2017年7月。
 
娘が幼稚園に行っている間、私と妻と息子は、東京都江東区にあるマギーズ東京という場所に足を運びました。
 
雲ひとつない青空で、とても熱い日だったと記憶しています。
 
 
妻が遺した日記に記録されているように。
 
妻は精神的にかなり追い込まれていました。
 
私も相当焦っていましたが、重い病気を患ってしまった妻とは比べようがなかったと思います。
 
 
闘病生活も9ヶ月が経ちましたが、決して順調とは言えない状況。
 
 
抱えていた妻の苦悩は、夫である私に多少は吐き出してはいましたが。

妻は私以外の誰かにも話を聞いてもらいたいと切に願っていたようです。
 
 
マギーズ東京はNHKの特集を見て知った場所でした。
 
 
この場所は簡単に言うと「癌の悩み相談ハウス」
 
 
でも大規模な総合病院に設置されているような相談コーナーのような雰囲気ではありません。
 
「医療」とは少しかけ離れた、海辺に佇む静かな別荘のような、開放感あふれる作りでした。
 
 
小さな庭があったり、キッチンがあったり。
 
お茶を飲みながらゆっくりと時間を過ごす場所。
 
でも専門的な知識を持った看護師や心理士が常駐していて、癌に関する話であれば何でも相談に乗ってくれる。
 
そんな場所でした。
 
 
利用料は無料。
 
東京都内にこんな場所があるのは意外でした。
 
  
平日の日中に訪れたので、他の訪問者は一組くらいだったでしょうか。
 
 
建物の様子を眺めていると、穏やかな雰囲気の女性に声をかけられました。
 
その後、広々としたリビングに移動。
 
息子も連れて行ったので、子供の話など和やかな会話から始まりました。
 

ちょうどNHKのドキュメンタリー番組の取材班が来ていたようでした。

撮影とインタビューの許可を求められましたが、そこまでの余裕はなかったのでそこは断りました。

 
ここに来る前に妻に確認していたこと。
 
「相談をする時に俺も一緒にいていいの?」
 
 
私には話せないような事を、第三者と会話したいのかもしれない。
 
 
もしかすると私に対する不満もあるのかもしれない。
 
そう思ったから聞きました。
 
「ううん。あなたにも聞いていて欲しいの。」
 
 
相談の間、ずっと一緒にいました。
 
 
妻は病気になる前の自分のこと。
 
二人目の妊娠から病気が発覚したこと。
 
その後の闘病生活の苦しさや未来に対する不安について、
 
堰を切ったように話し出しました。

 
そして子供達を愛していること。
 
私に感謝している事も話してくれました。
 
 
話を聞いてくれた女性は、元看護師さんだったようで。
 
話を理解してくれて、辛さを理解してくれて、私達の気持ちを穏やかにさせてくれました。
 
 
2時間くらい居たでしょうか。
 
かなり深い話を沢山できました。
 
 
マギーズ東京からの帰り道。
 
首都高を走りながら、私達はしばらく無言でした。

 
話したい事は話せた。
 
吐き出したい事は全部出せた。
 
訪問した目的は達成出来たと思う。
 
 
それでいいじゃないか。
 
 
「マギーズ東京。行って良かったね、また行こうね。」
 
って会話をすればいいのに。
 
前向きな言葉はどちらからも出て来ませんでした。
 
  
ちょっと違った。
 
その違和感は、私も妻も同じように感じていたようで。
 
だから無言だった。
 
 
マギーズ東京が悪い訳ではありません。
 
とても素晴らしいところでした。
 
 
色々と吐き出したかったのは嘘じゃないけど。
 
でも本当に私達が求めているのは。
 
 
「病気を治す事」
 
 
つまり。
 
病気を治す医療を提供してくれる場所。
 
 
苦悩を吐き出しても治る訳じゃない。
 
気持ちが楽になっても現実は変わらない。
 
 
やっぱり私達は似た者同士。
 
気休めはいらないという価値観を持った者同士。
 
 
病気を治す方法だけ考える。
 
そのためだけに行動したい。

 
この先。
 
さらに辛い出来事がいくつも襲いかかって来ますが。
 
 
他の誰かに悩みを吐き出したい。
 
そう妻が言い出す事は一度もありませんでした。