家裁では、僕の一切を否定された。
いかに父親らしくなく、異常な性格であったか、いかに異常な夫であったかを
責められた。このときに感じたことは
「言葉は武器」
だった。例えば、僕は数学教師なので、息子の楽( がく : 仮名 )に
僕 「(教科書の角を指し示して) ここを「ちょっかく」といいます。
ちょっかくの性質を調べてみましょう。」
といって、楽の頭をコツンとやった。もちろん、思いっきりやっていないし、
楽も大笑いしていた。当然加減はしていた。でも、裁判所では
相手「 教科書の角で息子の頭部を殴りつけ、息子は恐怖で怯えていた。」
全員「 それは酷い。」
僕 「 ふざけていたので、本当に加減をしたんですよ。楽も大笑いしていましたし…」
調停委員「 相手がどう思うかが大事なんですよ。」
……… 終了 ……… 「僕は異常な父親」 ……… 確定
このようなやりとりを嫁が聞くと、嫁は目に涙を浮かべて黙ってしまう。
だから、そういうことを続けるのは、僕自身つらかった。
本当は闘い続けたかったけれども、その先にあるものは何だろうか。
おそらく、何もないどころではなく、恨みしか残らないだろう。
よくテレビや新聞で報道される「元夫が元奥を刺殺」というのをみて
ちょっとだけ気持ちはわからなくもない。でも…
もういいかな。子どもとの面会もいいや。元気でいてくれたら。
僕は自分の残りの人生を楽しく生きようと思う。
そのためには、裁判所で全否定された「それまでの僕の人生」を
取り戻すための、僕の存在証明が必要だ。
それが、大学院での研究なのだ。この年になって学位を取得しても
就職するでもなく、何でもないけれども…
そして、僕が数学教育に傾倒していった理由は… また今度。