今をさること20日ほど前の1月19日に高市首相が記者会見で「衆議院を解散して総選挙へ。私、高市早苗が内閣総理大臣で良いのかどうか、今、主権者たる国民の皆様に決めていただく。それしかない…」と啖呵を切ったことは記憶に新しいところです。そして超短い選挙戦を経て、本日は第51回目となる衆議院議員総選挙の投票日を迎えました。

 

この日に時をあわせたように、ワタシにとってもちょっとしたアニバーサリーの日が迫っています。ワタシ自身は「そこそこ生きながられてきたなぁ」との感慨が少し、そしてウチの女房どのはほとんど関心がないようでした。ところがつい先ごろの夕刻、帰宅した際に玄関ドアにきれいなデザインは施された手提げバッグを発見。「はて?」と思いつつ、開けてみると、知り合いのご婦人達、そしてワタシにとってはほぼ孫の世代のお嬢さん連名のメッセージカードとともに「鎌倉シャツ」の水玉バージョンが静々と収められているではありませんか。ウチの女房どのとともに、まったく予期せぬ出来事に目を白黒させながらお礼のメッセージと、ノワールとのツーショッツトをお送りして

あらためて「感謝」の乾杯へ…。

 

そのような嬉し恥ずかしきある日の夕方を経て本日、選挙の投票日は夜明け前からの雪模様。朝目覚めた時、家の周りはうっすらと雪景色。

 

前日の天気予報では「大雪になる恐れも…。投票時間終了が早まる投票所も多くなりそう…」と言っていましたが、神奈川東部地方はさほどの雪模様とはならない模様です。

 

お昼過ぎに投票所である市役所に向かいましたが、投票に訪れる人はとてもまばら。

 

投票に向けて受付にむかったのですが、家を出る時にバッグに収めたはずの投票所入場券と裁判官国民審査、そして投票支援カードなるものが

見当たりません。「投票券が無くなりまして…」と申し出ると、マイナンバーカードその他をPCで照会して投票に臨むことが出来ます。幸いなことに投票券が見つかり、PCでの身分照会はお預けとなりましたが、本人確認を経ての投票とやらもやってみたかった…。

 

とにもかくにも、会場には朝から投票終了まで自治会長さんが立会人として詰めているので、ご挨拶とねぎらいの言葉をかけて、いざ「選挙にGO!」ここ神奈川4区(横浜市栄区、鎌倉市、逗子市、葉山町)は立憲民主党改めの?「中道」と「自民党」の女性候補同士がガチンコの選挙戦を展開していました。

両候補ともに面識があり、早稲田さんは駅前でたびたび政局等を話すこともしばしば。かたや永田さんはワタシがよく知る浅尾慶一郎元環境大臣さんや大学の後輩が選挙事務所に詰めていることもあり、どちらに投票するかなかなか悩ましい一面もあります。

 

あらためて両候補のフライヤーを読み返しているうちに、神奈川県選管発行の「第51回 衆議院(小選挙区)ビラ (候補者用)」というちいさなラベルが張られている位置に両候補の経験の差が垣間見られます。「25」とナンバリングされた早稲田さんのフライヤーはこの小さなビラを貼る位置をあらかじめ想定して右下の位置にしっかりレイアウトしていることがうかがえます。

一方、市議会、県会議員を経てきているとはいえ国政選挙初挑戦の永田さんのフライヤーは表面下部がSNSのさまざまなツールのQRコード満載でいわゆる空中戦には効果的ですが、「27」とナンバリングされたラベルをはる位置がキープされずに顔写真の背景左上になんとか収めた…感じです。フライヤーひとつだけでも、激しい戦いの裏にある様々な考えや経験が見えてくるようで、選挙ってなかなか難しくて面白い…かも。

 

とはいうものの、中国地方や北信越、東北、北海道では大雪の影響で平穏な日常生活もままならず、投票を回避した人も多かったことと思います。我が家の2階に住む母も「この雪では…」と、選挙を回避した一人。かねてから与党陣営からも発せられていた「こんな厳冬と大雪災害の冬の選挙はいかがなものか」との指摘は、まことに的を得ているように思います。

 

幸いにも小雪の中、投票漏れすることなく選挙を終えて家に戻ってみると、アララ、雪解け水の中に愛車メガーヌのオイル漏れ発見…。

この国もウチの老体愛車メガーヌも、成長を目指すのではなく永続可能性を追求すべき局面にあるものと思います。本日の総選挙の結果如何によらず、あらためて共助と共生の政策実現に向けて国会での熟議を望むばかりです。

