文芸特論1️⃣の最終レポートできた
\\\\٩( 'ω' )و ////
今回は余裕をもってレポートに取り組み
レポート提出日の初日数時間で出したよ
冬季はお葬式があったから
レポート出せなかったんだよね~無念
文芸特論Ⅰも「きらきらひかる」で書いたんだけど
ゼミの方では書けなかった、人生の通過儀礼の疑問点や
セクシュアリティについて書けて良かったな
これが取れれば
私が卒業に必要な単位は取り終えた計算になるな
池田先生に私の重い思い(レポートのこと)が届きますように💓
文芸特論1️⃣の最終レポートできた
\\\\٩( 'ω' )و ////
今回は余裕をもってレポートに取り組み
レポート提出日の初日数時間で出したよ
冬季はお葬式があったから
レポート出せなかったんだよね~無念
文芸特論Ⅰも「きらきらひかる」で書いたんだけど
ゼミの方では書けなかった、人生の通過儀礼の疑問点や
セクシュアリティについて書けて良かったな
これが取れれば
私が卒業に必要な単位は取り終えた計算になるな
池田先生に私の重い思い(レポートのこと)が届きますように💓
運動してるって言うと
「どう?痩せる?何キロ痩せた?」
って聞かれるけど
ぶっちゃけ体重計には月1も乗らない
数字、どうでも良い
私の身体は
データと数字で出来てるわけじゃないから
”私は、ボディメイクをしています”
そもそも体重や結果を求めるなら
パーソナルジム行った方が最短ですしおすし
じゃあなぜ、
こんなに運動してるかと言ったら
運動することを通して
自分の身体の使い方(乗りこなし方)を追求している、に近い
身体はツールだけど、私専用のロケット
私は元来、めんどくさがり屋なので
楽しくないと続かないし
見栄っ張りだから、かっこ悪いのは嫌い
しかし運動をしないと得られないことがある
どういうときに体調が悪いと感じやすい、とか
何をすると回復しやすい、とか
こういう動きをすると効きやすい、とか
自分の筋肉の部位を意識したり、とか
そういう体感を大事にしている
だから私の体重が70キロ超えようが
服のサイズが
MだーLだーとか心底どうでもいい
体感の感覚が分かっていれば
勉強に向き合うとき、絵を描くときに
経験値として使える
そっちの方が大事だし
そういうデータとセンスを磨いていきたい
もう数年前?
藍ちゃんが「ヘレンちゃんと恋バナしたいな」
と言ってくれてたことがあって
まだその頃は
次の恋なんて考えられなくて
一生無理だなぁなんて思ってた
でも今回、
やっと念願の恋バナをする夢が叶った
恋バナ、というか
自分が如何に
臆病で、壊れてて
脳内大忙しで、キモいか、って話をした
”臆病になったり壊れたり大忙し、しかもキモい”
恋愛って、キモい自分と仲直りだわね
しゃーない
キモいことを真剣やるのが
恋愛なんだとさ
へんなダンス(΄◉◞౪◟◉`و(و"してるようにみえる笑
そういえばですね!!
3年前に倉敷でデニムワンピースを買ったのを
覚えてますでしょうか?
※リンク先の私の顔、怖すぎて笑ったwwww
⬇️
”デニムワンピースを買いに倉敷に戻った”
んで3年前の買いたての頃は
真夏だから涼しくなったら……
などと言ってたら全然、着る機会がなくて
あれよあれよと時間が経ってしまった
んでここ1年、ジムに通った甲斐もあり
身体が、かなりコンパクトになりまして
すごくない???胸元が閉まってるの!!
3年前は、少しも閉まる気配無かったのに!
背中の肉が無くなった要因もあるな
バックアンドアーム、頑張ったもんね💪✨
元々タイトな作りだから着るの怖かったけど
なんとか着れてよかったな
ちなみに二の腕、トレーニングのお陰で
ミチミチᕦ(ò_óˇ)ᕤ推しのお陰
友達の藍ちゃんにお声がけいただき
に行って来たわよ!!!
藍ちゃんとは
毎年5月に遊んでるっぽい!最高!
”藍ちゃんと遊んできた/星の巡り合わせ、必要な時に必要な分だけ与えられてる”
昔はFaOIは、チケット争奪戦が過酷でさ
(羽生宇野コンビがいたので)
わざわざ新潟まで
遠征して観に行ったりしたものです
ファンタジーオンアイス新潟
https://ameblo.jp/sasaoyuko/entry-12284495412.html
懐かしい、9年前は
プルシェンコが来日してたんですよ……
*息子のサーシャくんは
今年アゼルバイジャン国籍で
国際大会デビューだそうです、
それは楽しみ
そんな憧れのFaOIを現地で
しかも幕張で見れるなんて最高だな
今までずっとテレビ観戦だったもんね(m´・ω・`)m
んで私の、今回の引きの強さ
まさか私が10年、続報を待ち続けた作品が
昨夜、突然公式が動き出したんです……!
