まだ私が精神科に入院していた頃に、私はベテランの看護師に聞かれました。

『ささもは人に何が必要か分かるか?』

私はその問いに『お金や愛ですか?』と曖昧に答えました。
看護師はこう言いました。

『人には何が必要かじゃない。誰が必要かだ』

私は衝撃を受けました。
看護師は続けて言いました。

『自分にとって、必要だと思える人がいるか、ささもにはいるか?』

私はすぐ様『います!』と答えました。
叔母、祖母、私を支えてくれた友達達、そして好きな物が瞬時に浮かびました。
あ、父は省きました。
今聞かれても即答出来ますし、その対象は前より増えました。
私は決して不幸でも可哀相な人間じゃないです。
確かに身体は不自由になりました。
前に友達に、もし右手が駄目になっていたらささもは今のように幸せだといえた?と聞かれましたが、私は幸せだと答えました。
だって、好きな物を話せる語れる口や声が無事です。好きな物を考える、妄想できる脳が無事です。更に臓器も無事です。だから大丈夫だと答えました。
右手は無事で今は絵をたくさん描いてます。
私は不幸でも可哀相でもありません。
むしろ恵まれてると思います。
今は些細な良い事でも凄く幸せを感じます。
何より自殺前より笑うようになりました。
私はようやく生きる希望を見つけたんです。
生きたからには幸せになりたいですね。


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