悪霊の追い出しアップデート(2) - 悪霊の追い出しを希望される方へ | イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

1世紀のイエスの弟子たちの初代教会が回復したイスラエル教の教会(エクレシア)であるイェホシュアのイスラエル

Courtesy of Elke Mader

 

これから、悪霊の追い出しを受けたいという人たちのために記します。

○悪霊の追い出しは、真の意味の「教会」において行うことができる

過去に、「自分ひとりでできる悪霊の追い出し」というシリーズの投稿を公開していました。しかし、色々なケースに接してくる中で、「自分ひとりで悪霊を追い出すことはできない」という結論に達し、それらの投稿を削除しました。

わかったことは、悪霊の追い出しは、主イエス・キリストの名によって、天の父が起こして下さる愛の奇蹟という性格があり、これは、神によって建て上げられた本当のキリスト教会によってのみ、行うことができる。なぜなら、キリストは、教会に与えられているからです。

また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。
エペソ1:22

↑の「キリストを、教会にお与えになりました」の「教会」が何を指すのか。ギリシャ語原典の教会は、

エペソ1:22のギリシャ語原典
https://biblehub.com/text/ephesians/1-22.htm

教会/Churchと訳されているギリシャ語 ekklésia 
https://biblehub.com/greek/1577.htm

上のギリシャ語の説明を基にして言えば、教会とは「この世から、御子であるイエスに従うように、天の父によって呼び出された人々の集まり」です。

それが教会です。
キリスト教会の建物が教会だと思われているところがありますが、それは誤り。
あくまでも、「この世から、御子であるイエスに従うように、天の父によって呼び出された人々の集まり」が教会です。

ですので、そのような教会においてのみ、イエス・キリストが生き生きと働くことができ、悪霊の追い出しも、その、生き生きと働いていらっしゃるイエス・キリストの名と権威(ルカ10:19)によってのみ、行うことができます。

○真にイエス・キリストの弟子になりたいと思う人が、本当の解放を受けられる

悪霊の追い出しの様々なケースに接してきて、様々なことを学ばされました。当初は、悪霊の追い出しを希望する人がいれば、その人が、追い出しの後で、どのように生きていこうが、その人の人生においてある時期ピンポイントで悪霊の追い出しを行うことができれば、後はそれでいいと考えていました。

つまり、悪霊の追い出しが済んだ後で、その人が、どのように生きていこうが、ある時期ピンポイントで悪霊が追い出されれば、それでOKなのだと考えていました。

これが誤りでした。

悪霊の追い出しは、色々なケースに関わってみると、一回や二回で終わるものではありません。

場合によっては、何度も行う必要が出てきます。

色々な理由があります。その人が、悪霊がやってくる元となった生き方や考え方、悪癖、行動に戻ってしまう場合、悪霊は再びやってきます。また、一通りの悪霊、例えば、数体が出て行って、解放されたと思って、まずは束縛のない生き方ができるようになって、しばらく経つと、より深くに住み着いていた悪霊の問題が見えてくることがあります。そうすれば、二回目の悪霊の追い出しをやらなければなりません。

通例、悪霊の追い出しが必要になるほどの人は、二十年、三十年と言った長い期間にわたって、悪霊が来る元となった生活、性癖、中毒、考え方のクセを生きてきています。従って、表層的に存在している悪霊とともに、かなり深い層に存在している悪霊もいるのが常です。表層的な悪霊は、比較的わかりやすく、比較的簡単に追い出すことができますが、深い層にいる悪霊は、わかりにくく、追い出しも簡単ではないのが普通です。

そのようにして、悪霊の追い出しは数回にわたるケースがほとんどです。

ここで、その人に、真にイエス・キリストの弟子として歩んでいくという、本当の意味での覚悟がないと、この二度、三度にわたる悪霊の追い出しの過程に、耐えられません。逃げたくなってしまい、逃げてしまいます。

