アンコールの拍手を受けて場内が明るくなった。そして、メンバーが戻ってきた。
桑「…はい、ということで、ええと、新しい年が始まりました。まあ、あのなんというべきか、今年もよろしくお願いしますというところかな、うん」
大きな拍手。
桑「あ、ありがとうございますもうほんとにね。…で、さっきも申し上げたんですけど我々もう疲れましたんで、ほんとに帰らせてもらいますよ…?」
「「えぇ〜!?」」(ブーイングの嵐)
桑「…いや、あんたたちそうやってねぇ、わぁって騒げばうちらがやるって思ってるでしょ、ねぇほんとにもう困るというか…じゃあ、最後に1曲だけ、ちょろっとやらせていただくということでね、それで良い…??」
「「えぇ〜!?」」(ブーイング混じり)
桑「…ほんとに大丈夫なんですか、我々は良いんですよ。裏に、ちゃんとね、あのぉ温かい、ほら、楽屋の方が用意されてるんで。だってあんたたち帰るんでしょこれから家に。…それじゃあ、約あと1曲…約あと1曲で締めさせていただこうかと思います。今日ほんとにみなさんありがとう!!!」
大きな拍手。
28. 思い過ごしも恋のうち
出だしの部分はロッキン2024で聴いたもの。手拍子が加わる。またこの曲が聴けるとは、しかもアンコールのポジションで。ロッキンセトリの中ではこの曲は一番推している。元々この曲は2019のふざけるなツアーがきっかけで聴くようになった。世間的には「勝手にシンドバッド」のイメージが強すぎるが故、似た雰囲気のこの曲や「気分しだいで責めないで」は存在感が薄れていて勿体無い。歌詞は「ザ・初期のサザン」という感じだが、言いたい内容は実は「バラ色の人生」にも通じるところがあるんじゃないかと思ったりもする。表現の仕方は違うけど根元は同じなんじゃないかという曲は他にもある。そんなことを考えていたらあっという間に間奏だが、背景映像にはロッキンと同じく昔のサザンの映像が流れる。先ほどの「働けロック・バンド」といい、過去の映像が出てくる演出が好きだ。
ただラストに差し掛かるとある懸念が。
(最後までしっかり演ってくれるだろうか…)
しかし心配は無用だった。ロッキンに引き続き「別れ話はMisery 昔話はHistory」の部分もしっかりと歌ってくれた。ここが聴きたかった。締めくくりもロッキンと同じだった。CD音源ではだんだん音が小さくなっていくが、ライブではまた違う締めくくられ方をする。こういうアレンジもライブの醍醐味。
29. ロックンロール・スーパーマン
思い過ごしが終わるとすぐに始まった。当然客席からは大きな歓声と手拍子。やっぱりこの曲だけは屋内ライブが似合う。茅ヶ崎でも最終日にやったらしいが、この曲は自分の中ではどうしてもドームやアリーナで聴きたいと思っていた。最近は、希望の轍→勝手にシンドバッドの流れがメジャーになってきたのもあり、すっかり存在感がなくなっていたところに、この登場である。歌詞はいつも胸に響くわけだが、特に2番。「人間(ひと)は誰もが悩み抱えて」「シャアない、トロい、役に立たない僕」などの歌詞。私はソロ作品「平和の街」を聞いたときに、このロックンロールスーパーマンを思い起こした。桑田さんは第一線を走り続けるスターでありながら、対照的な立場にいる我々一般人の内に眠る重たい何かをこれでもかというくらい如実に描く。明るいメロディのはずなのに、どこか涙を誘うのはこの人の真骨頂だと思う。「みんなのうた」はやはり屋内では向かないのかセトリ入りはしなかったが、この曲で両手を振れたので満足である。
歌い終わると伴奏が続いていたが、桑田さんがギターをスタッフに預けてマイクを取った。
桑「皆さん本日は本当にありがとうございました!それでは、2026年がどうか良い年となりますようお祈りいたしまして、最後盛り上がっていきましょ〜!」
毛ガニさんのパーカッション。大歓声と手拍子。
30. 勝手にシンドバッド
この曲については、もはや文章で表現する必要などないだろう。脳内で再生するだけで盛り上がる、サザンの原点にして頂点である。日本の音楽界に大きな影響を与えた一曲。今では当たり前となった歌詞のテロップもこの曲がきっかけだという話を聞いたことがある。半世紀近く色褪せず、むしろ進化し続けた曲。でも時間の流れは止められず、気づけばあっという間に10回ジャンプをして終わってしまった。
メンバーがステージ前方に集まってきた。桑田さんが改めて全員のメンバー紹介。
桑「じゃあ一礼しましょうか。せーの!」
会場には「桜、ひらり」が流れ始める。
桑「えぇ、ということでございまして皆さん本当にありがとうございました!昨年からね、あのアルバムの方もよくしていただいて、我々お爺さんお婆さんですけれども本当に嬉しゅうございます!」
拍手。
桑「色々ある世の中ですけど、皆様にとって良い一年でありますようにメンバー一同、心よりお祈りしています!…ということでね、あの、前の夏フェスの方でもご報告しましたけど、我々はもう身を引きまして、えぇ、若い人たちにお願いしようと思っていますので…」
「えぇ〜?!」
桑「おぉ…すごいな声が。そんなこと言っちゃいけないね……また必ず戻ってきます!!今日ほんとにありがとうねぇ!!!」
会場のみんながサザンへ手を振る。あと少し経てば、ここにいる人たちは、自分も含めて、自分たちの世界へと戻っていく。他人としての日常生活に戻る。誰一人として同じ人生を歩んではいないが、この数時間だけは繋がっていた。しかし、もうすぐライブは終わってしまう。
気づけば、メンバーは端へと移動し背中が見えた。スクリーンからもいなくなった。大きな感動の一方で、わずかに喪失感のようなものも覚える。これはきっと脳内では再現できない感情だろう。
ー帰り道ー
ようやく自分の席の番号が呼ばれ、外へ出た。
2026年になった世界。外はやはり寒い。それはそうだ。1月1日である。
まだ人だかりがすごい。写真を撮っている人もいた。それを横目に駅へと歩く。
色々と今回のライブのことを思い返してみた。自分の好きな曲ばかりのセットリスト(そりゃそうだ)。極上の演出。大満足である。しかし何か足りない、そう感じた。
そうか。あの曲は演っていない。