中側を通るとその女が木下に立ってるって話しさ」

「だがね、この手の話は何処でもあるわけさ」

「ほら、よく言うだろう昔から満開の桜の木の下のは」

「・・・死体が埋まっているってね」

「どの木の下なの」

「敦子、その位にしときなさい」

「まあ、洋ちゃん良いじゃないか」

勇蔵は不機嫌な洋子を窘めるようにそう言った。

洋子も敦子もこの稲川淳二のごとく怪談好きな老人が

嫌いではなかった。

「公園の団子屋があるだろうその脇の巨木だと言う噂だったがな」

「その木なら知ってる」

敦子はオーバーに怖がって見せた。

傍らで洋子もその話なら知っている。

小学生の頃よく聞かされた。

そう勇蔵に言った。

「エー聞いてないよ」

「あんたは小学校が違うから知らなくて当然よ」

幼馴染だが敦子は進学するために小学校から別々だった。

「私の小学校では流行してたわ」

「小学校と言えば・・・」

「洋ちゃんの通ってた学校にも不思議話が有ったろう」

「憶えているわ、温室の女幽霊でしょう」






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PM6:00・・・

「飲んでいかないの?」

洋子は帰ろうとする私にそう声をかけた。

私はまだやり残しの仕事もあるのでその誘いを丁重に断ると店を後にした。


そうなのだ。

鳴神屋は夕方から居酒屋に変身する。

元々居酒屋は死んだ響子の母親が始めた店だった。

だから、その頃からの常連も多く

半分は彼らのために開店するような物だった。

おまけに商店街の外れにあるような店だから

喧しい若い連中も

来ないので静かに酒を飲みたい向きには評判の店だった。

それでも評判を聞きつけた若者達が偶に顔を見せるが、

店の雰囲気に圧倒されるのか、そそくさと逃げるように帰っていく。

そんなわけで夜の鳴神屋は年寄り達の憩いの場になっていた。


鍋島勇蔵もそんな一人だった。

勇蔵は巾着袋からピースの缶を取り出すと

両切りのままで器用に口の端にくわえマッチで火を付けた。

辺りに独特の香が漂う。

「その話はどうやら本当らしいんだな、儂の周りでも幾人かが見たらしい」

「でしょう洋子、私の言った通りじゃない」

「あんたねえ、いい加減に帰ったら」

「今夜も夜勤でしょうが」

と洋子は看護士の幼馴染である敦子にそう言った。

「大丈夫、日付変更線は越えるから」

「また訳のわからないことを・・・」






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