身体と心に優しいヘナの美容師ちえみのブログ

身体と心に優しいヘナの美容師ちえみのブログ

身体に優しいヘナの美容師をしています。
また、岩手内で唯一のベトナム医道ディエンチャンのディプロマ保持者です。



岩手県奥州市江刺梁川に
この5月にオープンした
「やながわ食堂」
食の匠として、
各メディアや雑誌、新聞などに
ちょいちょい登場している
自称「やまんば」こと
若生和江さんのお店です。




実は彼女は当店のお客様で
長い付き合いになります。




私もイベント毎に
お弁当やオードブルを注文しましたが、
文句なく美味い😋



今流行りの料理のような
派手さはありませんが
食べてホッとして
身体が喜ぶ味です。
是非訪ねて見てください。



更に
大瀧詠一ファン
垂涎の場所でもあります。







江刺梁川は
詠一少年が幼少期を過ごした場所で
彼にまつわる逸話が多数ある場所です。
やながわ食堂も
若生さんのご主人のお兄さんが
同級生ということもあり
可愛らしい詠一少年の写真と
サインが飾られています。








店内のBGMはもちろん!
大瀧詠一さん💕
たくさんの写真もあります。

是非訪ねてみてください。











Azumiさんに会えた。



1年ぶりって時間が
スーッと消えていく
この不思議な感覚は
時間のない場所にいる人と
共にある人が生きる空気。



この不思議な空気を纏う人に
カフェそらで逢った
私の歴史上二人め。



実は彼女達はとても友達だと知り
驚いた。


そんな
Azumi Neonativeさん
に会えた。


Azumiさんの芽🌱がとらえた私は

暗闇の

真っ暗闇の

宇宙空間に漂う

ショッキングピンクの星

宇宙の花

素敵で不思議な話をしてくれた




美しい時間だった。

斎藤一人さんが教えてくれた、
人生の成功法則の一つに
和顔愛語という言葉があります。

和顔とは顔に艶を出す事です。
ひとりさんの10人のお弟子さんで、
名代一位指名の
舛岡はなゑ社長が考案した
「美開運メイク」は
その和顔の作り方を教えてくれるメイク法です。




私は今回で5回目の参加になりますが、

全国からこのメイク法を習いに来る

仲間達と共に学びを深めました。

5回目ですと「香取神」様の金札をいただけます。






今回は更に簡単に
しかも美しくなれるメイク法を
教えていただきました。














美開運メイクの施術を
受けたい方は
1回11000円にて賜ります。
この料金は会で決められたものですのでご了承ください。

美開運メイクの凄さは、
言葉や生活習慣を変えることなく、
何故か笑顔が溢れる暮らしに
自然と変化していく事です。



現に私の私塾の生徒さん達は
回数を重ねる毎に
内面からの美しさが増し増しで、
輝くような笑顔をみせてくれます。



 また斎藤一人さん曰く
「美開運メイクをした顔があなたの本当の顔なんだよ」とも教えてくださいました。
是非お声がけくださいませ。



魔法使いっているんですね

 

岩手県って本当にわたしも含めて

不思議な人が多いなって

改めて思うこの頃です。

 

水沢にある魔法屋nerineさんで開催された

魔女と画家の不思議なセッションがあると知り伺いました。

 



実は私はこのセッションを受けるのは2回目でして

魔女以外にもいろんな肩書を持つErycaちゃんとは

前世から含めて深ーい関係があるみたいで

お互いにいつ知り合ったのか

まったく記憶がないのに

なんだかいろんな区切りで隣にこっそりいるような

そんな不思議な関係です。

 




そのErycaちゃんと画家の野村さんのコラボイベントは

独特な時間が流れる空間に

サイキック鳩のパズくんが引く線上に

ポカンと浮いてるような

そんなセッションで

実は私のお気に入りなのでした。

 



今回はどんな空間に3人して旅するのか楽しみに伺いました。

セッションの内容は伏せておきますが

完全に今の私とリンクして

なぜErycaちゃんと知り合ったのか

その意味はなんだったのか

更にはこれからの私の進む道をしっかりと示してもらいました。




すんごい充実した気持ちで

私とErycaちゃんの描いた空間を

天才画家の野村さんが的確に描いてくれていて

正にブラボー!!!

