晩寄りの手押し車 ⑤


ちーちゃんは95歳になって初めて「ああ、ちいと(少し)歳しゅうとったのぉ(歳をとったなあ)」と思った。

「わしゃあまだまだやれる!

100くりゃあ(位)迄は平気じゃろう」

実際99歳の今も石段を駆け上り駆け降り息一つ乱さないスーパー婆ちゃんだ。

「いんや待て、もしボケたらどうするんなら(どうしよう)?

かわゆうボケるんならええが、なんも分からんよぅんなって気持ちがギスギスして、誰彼のう当たり散らす様なボケになったら?」

ちーちゃんはその竹を割った様な性格で下は2歳から上は90歳迄沢山の友人がいる、中には認知症になった人も・・

可愛い認知症も有れば手に負えないものもある事をちーちゃんはよく知っていた。

万が一、ボケた自分があの手押し車を使ってしまったら?

陸軍兵器開発局局長だった父親、晩寄りだった母親、ちーちゃんが15歳の時「私の手押し車は古いからあなたの為に作った新品を」

2人に貰った大切な仕事道具、

今が別れの時なのだろう。

ちーちゃんは95歳で皆に惜しまれつつ晩寄りをやめた。

手押し車要塞は向島立花海岸沖の何処か深くに沈んでいるのか?

高見山の山腹深く埋められているのか?

ちーちゃんは今日も元気に商店街を飛び回っている。

        【完】


尾道に行く事があれば、ぜひ商店街を歩いてみる事をお勧めします。

午前中なら晩よりさんに必ず会えますよ。