さて、万葉です。長くなることは目に見えていますから、早速始めさせていただきます。


9. 夢の宇宙旅行

 ニューアルバム&ツアー発表時に「桜、ひらり」が使用され、他にはどんな曲がアルバムに入るのかと思っていたところ、年末にこの曲が夜遊びで流された。第一印象としてはソロの「炎の聖歌隊」のテイストだと思った。もう一つ思ったこととしては、何かしらのタイアップがあるのでは、と。さらにいえばアニメの主題歌になるのではないか、と思った。結局主題歌にこそならなかったが「桜、ひらり」「ジャンヌ・ダルクによろしく」よりもCMソングとして世間に浸透した。「桜、ひらり」と同様、どちらかといえば万人受けを目指したのかと最初は思っていたが、聴けば聴くほど不思議な魅力が引き出されていくような曲だった。ただテンポが良い曲なのではなく、宇宙に向けて勢いよく飛んでいく様子が鮮明にわかるようなメロディラインなのだ。界隈でお世話になっているとあるフォロワーさんは涙が出てきそうな感じだと絶賛していたがまさにその通り。力強さだけではない、表現し難い何か熱いものを感じるメロディ。


銀河のHighway

ハイになってRunaway

地球は青くFantasy

ジェット噴射がEcstacy


といった韻の踏み方は桑田節顕在。さらに私が好きな歌詞は


追いすがる謎多かりし隕石の舞

あの夜に咲く沙羅双樹の花


こういった美しい情景描写の歌詞である。この歌詞の主人公は幼い赤ちゃんというイメージだが、この少し難解な歌詞とのギャップ感がまた良いのだ。


ちなみに歌詞やメロディの話題からは少し逸れるが、この曲のPVもまた粋なものがあった。冒頭、江ノ島灯台?が映ると「風のタイムマシンにのって」の間奏、「悲しみはブギの彼方に」→「ミツコとカンジ」の繋ぎの部分、そして「ごめんね母さん」から「ウスバカゲロウ〜」の歌詞が挿入されていて、その後、サザンの歴代のアルバムがずらっと並んでいるのが映され、宇宙人が何やら通販番組かのように紹介しているような映像が流れて曲が始まる。サザンのPVの世界観は難解でぶっ飛んでいるものが多いという印象だが、今回はいつも通りネタっぽく見せつつも、ある意味今回がラストアルバムだよということを暗に示しているような、そんな感じだ。あとPVの観点で行くと、「I AM YOUR SINGER」の宇宙船、そして「盆ギリ恋歌」のサザン45鉄道?、に次いでサザンの宇宙進出は今回で3回目となる


そんなことはいいとして、少しこの曲で話題に上がったのはラストの歌詞


目の前に大谷翔平のサイン


これについては色々と意見が出ていたような気もする。確かに大谷翔平選手はちょうど今をときめく日本のスターであるが、この歌詞には関係ないし入れる必要があったのかという意見もでた。確かに私も最初は「なぜここで大谷翔平を出してきた?」と少し疑問ではあった(ちなみに宣伝するようでくどいが、さいアリのライブレポート「脳内THANK YOU SO MUCH」の方で、私なりに大谷翔平が登場する理由を分析したものを書いているのでそちらも参照されたい)。とあるミュージシャン兼YouTuberの方で、サザンを溺愛する人もこのことを動画内で述べていたが「大谷翔平なんかに媚び売るなよ!」といった感じで怒ってた。私個人としても、大谷翔平を入れるか入れないかでいえば、入れないでも良かったかもしれない。大谷翔平というキーワードやCMのタイアップがなくともこの曲は完璧なものだと思ったし、なんせ桑田さんは昔「吉田拓郎の唄」にて


