25年ほど前に、2度香港を訪れたことがある。1回目は返還直前、飛行場は街中にあり、飛行機は民家の上すれすれで着陸していた。2回目は返還直後。飛行場はずっと郊外に移り、景気が落ち込み、100万ドルの夜景が1万ドルくらいに落ちていた。ほんの1-2年で、これほど街から活気がなくなるものかと驚愕した覚えがある。

1回目か2回目か忘れたが、夜市に出かけて、ココナッツジュースを買った。野球の硬球くらいの大きさのココナッツの一カ所に穴を開けて、そこにストローをさして飲む。確か100円くらいだった気がする。これ、冷えてれば美味いのに、と思ったことだけははっきりと覚えている。

先週、ときどき寄る100円ローソンを覗いたら、ココナッツが売られていた。結構大きく、ソフトボールくらいはある。もちろん100円ではなかったが、ワンコインでお釣りが来る程度の値段。すぐに四半世紀前の香港出張を思い出して、冷蔵庫で冷やして飲もう、と買って2-3日冷蔵庫に入れておいた。

1カ所に穴を開けて、そこからストローをつっこんですすればいい。水分をぜんぶ飲んだら、割って果肉をメロンのように食べればいい。そう思って、まずは太めのピックで穴開け。かなり硬いので、ハンマーを使って開けた。穴開けは電気ドリルの方が楽なのだが、それでやると削れたゴミが中に入ってしまうので、ピックとハンマーの方がいい。

予想よりも硬かったが、さほど苦労せず穴が開いて、ストローを刺して吸ってみた。不味い…ものすごく薄い「飲むヨーグルト」に大量のおがくずを入れて、2-3日置いといたような味と臭い。ちょっと飲めたもんじゃない。香港で飲んだココナッツとはまるで違う。ならば、果肉を味わおうと、とりあえず残っている水分を出すことにした。

ストローを外して、残っている液体をコップに注ぐと、なにやら色々なゴミが出てきた。こんなものを飲んでしまったのか、とぞっとしつつ、だから不味かったのかと思い、キッチンペーパーをフィルターにして漉してみた。すると、白濁はしているものの、ゴミが取り除かれた、「これなら飲めそう」な液体となった。

それを飲む前に、割って中身を見たい。テレビではよく「ナタ」でたたき割っているのを見るが、ナタなんてないので、のこぎりで切ることにした。普段、楽器や家具を作るのに使っているしっかりと大きいのこぎりを使ったのだが、これが全く切れない。硬すぎて歯が入っていかない。以前に使った木材でもっとも硬かったのは樫かタモだが、このココナッツはそれより遥かに硬い。

無理に切断を続けていると、のこぎりがダメになりそうなので、電気ドリルを使って、円周上に細かい孔をたくさん空けることにした。1cmおきに孔を開けて、ノミとハンマーでその間を砕く。気が付くと、割るためにもう40分以上格闘している。ようやく外側の殻が取れて中身が見えてきたが、開頭手術中の頭蓋骨にしか見えない。

白い部分はメロンのような状態だろうと予想していたのだが、これが殻と同じくらい硬い。これもノミとハンマーでなんとか破断して、中が見えるようにした。さわってみるとカッチカチ。とても食べられるシロモノじゃない。果肉を食べるのはあきらめて小一時間ほど前に濾した液体を飲んでみたら、完全に酸化していて一層ひどいことになっていた。

苦くてすっぱくて臭い。その日は終日、口の中の違和感が取れなかった。どうも、あっという間に酸化してしまうようだ。だから、孔を開けてストローで吸うのかもしれない。後日、この話をハワイに住んでいた人にしたら、そのココナッツは相当古くなっていたんじゃないか、とのこと。幸い、食中毒にはならなかったが、ココナッツがトラウマになるには十二分だった。

ココナッツ騒動記