今日もさすがなアナタへ
お久しぶりです
大川です
お久しぶりついでに久しぶりにアルコール依存のことについて書こうと思います
私のことを知らない方は過去のブログを読み返してくださいね
これまでの私の体験談を赤裸々に書いてますので
(気になるとこだけで大丈夫ですよ)
アルコールに依存していた私自身から卒業して7年が過ぎました
この7年の間、再飲酒は一度もなし
アルコールから卒業した身なので、当たり前といえば当たり前なんですがアルコール依存界隈の人たちからしたら
一度もないとかウソやんっ!
マジかっ!
ちょっと、話し盛ってんちゃうの!
と一旦は総ツッコミが入ります(笑)
それぐらい一度も再飲酒しないというのはアルコール依存界隈では難しいと言われてるわけですので、今回は再飲酒について話しをしたいと思います
私が提唱しているアルコールに依存している自分自身から卒業するという概念では
再飲酒は悪ではありません
そもそもアルコール依存になったからといって自分を責める必要なんてないんです
っていうか、自分を責め続けてきたからアルコールに依存したという今があるんです
逆を言えばですよ
自分を責めること、自分いじめをやめたらアルコールに依存する必要性がなくなるんです
再飲酒するときって基本的に心が落ち着いてないときにするんです
では、心が落ち着いてないときってどんなときか?
・心配事で心がいっぱいのとき
・怒りで今にもキレそうなとき
・心が不安で埋め尽くされたとき
・嬉しいことがあって心が踊ってるとき
などなど
心が何かに激しく動いてるときに再飲酒をします
それが不安や心配事なのか?
それとも怒りなのか?
はたまた、なにか嬉しいことがあったときか?
気の緩みから再飲酒をしたという当事者がいますが、それは違う気がします
気の緩みがなかったから再飲酒したんだと私は思います
心が落ち着いてないから再飲酒するということはですよ
お酒に頼らずに自分で心を落ち着かせれるようになることが大事になってくるわけです
では、どうしたら自分で心を落ち着かせれるか?
自分自身と対話しましょう
イメージしてみてください
アナタの目の前でめちゃくちゃめちゃくちゃ大切な人が不安や心配事で苦しんでます
苦しさから泣いてます
そのとき、アナタは知らんふりしますか?
しませんよね
・どうしたの?大丈夫?
・何かあった?
と優しく声をかけるでしょ
または、声はかけなくても大切な人が落ち着くまで、静かにその人の傍にいてあげる
大切な人にしてあげることと同じことを自分自身にしてあげるんです
自分が自分自身に優しく声をかけてあげる
自分が自分自身に苦しでる理由に耳を傾けてあげる
または
ただ静かに自分の傍にいてあげる
このときの注意は
ダメ出しや激励はNGです
他人になると優しくできるのに、自分のことになるとキツく当たってしまうのがアルコールに依存している当事者あるあるですから(笑)
大切な人に接するように自分自身にも優しく接してあげてください
アルコール依存の当事者の根底には自分を認められない想いが隠れてます
だからこそ、自分に厳しく接するしダメ出し画得意になり、その結果自分いじめに繋がってます
つまりアルコール依存の当事者というのは自分に対して常に自分否定をしているわけです
常に自分が自分に対して否定してるんですよ
365日毎日ですよ
それが何年、何十年も続けてきたんですよ
そりゃ〜、アルコールに依存もするでしょうよ
再飲酒したくなるタイミングは自分と対話するには最高のタイミングです
このタイミングを逃す手はありません
これまで自分に対して行ってきた自分否定をやめて自分の1番の味方になってください
どんな理由を自分が述べても、否定しないで受け止めあげる
それこそ、大切な人なら受け止められるんですから自分でも同じように受け止めることはできます
ちなみに、アルコール依存の当事者の家族にも同じことが言えます
家族がアルコール依存になったからといって、自分を責めるいじめる必要はありません
アルコール依存になったのは
あくまで当事者であり
家族であるアナタではありません
責任を感じてからアナタが当事者の問題までおんぶに抱っこする必要はありません
当事者の問題は当事者自身の問題です
問題泥棒はやめましょう(笑)
当事者の問題を当事者に返してアナタはアナタの問題とだけ向き合えばいいんです
それが当事者に対してアナタができる無条件の愛ですよ
ポッチと押してね
今日もアナタもさすがだよ