時代に流されず迎合もせず


というあり方について歌っている。桑田さんは音楽界を牽引してきた存在なのだし、今になって世間のトレンドに流される必要もないとは思うのだが。


ただそれでもこのグラムロックへのリスペクトを醸し出しつつ、我々を宇宙へ誘ったこの曲はサザンの新たな境地と言える1曲だろう。


10. 歌えニッポンの空

 2023年夜遊びで流れたときは、「盆ギリ恋歌」の印象が強すぎて霞んでしまったというのが正直なところ。サザン45周年3部作の一つであり、茅ヶ崎ライブのテーマ曲。なんとなく界隈の中でもこの曲に対する評価が高いものではないというのは感じるところなのだが、私自身もアルバム収録曲の中ではあまり聴かないかもしれない。一つとして、この曲が茅ヶ崎ライブで役目を終えてしまった感が強いというのはあるだろう。それでいうと同様に「盆ギリ恋歌」もそうではないかと言われるかもしれない。確かにそうなのだが、盆ギリはどちらかというと茅ヶ崎ライブで完全燃焼したイメージ。要するに、これまでエロティカやボディスペといった大御所さんがマンピーやみんなのうたの前に置かれる流れに、新たに食い込む形で出てきた実力派の新人という感じだったが、しっかりその役目を果たして終わっていった。ただ、歌ポンについては不完全燃焼感が強かったのは一つあると思う。盆ギリにもし話を聞いたら「歌ポンには悪いことをしてしまったと思う…」とか語りそうだ。曲調もゆったりとしているし、ポジション的にも中間に置かれたから印象に残りづらかった。2018年に「闘う戦士たちへ愛を込めて」「壮年JUMP」が、2019年には「愛はスローにちょっとずつ」も発表された。あれでいうところの愛スロの立場になってしまった感が拭えない。


 と、あまり酷評をするのもよくはないが、歌詞やメロディに着目するだけでなくこういった感じでその曲のポジショニングやそうなった理由について考えてみる機会というのも、あっても良いのではと思う


 肝心の中身にうつるが、私は歌詞より前にこの曲が制作された裏側のストーリーというか桑田さんの想いに惹かれるものがある。桑田さんは茅ヶ崎という故郷で育ち、同郷出身のアーティストや先達の影響を受けてここまで走り抜けて来られたお方である。半世紀近くを経て、故郷への想いが楽曲制作の原動力になったというのがまた良い。そして桑田さんは一度大きな病気にも罹っている。見事復活を遂げたわけだが、「空は繋がっている」という言葉が桑田さんの心、それこそひとりぼっちの狭いベッドで夜毎涙に濡れたあの時期の桑田さんの心を支えたというのもまた熱いものがある。そこで得た死生観の変化などが45周年3部作に色濃く現れている。盆ギリ歌ポンいずれも「今は亡き」というフレーズが出てくるし、Relayも歌詞にこそ出て来ないが今は亡き故人の想いを受け継いでいる。おそらくデビュー当時のサザンや桑田さんでは絶対に書かなかったであろう歌詞やテーマ。


この歌えニッポンの空は、我々がいつも抱いているサザンのイメージを持ちつつも45年で変化した部分も持ち合わせる1曲だと思う


11. 悲しみはブギの彼方に

 サザンがデビュー前に作っていたという曲。ギターの斎藤誠さんは夜遊びの代行DJにてこの曲についてリスナーから訊かれると、当時は必ずと言っていいほど小さな会場のライブでも演奏をしたといっていた。確かにこの感じの曲は「熱い胸さわぎ」に入っていてもおかしくない、というか個人的にはもう一回今のサザンで「熱い胸さわぎ」全てを再レコーディングしてほしいとまで思ってしまうのだが。この曲の魅力は、最近のサザンでは逆に作れないのではないかと思うほど、初期に漂う歌詞の短さ、単純さがあるということ。これはもちろん良い意味で言っている。KAMAKURA付近から社会風刺などをはじめメッセージ性の強い曲も打ち出すようになったサザンだが、初期の頃の歌詞を見ると変に難しいことを考えず、あるがままありのままの日常を切り取ったようなものが多いように感じる


雨が降らないと米食えない
早く寝ないと夢見れない
髪の手入れはリンスにシャンプー


そう、この「だから何?」って思わず突っ込んでしまいそうになるところが初期作品のいいところだと思う。あとはメロディ。この力が入りすぎない、少し緩んだというか抜けているという感じがいい。20代前半にしてこの曲を作り上げていたのかと思うと恐ろしい。まさに音楽界のモンスターだ。


ここで少し横道にそれるが、サザンと同世代で音楽界を引っ張ってきたアーティストの一人がユーミンこと松任谷由実さんである。ユーミンについては元々知っていたわけではなかったが、ある機会にストリーミングでメジャー曲を一気に聴いてみたところ、どれも聴いたことがあるモノばかりで口ずさむことができた。知らない間にそれだけ影響を受けていたのかと驚いて、それがきっかけで聴き始めた。ユーミンはサザンがデビューした1978年にはすでにあの名曲「埠頭を渡る風」を作っていたという。「勝手にシンドバッド」も相当に衝撃的だったろうが、歌謡曲全盛の時代にあの曲を作ったのは天才だと思った。そしてそんなユーミンさんはサザンよりも一足先に50周年を迎えられ、その際にリリースした曲が「Call me back」という曲であった。現在の松任谷由実が、AIで再現した過去の荒井由実とともに歌い上げるという常識を覆すような作品だったわけだが、実はこの曲は大昔に作っていたものだという。元々はユーミンが曲を書き下ろす際に使うペンネーム、呉田軽穂の名義で作曲されていたものでそこに新しく作詞を加えた作品なので、曲紹介の際は「詞:松任谷由実 曲:呉田軽穂」という不思議な表記にもなっている。ある意味この「悲しみはブギの彼方に」も似た部分があって、大昔に作ったものを現代で再現するというのはやはり歴史が長いアーティストでないと物理的に不可能なことだろう。桑田佳祐と松任谷由実という二大巨頭の凄まじさがわかる。そしてAI を使用しているという点も同じだ。この曲ではなく「ごめんね母さん」の方ではあるが、最新技術を早速取り入れるというのは言うは易しだが、どのように使うか活かすかはやはりアーティストのセンスがものを言うのではないかと思う。


