私の家はごく普通の中流階級だった。しかしそう思っていたのも自分の勝手なのかもしれない。学校を進学するたびに親父の口からは『学校も金がかかるんだ。』という声が何度も漏れだしたのを今でも覚えている。年を重ねる毎に、うちは決して裕福では無いと悟った。考えてみれば家族旅行など行ったこともない。周りの友達は毎年ハワイ、別荘、レジャー施設に行ったという自慢話をよく聞かされたものだった。いつしか私は裕福になりたいと考えだした。それはお金だけじゃないその他も全て。心のゆとりも…。若い私は手っ取り早い考えで、社長になれば良いんでは?といつしか考え出す。私は学生の最後の年から独立したいと考えていた。と言うよりも、誰かの雇用になるのがただ嫌だったのかもしれない。学生時代はバンド活動に明け暮れ、声が枯れるまで歌い続ける日々だった。しかし私の野望は、今日はミュージシャン、明日はスーツを着てビジネスマン。その両方の自分を確立したかった。今は自分のビジネスを見つけ着手し始めたところだ。
私がビジネスにも可能性を見出してから夢は大きくなった。 海外旅行、趣味への没頭、音楽、様々なことが頭の中でイメージされた。自分が変わったのはそのイメージの中で親孝行したいと考え出した事だ。なんだかんだ私を産んでくれたのは両親のお陰だと思うようにもなった。 そう思うようになってから、誰にでも優しくできた。この人も親がいて自分が生まれて。私にとって人との共通点はそこだけでよかった。
とある日の事だった。最近知り合った社長との会食がその夜あった。社長の名前は橋本友明。彼は一代目にして富を築き上げた、まるで松下幸之助のような人間だった。彼も元々貧乏だったらしい。彼との共通点はここ。 今では月何千万と稼ぎだす世間的に言う勝ち組の人間だ。そんな人と今晩食事が出来るんだ。どんなところで何を食べそして会計はいくらになるんだ!期待が膨らむ。さっさと今日の仕事を片付けなければ。新宿に仕事があった私は、歌舞伎町を一人ジュラルミンケースをもち歩いていた。この町はどの時間帯も薄汚れている。人間観察をするにはもってこいの場所だ。10歩歩けばナンパの男が影で身を隠し良い女が前を通りすぎれば、『かわいいねぇ』といって声をかける。その勇気、別の方向に活かせばいいのに。と考えながら口からは『ばかだなぁ』とボソッと呟いた。場所はコマ劇前。こんなにも大きな場所が今や廃墟になっていた。