しかも、
ステッカープレゼント……!
マジで私も公式も生きててよかった!
マッカチーーン!!!
新イラストのポスターが
至る所にあり感動でした🥹
オタク笑顔☺️
何回も撮っちゃうわね
にしし😏
オタクしてるところを
しっかり撮ってもらえる幸せな私
わーい\(^o^)/
中華に喜び踊る私
喜びの舞っ!₍₍ ◝('ω'◝) ⁾⁾ ₍₍ (◟'ω')◟ ⁾⁾
喜びの舞っ!₍ ◝('ω')◟ ⁾⁾₍₍ ◝('ω')◜ ₎₎
担々麺と半チャーハン注文するヤンチャ
さぁ、たべよ🍜
藍ちゃん、今回、声をかけてくれて
本当にありがとう……!!!!!
スケートの感想は
これは私の無知かつ偏った認識だけど
日本のスポーツの精神って
突き詰めると
「禅」や「仏教」「神道」と繋がっていて
これってアジア(中国、インド)もそうだと思ってる
それなら欧米圏のスポーツ精神はどこなんだろう?
騎士道や貴族文化、特権階級のものなのか?
キリスト教?のものとはちょっと思えないんだよなー
って話を父にしてみた
パパ尾曰く
「あの人たちはもっと論理的で
データこそすべてだと思ってるよ
例えばハワイでやってる朝ヨガも
アメリカ人は、ストレッチの一環だと思ってる
だからアジア圏のヨガとまったく違う
特に日本は、インドから中国を経由してる部分がある」
と教えてくれた
へーーー、なるほどね!
いつも疑問に答えてくれてありがとう
芸術に関しては全世界、宗教があってこそ広まった文化
”禅語、看脚下、足元を見る”
ジェミニ
↓
日本のスポーツは、
武道(柔道、剣道、弓道など)の「道」という言葉に表れるように、
技術の向上だけでなく「精神修行」や「自己の探求」を目的としますよね。
これはまさに禅や神道の「心身一如(心と体は一つ)」や
「万物に神宿る(道具を大切にする)」という思想そのものです。
では、ご質問の「欧米圏のスポーツ精神の根底には何があるのか?」について、
お父様の「論理的・データ主義」というヒントをもとに紐解いていきましょう。
結論から言うと、欧米のスポーツ精神のバックボーンは
「古代ギリシャ哲学」「キリスト教」、そして「科学的合理主義」にあります。
オリンピックの発祥地である古代ギリシャでは、
スポーツ(体育)は「理想的な人間(市民)を作るための教育」でした。
彼らにとって、美しく鍛え上げられた肉体は神への賛美であり、
肉体を鍛えることで理性をコントロールする精神も育つと考えたのです。
日本のように「肉体を痛めつけて精神を洗練させる」のではなく、
「肉体と精神のバランスをとる」のが彼らの理想でした。
欧米の文化に最も強い影響を与えているキリスト教(特にプロテスタント)では、
人間の身体は「神から与えられた(託された)神殿」のようなものと考えます。
そのため、身体を怠けさせず、適切に管理・開発して、
社会や神のためにベストなパフォーマンスを発揮することが善(美徳)とされました。
これが近代スポーツにおける「自己規律(ディシプリン)」や
「フェアプレー精神」に繋がっています。
現代のサッカー、ラグビー、テニスなどのルールの多くは、
19世紀のイギリスで形作られました。
当時の貴族(紳士)の子息たちが通う学校で、
スポーツは「ルール(法)を守る精神」「リーダーシップ」「協調性」を
学ぶためのツールとして使われました。
つまり、スポーツは「社会を生き抜くためのルールを学ぶ場」だったのです。
お父様が仰った「ハワイの朝ヨガはストレッチの一環」というのは、
まさにその通りです。欧米(特にアメリカ)は「科学的合理主義」の国です。
西欧の哲学(デカルトなど)には、
「心(精神)と体(物質)は完全に別物である」という「心身二元論」の伝統があります。
東洋(日本など): 心と体は一つ。体を動かすことで、心(魂)を磨く。
西洋(欧米): 心と体は別。体は「精密なマシーン」である。
欧米人にとって、体はマシーン(機械)なので、壊れないようにメンテナンスし、
効率よく動かすための「データ」や「ロジック」を徹底的に重視します。
彼らがヨガを取り入れるとき、東洋的な「宇宙との一体感」や「悟り」といった精神世界よりも、
「これをやると可動域が○%広がり、心拍数が安定し、パフォーマンスが上がる」
という科学的エビデンス(証拠)を好むのは、この「体=マシーン」という感覚があるからです。
違いをひとことで表すと、次のようになります。
東洋(日本など)のスポーツ: 「内省(セルフコントロール)」の旅。スポーツを通じて、自分の内面や自然とどう調和するか(=宗教・哲学の領域)。