話が彼方に消えてしまったのでここら辺でまた戻ってくるが、「悲しみはブギの彼方に」について桑田さんが語る動画が先日YouTubeにアップされた。「俺一番好きで…別にメロディがとかではなくて…」と語る。サザン初期の衝動によって生まれた曲だからこそ好きなのだろう。「働けロック・バンド」や「おいしいね〜傑作物語」でも描かれるように、サザンはやりたい音楽を追求する一方で業界の険しい側面も見てきた人たちなのだろう。その分、やりたくてやってた、好きだからやってたという純粋な時期の曲は貴重なのだと思う。


ここからは完全に個人の見解となるが、正直なところ今回のニューアルバムでは、その多くが編曲においてキーボードの片山敦夫さんや曽我淳一さんなど、普段サポートメンバーとされている方々が加わって行われている。番組でも話していたが、桑田さんが曲のイメージが降ってきたときに初めの方は彼らに話すのだという。そういった作曲の形はおそらくデビュー当初の頃と、また少し違うのではないだろうか。当時メンバー6人で集まって、一から作ってみようというのは段々となくなってきたのかもしれない。だからこそ、この「悲しみはブギの彼方に」は桑田さんにとっても他のメンバーにとっても、特別な作品になったのかと。サザンの歴史についても深く思いを馳せることのできる1曲。


ちなみにちょうど桑田さんが通っていた青学から除籍されたあたりに作った曲ということもあってか、「学籍もブギの彼方へ消えたんですね」というネタツイを見たが思わずクスッと笑ってしまった、やめい笑


12. ミツコとカンジ

 全曲からメドレー形式になっている。世代だからか私がプロレスに興味がなさすぎるのか、最初このタイトルを見たときに「お、また登場人物が増えたか」くらいにしか思わなかった。要するに、これまでチャコ、クラウディア、ジュリア、栞など色々な架空の人物が曲には出てきたわけだが、そのくくりかと思っていた。が、皆さんご存知、これはアントニオ猪木さんと倍賞美津子さんのこと。この物語は、ミツコが出てくところから始まる。


惚れた女などいない方が好き


ここら辺の言い回しはソロの「可愛いミーナ」などでもお馴染み。


カラダの傷などOh oh 

ナンにも怖くはないが

ただ心の痛みに震えてる


こういう表現の仕方が改めて天才なのだと思う。ストレートで気取っている感じもなく、伝わりやすい言葉遣いなのに感情がそこに乗っているかのような。


ふと立ち止まってみれば

何を求めて

命懸けで生きて来たんだろう?


というサビの部分。ここについては、実はXのフォロワーさんで分析をしている人がいたのでお借りさせていただく。桑田さんはアントニオ猪木さんの大ファンでもあり、とある番組でコブラツイストをかけられている映像が残っているほどお互いに関わりは深かったのだろう。そんな猪木さんへのリスペクトも込めて作られたであろう「Soulコブラツイスト〜魂の悶絶」はソロイヤーではユニクロのCM定番ソングとなったし、ライブでも盛り上がる曲となった。この曲のサビに


命がけで今日も生きてるんだよ


という一節が。間違いなく重なるものがある。これが意図して書かれたものかは定かではないが、どちらにせよ胸熱展開である。Soulコブラツイストがリリースされたのは2021年。そして2022年の5倍返しツアー。この間にアントニオ猪木さんは亡くなっている。それを受けた上での今作ということを考えると、桑田さんが表現したかったのはなんだったのだろうか。詳しいことはわからないが、こうして曲同士を繋ぐ橋のような考察は面白いと思うので、他にも気付いた人は是非教えていただきたいと思う。例えば、「ロックンロール・スーパーマン」と「平和の街」で描かれる主人公の関係であったり


この歌詞は猪木さんが自身の生涯を辿ったようなものに思えるが、なぜか懐かしさを感じる。あるはずのない過去というか、そういったものにもどこか哀愁を感じられる一曲だ。


裏・THANK YOU SO MUCH、続くー