先日父が81歳で亡くなった。難病ではあったのでそちらばかりに注意がいっていたが心不全とのことだった、年齢相応に弱っていたのだろう。

 

父は口下手で無口ではないがおしゃべりというわけではなくコミュニケーションが不得手な方だったように思える。

当時小学低学年くらいだった孫や私たちと食事をしているとき突然(「孫のことを)オバマに似ている」と言った、当時のオバマ大統領が就任したばかりで話題になっていたころだった、政治家とか固い印象の人が「近所の焼き鳥屋が好きだ」とかいうと少し空気が和むよね?そういう効果と大統領のような大物に似ているということで将来大物になるぞみたいな、ジョークのようなゆるい雰囲気を狙ってたんだろうけど義理姉とかはその話題を転がしたり広げたりしたいが言葉を正面から受け止めて実際オバマに全く似ていないのでどう対応していいかわからない、私や兄、母はこういう空気は慣れているので「また言っている」とすらならず何もなかったように食事を続けた。

「全く似てないじゃん!」とか誰かが言えば「そうか?アハハ」みたいになってというのを想定していたのかもしれないがあまりの暴投に拾いに行くのが面倒になった。

 

そんな父は日記をつけていた、母が勝手に読んで私たちに内容を知らせるので入院していた父に「(お母さん)勝手に日記を読んでいるけど良いの?」と訊いたら「良いんだ」とのこと、母もすでに了承を得ていたのだった。

 

そういうことなので日記を開いてみたがそこには口下手の父からは想像できないほど喜怒哀楽に富み家族のこと、仕事のことなど日々のことが独特の観察眼で「饒舌に」描かれていた、父は新聞社(専門紙)に勤めていて記者だったこともあり活字も好きだった、彼の表現力の神髄はここにあったのだ。

 

折を見てそれに触れていきたいと思う。