
午前10時の映画祭。
TOHOシネマ府中の第一弾。
ビリー・ワイルダー
I・A・L・ダイアモンドの黄金コンビが創りだした
傑作コメディ。
改めて見てみても
いかに
この映画がのちの映画に
いや
映画だけではない
マンガやアニメ、そして小説に
影響・・
いや
パクられているかわかる。
「アンタッチャブル」のデニーロ・カポネの演技
女装して女性の辛さ、屈辱を知る・・というのは
「トッツィ」
デキシーランドジャズと
それに乗せた
カッティングは
「トムとジェリー」
まだまだ細かいところをあげれば
きりがない。
オープニング
疾走する葬儀屋の車を
追走する警察の車
いきなり
葬儀屋の車に発砲する警察
天井から
機関銃を取りだして応戦する
葬儀屋。
なんとか
逃げおおせる。
銃弾で穴があいた
棺から液体が流れ出す
棺をあけると
酒びんがぎっしり。
「1929年 シカゴ」の字幕
まったく
無駄なし。
見事なテンポ。
映画のリズムに
心が心地よく乗っていく。
伏線というのは
最後にちゃんと回収しなくてはならない。
あきらかに
伏線として最初に
盛大に提示しておきながら
最後まで
なんの意味もなく終わる
もしくは
大した意味もなく終わる。
そういうサスペンス映画が
多い。特に日本のサスペンスと名乗る映画やドラマは
ほとんど
そうだ。
とりあえずは
この映画を観て
伏線は張ったら
ちゃんと回収する・・ということを
学んでほしい。
この映画は
銃弾によって開いた穴まで
ちゃんと
意味があるのだ。
この映画の撮影中に
モンローの精神状態は最悪で
遅刻や閉じこもりを繰り返したらしい。
モンローを
精神的に追いこんだのは
自分に対するワンパターンなイメージ。
頭は少しトロいけど
かわいくてセクシーボディの女。
これを作り上げたのは
ビリーワイルダーだ。
この映画と「7年目の浮気」で
そのイメージは決定的なものとなった。
それほどにこのイメージで演じるモンローは
観客の心をつかむ。
それが
ワイルダーにはわかっていた。
つまりは
モンローには、
このワンパターンの演技しか出来ないと思っていたのだろう。
そんなこともない・と思うのだが
このパターンを演じるときのモンローがあまりにも素敵過ぎる。
とてもじゃないが
誰も
太刀打ちできない。
だから
全世界の男性がそれを求め
モンローを追いこんでいった。
後半部分の恋愛のドタバタも、
シャッキーチェンが
何度もパクッているパターン。
こういうシーンは
僕にとっては
少々退屈だ。
ただ
そのドタバタの間にも
ラストシーンに繋がる伏線をちゃんと張りながら
前半の伏線を回収する。
最後の最後まで
見事な職人映画に
身を任せることができる。
ただ、ただ
もう楽しい。
こちらからなにかを考えなくても
ましてや
頭が痛くなることもない。
それにしても
ジャックレモンと富豪のジョー・E・ブラウンのコンビには
何度見ても笑わせてもらえる。
特にジョー・E・ブラウンの顔が
最高である。
いま、いなくなったなあ・・こういう顔の役者。
まるで
揺らぎなどまったくない。
突っ込みどころなどない物語構成。
それでいながら
ゆりかごのように
いい気持ちで身をゆだねられる映画
こういうのが映画・・だったよな・・。
おまけに
エンドクレジットが短い・・というほとんどない。
いいなあ・・。












