イスラエル・テルアビブの霊的な軽さ | イェホシュアのイスラエルの信仰と証し

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1世紀のイエスの弟子たちの初代教会が回復したイスラエル教の教会(エクレシア)であるイェホシュアのイスラエル

JCCJを立ち上げるための適地を求めて、また、天才的プログラマーなどの才能を求めて、ホーチミン、シンガポール、ロンドン、ボストン、サンノゼ(シリコンバレー)などを旅して歩いていた50日間。この間、もっとも充実していたのが、テルアビブの約10日間でした。

 

写真は、たしか日曜日の昼下がりに旧市街で昼ごはんを食べるところを探していて、目当てのところが見つからなかった時に、地元の人たちで賑わっているレストランに入ったところ、大正解だったという時の写真です。

 

 

テルアビブでは、空気感がまったく違います。軽いです。日本と比べるとひたすら軽い。これは、霊的な軽さ、明るさが大いに関係しているように思いました。テルアビブはイエス様が活躍されたエルサレムまでたったの50kmの地点。キリスト教的な集積の中心中の中心であるエルサレムからさほど離れていないわけですから、霊的なものの中心であるエルサレムの霊的な状況をある程度まで受けて、それがそこにある、と言うことができます。つまり、エルサレムで感じるであろう霊的な状況。それの何割減かがテルアビブにあるのです。それがゆえに霊が明るい。霊的に軽い。そんな風に感じられます。逆に日本では、霊的に重たいです。50日間の旅行を終えて成田空港に着いた時に特に強く感じました。日本は霊的に重いです。

 

これは、聖書的な祈りの総量が少ないからです。日本ではクリスチャンが2%程度しかいません。従って、祈っている人の総数が少ないです。歴史的な祈りの蓄積という意味でも、少ないです。これが例えば、米国のボストンになると、歴史が早くから発展した東海岸の中心都市ということもあり、聖書的な文脈の祈りが随分と早くから積み重ねられてきているためか、霊的に軽いです。はっきりとわかります。あそこは霊的に軽いです。シリコンバレーのサンノゼに着いた時にも、やはり軽いなあと感じました。

 

日本も、今始まった大きなリバイバルが進展して、様々な場所で祈りこみがなされるようになると、霊的に大きく変化するでしょう。