更には私が珍しく絶大なる信用を寄せている

長老こと長に

天啓と受け取れる文字を描いていただきました。

 





良い時間でした。

また伺います。

感謝しています。

 ありがとう


 

大兵主神社を後にした私たちは

レンタカーを返す時間まで少し時間があったので

道路沿いにある看板で気になっていた神社を目指すことにしました。

 

この辺の気転は

何度も神旅に同行してくれている

Mちゃんのすごいところで

前から決まっていたかのように

スーッとこなしてくれます。

本当に最高の相棒と巡り会えたと

毎回感謝しています。


今回訪ねた道もなのですが

奈良の道幅は神社、仏閣に近い道は

ほぼほぼ道幅が狭く

くねくねとした細道が多いです。

これに関してはMちゃんは

空襲を受けていないからだよと教えてくれました。

今のような車社会ではなかったころの道が

そのままの形で残っているわけです。



 

私たちが目指したのは笠山荒神社様です

どんどん道幅が狭くなり

対向車ともすれすれの

くねくねとした細い上り坂が

かなりの時間続きました

本当にあるのだろうか?と不安になると

まるで待ってましたとばかりに

「笠山荒神社」の看板があるのも

今となっては仕組まれていたのかと思います。

道路工事もありますます道なき道を歩む気持ちの私たち

遂には、がけ崩れの現場まで現れました。

私の神事を我慢強く支えてくれている彼女も

黒い大きな土砂を止める塊を見て遂に

「も~だめだ!引き返す」と言葉を発したと同時に

私も「なんだか嫌になって来て」と言ってしまったものですから

Mちゃんの心の中に溜まっていた不満が噴きだしたようで

一瞬ですが気まずい雰囲気が車内を包みました。

と!その時です。

私たちが気まずい雰囲気を吸い込むその一瞬

車の中に違う何かが入ってきたような気がしました。



私は恐る恐るMちゃんに

「今何かが車に乗ったよ」と告げて

驚いているMちゃんはそのままにして

主に心の中で聞いてみました

すると「あ~やっと来た~」というのです

もう一度どなたですかと伺うと

「わしはさきたまの氷川の社に戻りたい」というのです

さきたま?もしかして埼玉のことかと思い

もしかして埼玉からのお迎えをここで待っていたのですか?と問うと

「いかにも」と答えたのです。

そーっと後ろを後部座席を振り返ると

山伏のような姿をした天狗様が座っておられました。

鼻はそれほど高くない優し気な瞳と

ひげだらけのお顔がニコニコと笑顔で答えてくれました。

そのことをMちゃんに告げると

「私が埼玉の大宮に住んでいるからそれがわかったのかな?」と

変に納得してました。

私は以前旅した熊野で同じく氷川神社様に神様を案内するために

最終の新幹線に乗り遅れて

Mちゃんのご自宅に泊めていただいたことがありました。

そんなこんなを思い出しながら

Mちゃんのご機嫌もすっかりなおり

天狗様と3人のドライブとなりました。

車をもどすまで雨は降らずにいてくれたことを

天狗さんに感謝しながら宿に戻りました。

 




夕食の前に宿の隣にある健康ランドで

リフレクソロジーの施術をしていただきました。

その時の施術者の西澤さんが

またまたすごい人で、

施術中にやけに神社の話をするのです

なぜそんなに神社仏閣に詳しいのかと伺いますと

35年前に歯の病になり

この歯を直してくれたら

僕は神様のことを広めますと誓ったそうです。

それで見事歯が治ったので

今はこうして神様の話をしているということでした。

 

神様大好きな私としては

水を得た魚のように

西澤さんが話す内容に相槌を打っていたので

西澤さんは

「今朝の朝日に七色の光が走っていたので

今日はきっといい出逢いがあるね」と

相方さんと話していたそうです。


岩手から遥々訪ねたことを告げると

瀬織津姫様の話や、

ヤマトタケル様の話などが出たりして

早池峰神社と丹内山神社を紹介しておきました。

 

で、西澤さんが今回私たちが訪ねた神社様

石上神宮

大和神社

纏向遺跡

穴師坐兵主神社

大神神社

檜原神社

の不思議なつながりを教えてくれました。

それは古代の日本の勢力争いの内容でした。

西澤さんの話を聞いていて

今回の旅の目的がはっきりとわかりました。

 

今まで書いたシリーズの中でも

私はつぶやいていますが

古代の日本の神さまは

ある時代に大陸系の人々の策略により

本来の御神体の名前が書き換えられていたり

消されていたりを繰り返して今に至ります。

古事記や日本書紀では名前すらない

瀬織津姫や饒速日など、

また須佐之男命は荒ぶる神とされ

本来の偉業をほぼ消されて

むしろ邪神と位置づけられています。

 

今回の私の神旅は

日本本来の神々様に逢うための

旅だったように感じました。


どの場所も

豪華な社殿ではなく

私たち蝦夷が大切にしていたのと同じように

自然こそが神。

その精神が息づいているのが

よくわかったからでした。

 

特に豊鋤入姫様から倭姫様に役目を受け継ぎ

なぜアマテラス様を伊勢に案内したのか

掟を破ろうとする人があれば

掟を守ろうとする人々が必ずいる。

モノや姿は替えられたけど

その心、精神までは決して変えられない

今回訪ねた神社様で

私が感じた共通の思いでした。



 