悪霊の追い出しは、その人における霊的な戦いという意味があり、死ぬか生きるかの戦いが、その人をバトルフィールドとして展開します。その人が、悪魔・悪霊の所有物になるのか、また、その人が主イエス・キリストと天の父のものになるのか。熾烈な争いが繰り広げられます。

この霊的な戦いにおいて、その人が勝ち抜くためには、また、悪霊の追い出しを行う真の意味のキリスト教会が、その人を主イエス・キリストにあって助けて、解放に導くためには、ありとあらゆるものを、真に、主イエス・キリストに捧げ切る決意・覚悟が不可欠なのです。

途中で逃げてしまうようだと、悪霊の追い出しは失敗します。そこから先に進むことができません。

この投稿で、デリック・プリンスが説明している悪霊の追い出しが失敗する10のケースについて説明していますので、参考にして下さい。

悪霊の追い出しアップデート(1)


○聖書に親しむ民となる

真にイエス・キリストの弟子になりたいと思う人は、必ず、聖書に親しみます。聖書の神の言葉が、イエス・キリストの実体でもあるという霊的な図式があります。

イエス・キリストを愛する人は、必ず、人生のどこかで、聖書に親しみます。

聖書に親しむことがない人からは、悪霊の追い出しをすることはできません。
これは断言できます。

悪霊の追い出しを希望する、その目的のためだけに聖書を読んで、悪霊が追い出されてしまえば、聖書を読むことがなくなる…。そういう人からは、悪霊を追い出すことはできないし、たとえできたとしても、また戻ってきます。

聖書を読むとは、神であられる天の父が、御子であられるイエス・キリストによって、ご自身の民イスラエルを(私たち日本人も異邦人である訳ですが、イエス・キリストを信じる信仰によってイスラエルに加えてもらえます)、この世の最終的な滅びから救い出す、その壮大なご計画を、余すことなく理解して、それが伝えている天の父の愛に触れるということです。

これがなければ、その人は、主イエス・キリストを信じる信仰によってイスラエルに加えられる人ではないし、イエス・キリストの名と権威による悪霊からの解放とは縁がありません。

よって、悪霊の追い出しを希望なさる方は、聖書を読んでみて、「そこに、自分のことが書かれている」と、感じることができるかどうか、確かめてみて下さい。

聖書の全体像は、「ハイデルベルク信仰問答」(新教出版社、吉田隆訳、証拠聖句全文引用がある販)で証拠聖句として掲げられている全ての聖句を、丹念に読み込むことで、理解できます。ハイデルベルク信仰問答の中に記されている「問」と「答え」は、読まなくても良いです。初心者が読むと混乱するでしょう。聖書の全体像を把握した後で参考程度に「問」と「答え」を確認するのは良いと思いますが、あまり益にはなりません。ハイデルベルクが優れているのは、その証拠聖句のセレクションです。これほど優れた聖句を集めている書物は、他にはないと思います(聖書に親しむには、聖書を創世記から通読する方法もありますが、全体像が見えてくるまで3年程度はかかります。ハイデルベルク信仰問答の証拠聖句として掲げられている聖句は一千弱あると思います。厳選された聖句なので、大変に便利です。これを丹念に読むと、1年程度で聖書の全体像が把握できると思います)

手っ取り早く、自分が聖書を読む民であるかどうかを確認するには、ヨハネ14章〜17章の、主イエス・キリストによる最終説教をよく読むのが良いでしょう。これを何度か読んで、自分がこれにすがってやっていけると確信したのならば、悪霊の追い出しが、できると思います。しかし、上述のようにイエス・キリストの弟子になる覚悟は不可欠です。

悪霊がいる人の場合、聖書を読むこと自体が、悪霊によって邪魔をされたり、聖書を読むと必ず眠くなるという現象に悩まされたりします。それらは悪霊による仕業です。聖書を読み、主イエス・キリストの名と権威によって、悪霊が追い出されることになるのを、その人の中にいる悪霊が邪魔をするのです。

そういう場合は、ご相談下さい。キリスト教会として、そうした邪魔をする悪霊を縛る祈りをします。