たしか、小学生の低学年の頃だったと思う。

僕が通っていた小学校では毎日

(先生、あのね)というプリントを渡され

その日、学校で何をしたか、家庭でどんな

生活をしているか、などを書く課題があった

僕は、そのプリントを書くのが酷く嫌いだった

月の初めに先月提出したプリントの中から

「よく書けましたで賞」というものが選ばれ

クラスの掲示板に貼られるシステムだった。

賞に選ばれる作文は、学校で勉強を頑張って

休み時間に沢山遊んで、帰りにスイミングスクールへ行って

家に帰って、家族みんなでお母さんが作って

くれたオムライスを食べた、そんな内容の

文章だったと思う。

施設で育った僕はランドセルも、持っていなくて

教科書も、お下がりの古い教科書。

休み時間はクラスの窓から外を見て、

帰る場所はやっぱり施設。

オムライスなんて食べたことなくて

僕は10歳まで豚肉のことを牛肉と思い

かまぼこを鶏肉なのだと教わった。

「先生、あのね」には特に書く事もなくて

毎日、毎日、そのプリントを書くのが苦痛だった

みんなが(当たり前)と感じている日常を

感じる事が出来ない子供が、今でも何万人も

いる。それぞれの事情で、それぞれの理由で

当たり前の日常が送れない人が沢山いる。

新型コロナウイルスで、外出自粛や、友達と

会えないのが寂しい、退屈、暇、なんて

そんな生活を小さい頃にしていた僕には

あまり理解出来なかった。

結局、僕はウソの日常を「先生あのね」に

書くようになった。

「僕は毎日、学校が楽しいです。学校が終わっても

みんなといっぱい遊んで楽しいです。

帰っても、おいしいご飯をみんなで食べて

楽しいです。」

帰る家なんか、どこにも無いのに。

そのプリントを見て、先生は寂しそうな顔を

していたことをよく覚えている。

ウソは人をこんな顔にするんだと、

多分あの時、僕は学んだ。

他の学校もあるんだろうか?

「先生あのね」

そんな、悪意の無い残酷な課題が。