倭の神々様を訪ねる旅の締めくくりは

最終日がちょうど開幕の日だった

「蔵王権現に捧げた祈りの美 吉野・大峰」

展を観に

奈良国立博物館を訪ねました。


昨年Mちゃんが案内してくれた金峯山寺

大好きな蔵王権現様

夜間拝観のあの厳かな夜を思い出していました。

 

そしてそしてなんと

前日でしたが見事に切符をゲットできた

近鉄の豪華列車「あをによし」にも乗車できました。











 

雨にも当たらず

焼き肉を食べるとなぜか私の方にばかり煙がきて

(天狗様が後ろで煽っていたのです🙄まったくよー‼️)

捕まるはずのない流しのタクシーがすぐに見つけたり

駅のホームでは混雑しているのに2つ席が空いていたり

帰りの新幹線の中でMちゃんと

これは絶対天狗様のおかげだと言い合いました。

Mちゃんが大宮に着くと

予報ではかなりの雨降りのはずなのに

道路が全く濡れていかなかったそうです。





 

天狗様を拾った笠山荒神社様の近くには

「龍王山」があるのですが

宿に着いてすぐにMちゃんが私に問うたのが

「龍王山ってなに?」

あの一言からⅯちゃんと

天狗様の出逢いは決められていたように感じています。

Mちゃんは天狗様に

てんちゃんと名前をつけて

可愛がっていました。🤭

気の合う仲間との久々の再会を見ているようでした。

 



東京駅で別れたMちゃんの背負うリュックが

山伏の背負う笈にそっくりで

彼女はきっと前世・・・天狗様だと確信した私でした。

🤭

 


(羽黒山の修験 瀬戸の島からさんの投稿より引用)



長いシリーズになりましたがこれにて終了

お付き合いいただきありがとうございました。

 

感謝しています。🙇‍♀️

 

 追伸

天狗のてんちゃんは

翌朝、それも早朝に

Mちゃんが大宮の氷川神社様のご案内したようです。



檜原神社様を後にした私たちが向かったのは

ここもなぜか地図を見ていて気になった神社さまの

穴師坐兵主神社様です。

不思議な漢字の羅列と、纏向遺跡の語源である巻向山の麓の神社様です。

更には初期ヤマト王権推定地の案内もありました。

ここでも例のごとくに道幅の極端に狭い道を

山肌を縫うように、

名ドライバーのMちゃんの運転する車は進むのでした。

 

相撲神社の鳥居と看板を通り過ぎ

道幅は更に狭くなります。

本当にこの先に神社なんてあるのだろうか?と不安になりながら

深い森の先に穴師坐兵主神社様はありました。



 

路肩に駐車場の看板を見つけたので

そこに車を止めてMちゃんと参道を歩いていきました。

「大兵主神社」と書かれた云われが書かれた看板を横切り

いつものように入場の作法していると

大和神社で感じたような

何かとても大切なものがお鎮まりになっているような

不思議な感覚がありました。



呼んでいただいた神社様では

このような不思議な感化を味わうことが多いのですが

一歩一歩歩みを進めるたびに

足がとても軽く感じてきました。

良い磁場の場所では気持ちもとても安らかになります

その感覚がこの神社様にはありました。



 

御社殿を正面にしたとき

お寺のような・・・神社のような・・・

廃仏毀釈が行われる前の

にほん独特の神仏融合のそんな姿の御社殿だと感じました。

何より素晴らしいのはこの神社様全体に溢れている気です。

本当に気持ちがよいのです。

気のいい土地をいやしろ地と言いますが

正にここはいやしろなのだと感じました。

 

穴師坐兵主神社、

穴師大兵主神社、

卷向坐若御魂神社の三神合祀の神社で、

三社とも式内社に比定されている古社。

社記によると、本社は崇神天皇の時代、

倭姫命が天皇の御膳の守護神として奉祭せられたといいます。 

元々、弓月岳にあった穴師坐兵主神社(上社)が、

応仁の頃に焼失し、

現在地に鎮座していた穴師大兵主神社(下社)に合祀され、

同じく巻向山にあった卷向坐若御魂神社も合祀されて、

現在のような祭祀形態となったと思われます

                                                              (観光協会のホームページより抜粋)

 



ここでも倭姫様のお名前がありました。

このあたりで豊鋤入姫様のお役目を受け継いだのがわかります。

 

御朱印をいただこうかと社務所を探しましたが見つかりませんでした。

 


素晴らしい気をたくさんいただき

私たちは神社を後にしました。

 

 

 

 