 

1月なかばから猛烈寒波が日本列島を襲い、東北、北陸、近畿、中国地方の日本海側は記録的な大雪に包まれ、そして太平洋側は雨が降らずに極寒の日々が続いています。数日前の早朝、メガーヌでちょこっと出かける時、外気温度計はなんと

 

庭の器の水もビシッと凍っています。

 

2時間ほど経って佐助の杜に陽射しが当たるようになった9時前を迎えても気温はまだ零下。

ちなみにこの写真を撮った朝、都心では-2℃を観測していました。2月4日の立春まであと一週間。つくづく春が待ち遠しい…。

 

そしてこの極寒のさなか、高市首相は衆議院を解散し総選挙の運びへ。

衆議院で「解散」が宣せられた時、衆議院議員の身分を失った前議員さん達は自棄気味に?「バンザイ」をするのが恒例ですが、今回の解散劇では「バンザイ」の声を上げたのは一部の与党勢だけで、あたかも議員も国民の多くも戸惑っていることを象徴しているようでした。

 

解散とは時として、新たな政治局面を迎えるための雌雄を決する場として待ちに待たれることもあるのですが、今回は春を待つようにはイマイチ 心が向かいません…。

 

とはいうもののここ数日来、陶芸教室はもとよりテレビ、ラジオ、新聞等では次第に「選挙モード」が高まってきています。25日の日曜日午前、フジテレビ「日曜報道」では高市首相はじめ各党の代表クラスが勢ぞろい

 

そのあとのNHKでは、なぜか高市首相はいません…

番組での討論を観ていても選挙に挑むほぼすべての政党が食料品の消費税ゼロや消費税廃止を謳っているので、選挙ではなく国会で税制の熟議を行なって物価高を抑えた方が良いのでは、との想いが日に日に高まっているように思います。

 

そのような素朴な疑問をいだきつつ、昨日の27日に衆議院選挙が公示されて2月8日の投開票に向けて選挙戦がスタートしました。鎌倉駅西口にも「中道」から立候補した早稲田ゆきさんが多くの聴衆を前に自身への投票を呼びかけていました。

「立憲民主党」から「中道」に移った早稲田さんの傍らでは「公明党」市議をはじめさまざまなメンバーがサポートしています。「立憲民主党」と「公明党」が急遽合流して生まれた「中道」においては「立憲」と「公明」の協力具合に疑問を抱く観測もありますが、ここ神奈川4区では盤石の協力体制が得られているように見受けられます。

 

かたや与党の自民党からは、神奈川県会議員2期目途中で辞職した永田まりな候補が出馬しました。ワタシのスマホにも、永田候補が街頭演説する様子を伝えるFacebookの画像が次々入って来ます。

 

おりしも衆院選公示後ほどなく、ワタシのスマホに共同通信社からの自動音声電話で今回の選挙での投票先等を問う調査依頼がありました。自動音声に従ってスマホをパチパチやると調査画面が現れて

支持政党その他数件の質問に答えて、「回答」をポチッとやってアンケート終了。

数日後には、選挙戦中盤の情勢として反映されるのでしょう、たぶん…。

 

このたびの選挙に歩調を合わせるかのように、確定申告書用紙が入った封筒が到着しました。

毎年この時期になると領収証や各種書類と格闘し、さらには「税金払ってるのに、なんだかなぁ…」との想いでアタマとココロが少々痛くなります。

 

高市首相は「自らを信任してくれるかを問う選挙でもある」と言っていますが、日本に暮らす人の多くがあらためて痛税感をいだくこの時期の選挙って、はたして「吉」と出るのでしょうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやはやなんとも、つい5日前の1月10日の読売新聞が高市首相の「電撃解散報道」以来、「ホントに解散するの?」、「すぐに衆院選挙をやれば自民党圧勝だ!」、はたまた「大儀なき自分勝手解散だ!」と見方は割れに割れて、それこそ国民、永田町、マスコミ合わせて喧々諤々の大騒ぎとなっています。作日の朝刊では首相が意思をはっきりし、

投開票は2月8日とも、伝えています。

 

