7年前、妻を亡くしうつ病を発症。

 

もう2度と社会には戻れないとあの頃の僕は考えていた。

 

他人と関わるのを避け、一人で生きていくのか・・・

 

そのさきの事を考えると、絶望的な気分になった。

 

その時になって初めて気づいた。そうか僕は傷ついたんだ。

 

あの朝、突然、家族が無くなったことに

 

見つけたと思った居場所が無くなったことに

 

僕は傷ついていた。心に膜が張ったみたいで何も見えなかった。

 

鬱の症状は酷くなるばかりで、助けを求めることもできず

 

他人とか変わらずに生きていくなど無理なのだという事が

 

分かった日から、今がある。

 

亡くなった妻と会う前に、今僕のそばにいてくれる人が

 

出会えていたら、どうなっていただろう。

 

不思議なもので、きっと何もなかったでしょう。

 

自分の事を必要としてくれる人がいる。居場所がある。

 

それまで当たり前と思っていたものが突然無くなるなんて

 

考えて生きて来れなかったから。

 

この世を生きていく中で、好ましい変化かどうかは分からない。

 

けれど人として生きていくには悪くない変化だろうと

 

今になって思う。

 

自分を受け入れられないなら、他人の価値なんか見えない

 

現在の自分、等身大の自分を受け入れられた人間だけが

 

他人を受け入れる事ができる

 

他人を受け入れる事ができる事ができたなら

 

今の自分を受け入れられる日も近い。

 

人が求めるのは愛、心、魂、形が無い物

 

きっと目には見えないものばかり。

 

それは他人と触れ合う事でできるモノ。

 

そして、孤独を感じて自分の中に閉じこもっていては

 

絶対に紡げないもの。

 

その特別なモノに人は「赤い糸」

 

という名前をつけた。

 

僕はその糸を紡いでいける相手を見つけた。

 

僕には、彼女が必要だった。だから僕は彼女と出会った。

 

何かわからない大きな力が僕をそこまで運んでくれた。

 

僕には、彼女の気持ちも、髪も腕も声も温もりも

 

生命も、時間も、全てのものが必要だった。

 

この世界に彼女がいてくれて本当に良かった。

 

それでも、うつ病との闘いは今も続いている。

 

たまに、暗い海の底にいるような気分になり

 

見えない未来を想像すると、得体の知れない恐怖で

 

息苦しくなる。

 

以前はそういった症状を他人に知られないようにしていた

 

今は正直に症状を伝えて助けを求める。

 

そうすると、僕は決して一人じゃないと穏やかな気持ちになれる

 

 

人生という物語はこれからも続いていく

 

そして、僕は生き続ける。亡き妻が見れなかった未来を