次に向かったのは

大神神社様から山の辺の道を通って向かう

大神神社の摂社の一つ檜原神社様です。

 

 

私たちは時間の関係で縫うような山道を車で向かいました。

Mちゃんのすばらしいドライバーテクニックには本当にほれぼれしてしまいました。

ありがとうMちゃん。

 

 

 

 

檜原神社様の御祭神は

少し前に訪ねた大和神社様でも登場した豊鋤入姫様

宮中に祀ると祟るとのご真言により

 

(これは実は後々の作り話で、

シラギ族に天尊族の宝、

三種神器を盗まれそうになり、

それを察し崇神天皇が皇女豊鋤入姫に命じ

八咫鏡を抱いて逃げるように命じたのでした)

 

天照大御神様の安住の地を見つける旅に出た

崇神天皇の皇女である豊鋤入姫様が

磯城神籬(しきほもろぎ)をを立ててお祀りされた

倭笠縫邑(やまとかさぬいむら)であることから

つまりは天照大御神様が伊勢に入る前にその候補地として

お立ち寄りになった場所ということで

元伊勢と呼ばれている場所になります。

 

 

 

 

天照大御神様をその身に背負い

追手から逃れながらの旅は今のような舗装された道ではなく

山道を這うように身を隠しながらの旅だったと感じます。

(暴かれた古代史 山本建造著 福来出版 参照のこと)

その後苦労もあり姪である倭姫様にその任をお任せしたのでした。

 

 

 

 

檜原神社様の前にて祈りをささげる私の胸には

ますます、古代日本の信仰を

ひたすらに守り抜いた人々の姿が

鮮明に感じとることが出来ました。

 

ここもやはり御社殿は持たない神社様で

東北の古代の磐座信仰の姿を感じました。

 

豊鋤入姫様のご苦労をしのびながら檜原神社様を後にしました。

 

 

 

 

参道には美しい花桃が咲き乱れておりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちが次に向かったのは大神神社様です。

私は2回目の訪問になります。

先ほどお参りした大和神社では

須佐之男命様の国造りの思いを感じました。

そして大神神社様ゆかりの檜原神社様が

とても近い関係であることがわかりました。

なにか見えない糸で歩かされているような

そんな不思議な気持ちです。


大神神社様は

ご祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)

がお山に鎮まるために、

古来本殿は設けずに拝殿の奥にある

三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという

原初の神祀りの様を伝える我が国最古の神社です。



ちょうど春の例大祭の日に当たり

参道には神馬様のお姿がありました。





 

平日だというのにさすが例大祭の日です

背中にそびえる三輪山の気を感じながら

拝殿に向かいましたが

人でごった返していたので

私とMちゃんは先に

クスリ道から狭井神社様に向かうことにしました。

 







お賽銭を上げてクスリ水をいただき

三輪の神様にお礼を述べて

境内を後にしました。

 



狭井神社様までの道のりの中で

少彦名大神を祀った磐座神社があります。

御社殿はなく代わりに磐座がご鎮座しています。

 







帰りに市杵島姫命神を祀る神社様にもお参りしました。

市杵島姫命様は弁財天の異名をお持ちで

とっても親近感がわいてきました。

 

大神神社さまの拝殿に戻ると

ちょうど金色の御神輿が

階段を参道に向けて降りていくのに出逢いました。

大神神社様でみる金色の御神輿

・・こりゃあ春から縁起が(・∀・)イイ!!

 



心配していた雨も何とか持ってくれています

参道で草餅を買ったり

お酒を買ったり

すっかりお上りさん気分を味わいながら

楽しい旅はまだまだ続きます。

大和神社を後にした私たちが向かったのは

纏向遺跡です。

 

 

 

石上神宮から大神神社への道の地図を眺めていたら

突然にこの古墳が気になり向かいました。

一説には邪馬台国の女王卑弥呼の墓ではないかと

その候補地に挙げられている場所でもあります。

静かな田園風景の中に

ちょこんとある陵墓をみていると

卑弥呼がどうしたとかどうでもよくなるくらい

すがすがしい風が流れてくるそんな場所でした。

 

出土した品を調べた結果

日本初の「都市」であったことがわかり

歴史的にも重要な場所のようです。

 

 

 

 

草原にしばしたたずんでいると

私の頭の中に古代の埋葬の様子が浮かびました。

美しい隊列の真ん中に輿があり

高貴な方のご遺体があるのがわかりました。

この場所にきっと埋葬されるかたなのだと思いました。

今は昔のことなので本当かどうかを確かめる術はありませんが

古代のロマンに夢を馳せる

そんな遺跡であることは確かなようです。

 

ここでも登場した

「初めて」または「最古」というキーワード

さて次の場所にはどんなはじめてを見つけるのでしょうか

 

つづく