そして昨日のこの紙面には、高市自民党とガチンコ対決を目指して「立憲・公明 新党視野」との見出しも。しかしながら「新党視野」を巡る記事はわずかにリードが3行だけで、新聞社も政局の展開のドタバタぶりに追いつけずにあたふたしている様子がうかがえます。新党の名称は「中道改革」を検討しているとのことですが、これでは「民主」と書かれた票はすべて国民民主党にカウントされてしまいます。新党名に「民主」を入れて「民主」票を国民民主党と新党で分け合うことが必須だと思います。

 

お昼時に大学同窓のお仲間とともに市内の豆腐バーグの銘店「鎌倉六弥太」さんで食事をしました。いつもながらヘルシーな豆腐バーグは心もお腹も満腹になります。

その時、知り合いの公明党市議会議員さんと会ったので「立憲さんと一緒に選挙ですね」と声をかけたところ、同市議は「ええ、そうみたいなんですが、どうなんでしょ…」と、戸惑いの表情を浮かべていました。

 

ともあれ、2月に行なわれるであろう総選挙の結果とその先の政局は神のみぞ知る…と思いつつ、昨日の15日、工房の片隅にある鶴岡八幡宮年中祭祀表を見ると、この日は「左義長神事」の日。

参考までに今から12年前の「左義長神事」に臨んだ時のブログをこちらに…

 
ふり返ればこの時ワタシはまだ50歳代後半で還暦まで2年ほど残していました。いやはや、ほんの少し前まで「中年老いやすく、楽なり難し」とうそぶいていたら、あっというまに「高齢者」の仲間入りをしてまもなく古稀、すなわち70歳を迎えてしまいます。
時の経つのはホントに早い…。
 
あわただしく移り行く世情と対象的に神の世の習いは乱れがありません。そしてわが家もかれこれ20年くらい前からお正月半ばの3連休の日曜日は、東京、千葉県のお寺を詣でる厳かな一日です。東京都江戸川区の日蓮宗秋田県妙倉寺東京布教所と千葉県船橋市の日蓮宗中山法華経寺大荒行堂でご祈祷を受ける一日の様子は、今から11年前のこちらのブログを見ていただければ幸いです。
 
秋田県妙倉寺東京布教所の山田恵大上人と知り合ったのはだいぶ以前のことになります。ウチの女房どのがまだ独身の身だった30代に友人をとおして秋田県妙倉寺東京布教所の山田恵大上人にいろいろ話を聞いてもらったりし、その後ワタシも山田上人と話すようになってから「とても信頼できる人」として、現在もおつき合いさせていただいています。同布教所の檀信徒でもないウチの二人ですが、宗教人としてはもちろん人としてとても尊敬、信頼ゆえに友人達ともども山田上人のもとに時折伺い、とても心に沁みるお経を唱えてもらい、そして時に悩みを解く道を示してもらっています。
 
毎年お正月なかばの3連休に妙倉寺東京布教所と中山法華経寺に詣でるようになって以来かなりの年月が経っていますが、ともにお寺はまったくと言って良いほど変わらぬたたずまいをたたえています。あらためまして、令和8年「成人の日」中山法華経寺撮り下ろしを…。
 
JR総武線下総中山駅、京成本線中山駅から徒歩10分以内に位置するお寺の境内のほぼ中央には本堂にあたる祖師堂
 
祖師堂から左方向に目を向けると大仏様
 
そして五重塔が望めます。
 
祖師堂から北の方向に歩を進めると、大荒行堂へ向かう回廊の途中にある賽殿門があらわれます
 
この門をくぐり抜けて坂を登り詰めると右側に聖教殿。
この建物の中には日蓮大聖人の御真筆や立正安国論をはじめとする国宝や重要文化財64点、その他にも貴重な資料が収められているそうです。
 
そしてこちらは瑞門
大荒行堂で100日間にわたって荒行に臨む修行僧は11月1日にこの門をくぐって荒行を始め、2月10日に修行を終えた時にまたこの門をくぐって巷に出て来ます。
 
再び境内の中ほどに戻り北方向には大きな屋根の鬼子母大尊神堂
寺務所や荒行堂内での祈祷を受ける参詣者の控室が設けられています。
 
そして鬼子母大尊神堂と隣り合うカタチで大荒行堂が建てられています。
常ならば、ワタシたちと同様に荒行堂の中で多くの修行僧が唱える怒涛のようなお経を浴びる礼拝を受ける人達でいっぱいなのですが、奇跡的に人影がない一瞬を記念に…。
 
1月も早いもので間もなく下旬、そしてあと数日で「大寒」。「冬来たりなば春遠からじ」というように、今から「立春」が待ち遠しい今日この頃です…。