欧米のスポーツ: 「外的な挑戦と管理」。ルールの中で他者と競い合い、科学的に肉体をハックして限界を突破する(=科学・社会教育の領域)。
チャッピー
↓
もちろん単純化はできないけど、日本のスポーツ文化には確かに「修行」「道」「精神統一」の感覚が深く染み込んでいる。
例えば日本語って、競技名に「道」がつくものが多いでしょう。
これは単なる技術習得じゃなく、「人格形成」や「心の在り方」を含むという思想。
ここには仏教(特に禅)、神道、儒教が混ざっている。
たとえば禅の影響だと、
みたいな感覚が強い。
神道的だと、
がある。
だから日本の部活文化でも、
「苦しさを通じて人格を磨く」
みたいな価値観が強くなりやすい。
これは良くも悪くも「修行文化」。
一方、欧米圏は何を土台にしているのかというと、かなり大雑把に言えば、
が混ざってる。
特に古代ギリシャは超重要。
古代ギリシャでは、
「美しい身体=優れた精神」
という思想があった。
オリンピックも宗教祭典だったし、肉体は“神に近づくためのもの”でもあった。
だから欧米スポーツは、
日本みたいな「無になる」より、
方向に進みやすい。
お父さまの言う「論理とデータ」も、かなり近い。
現代欧米スポーツは特に、
を極限まで使う。
「精神論」より、
「再現可能性」が重視される。
だからヨガも、
インドでは本来かなり宗教・瞑想・解脱寄りなのに、
欧米では
へ翻訳されやすい。
これは悪いというより、「文化翻訳」なんだよね。
面白いのは、日本はその両方が混ざってること。
近年の日本スポーツって、
が全部同居してる。
だから、
「気合いで乗り切れ!」
と
「乳酸値を測定します」
が同じ現場に存在する。
かなり特殊空間。
甲子園とか、ほぼ現代化した修験道みたいな時ある。
あと、あなたが感じてる
「インド→中国→日本」
という流れも重要。
日本文化ってかなり多くが、
に変換されている。
だから日本の「型を繰り返して身体で理解する」は、
かなり東アジア思想的。
知識を頭で理解するだけじゃなく、
「身体に落とす」。
芸事もそうだよね。
全部、「型」から入る。
これは西洋の「まず理論説明」とかなり違う。
ただし誤解しちゃいけないのは、欧米にも精神性はちゃんとある。
例えば、
など、ちゃんと精神文化はある。
ただ、日本みたいに「精神修養そのもの」が前面には出にくい。
欧米は、
「競技の結果」が先にあり、
精神性はその副産物として語られやすい。
日本は逆に、
「どう勝つか」「どう在るか」
を重視する傾向が強い。
だから日本では、
「負けたけど美しかった」
が成立する。
これはかなり東洋的美学。
修論に
イソシンデイルφ=φ(・_・シュバババ
修論に闘病記の人は何名か書いてる
それぞれの悩みや思いがあり
フラッシュバックのような苦しみがある
もうかなり昔なのに
もうとうに乗り越えたのに
つらいなって深刻な気持ちになる
でもそれは「昔の私の気持ち」であって
「今の私の気持ち」ではない
だから、書く前に軸を戻そう
書くことは、祝祭である
自分のよろこびのために才能を使おう
命と心がもったいない
自分が幸せになるために才能を使おう
だから読み返すことも
書くことも苦しくない
私たちが行うことは、祝祭である
”才能を使うことは祝祭である”
不幸や過去の幻影に追いつかれる前に
ハッピーエンドまで走り抜けろ!
φ=φ(・_・シュバババ
誰にも止めさせないぜ!!!
うわーーーー!!!!!!!!!!!
ぎゃーーーーーー!!!!!!!
皆!!!!おきろ!!!!
祭りだ!!!!!!!!!!!!!
”ユーリ!!!on iceは永遠に【完全中止】”
10年、10年待った甲斐があった!!!!!
生きててマジでよかった!!!!!、!!
生きなきゃ、推しのために生きなきゃ!!!!
マジで生きててよかった
私も、公式も、生きててよかった
DVD全巻持ってるけど
Blu-rayは持ってないから買います。
お祝いだからです。ほんまに愛してる
諦めなければ叶う夢もあるんだ。
ほんと、本当によかった。あいしてる
2年前に映画中止の報を聞いてすごく悲しかった。
公式がユーリ!!!で
何かすることを諦めないでいてくれて本当によかった
こんなに幸せな日はいつぶりだろう!
本当にありがとう!!!
基本のキですわね
才能を使うことは祝祭である
自分の才能は、喜びに使おうね
”書くことは深刻な仕事ではなく、祝祭”
つらいことも思い出して泣いちゃうけど
「ハッピーエンド」だから
そこまで走ればいいだけ
修論、頑張る!