M嬢の2006年は悲劇から始まった。
・・・まるでシェークスピアの戯曲のように神妙な出だしになってしまったが、
新年から強大な敵が私を襲ったのだ。
さて世間は正月だが、だからといって家でゴロゴロしていたら女がすたる。
世界のM嬢は超念入りに化粧を施し、とある野暮用のために暮れの東京砂漠に足を踏み出した。
「野暮用」とか書くと親戚めぐりと勘違いされそうだが、勿論メンズとの芳ばしい逢引のためだ。
その日はセルシウス氏度4℃。冷たい真冬の冷気がM嬢の頬を刺す。
しかし気合一発おデートのために火照った頬にはむしろ外気が心地よい。
M嬢の豪邸を出るとそこは都会のジャングル。行きかう人々の全てが敵だ。
男の視線を撥ねつけ、女は値踏みし、おバアのために道を譲り、遊ぶガキはハードルのように飛び越える。
そして人々は颯爽とキャットウォーキング、直訳すると猫歩きする私を羨望の眼差しで見つめる。
無理もない。
今日の私はイーリーキシモトのパンツにマークジェイコブスの新作コート、
エルメスの皮手袋と同色のフランチェスコビアジアのポーチを肩から提げている。
臍まで届く自慢の漆黒の髪が冬の風にそよぐ。
その都度キャロンのパルファムが鼻をくすぐる。
アクセサリーは不要だ。
なぜなら人々の注目が女にとって何より心昂ぶらせるアクセサリーだからだ。
しかし今日はやや人々の目線が多すぎる。しかも不躾だ。
もしや人々は「チャン・ツイィーが港区に緊急来日!?」と勘違いしていやしないか。
今日の私はいささかアジアンビューティー過剰かもしれない。
もう黄河も軽く超えている。
さて、近場の交差点でタクシーを止めるために立ち止まった私のひじ辺りに違和感があった。
正確に言うと、ポーチの金具に異物感があった。
自分の背中あたりに流し目を一発くれてやると、ここにあってはならない布切れが目に入った。
そして、その時予想だにしない感情が込み上げてきた。その感情に私は戸惑った。
その感情とは
「ほっこり」
だ。
これまで数々の男を踏みつけ、泣かして、追いすがる男はマンホールの下にポイ捨てしてきたアタイ。
今宵も新たな餌食と対峙する。冷酷な計算を隠すべく戦闘する女の仮面を纏っているアタイ。
嗚呼、それなのにこの感情はどうしたことだろう。
オカンのぬくい腕で揺り動かされた赤子のような、妙に懐かしくて寛いだ気分になるではないか。
解説しよう。
ポーチの金具にひっかかっていた布切れは
ババシャツ
と一般的に呼ばれるセレブリティのお召し物だ。
いい女たるもの寝る時は素肌にシルクのナイティ、もしくは素っ裸であるべきだろう。
が、いかんせん冬場の夜は三十路の鮫肌にはやや厳しいものがある。
そんなワガママ女を救うアイテム、それがババシャツだ。
これをパジャマの下に着込むだけでグッバイ冷え性、ハロー安眠になるのである。
そして快適なレム睡眠の狭間でブラッドピットとランデヴーする素敵な夢に誘ってくれるのである。
男子諸君はそうやなあ・・・おっさんが着ているラクダシャツのようなものを想像してくれればいいだろう。
睡眠時のリラックスした時にしか御対面しないはずのキミが、なぜゆえこんな戦場に姿を現しているのか。
しかも金具にひっかかってヒラヒラとはためき、背中にええアクセントを添えているではないか。
この現象を理解した私はとっさにいくつかの選択肢を考えた。
① これは川久保玲も仰天の「ハギレ」ファッションと思い込みそのまま毅然と振舞う
② おもむろに汗や脇の下をそのシャツで拭い、即席デブキャラを装う
③ ババシャツからハトを出す
・・・あかん。三谷幸喜のゴーストライターと言われた敏腕ストーリーテラーの私をもってしても、
ハッピーエンドには辿り着けない。
しかも信号待ちの人々は私をチラ見しながら、声をかけようかどうかを考えあぐねているようだ。
嗚呼、関係のない善良な市民までも巻き込んでしまった罪な私。
結局、私はすぐさま近くの空車を拾い、そのままタクシーに乗り込んた。
タクシーの車内で金具に引っかかった憐れなババシャツのレースを外し、小ぶりのポーチに押し込んだ。
そのせいでポーチの形は歪に変形し、おデートもポーチinパパシャツが気になってちっとも盛り上がらなかった。
「パンチDEデート」・・・そんな単語が頭を駆け巡る始末だ。
何度も口を紀州梅ほど酸っぱくして主張しているが、女子の世界は競争が厳しい。
人、気候、物体・・森羅万象ありとあらゆるものが敵になりうるし、足元を救われる可能性がある。
ババシャツに罪はない。むしろ私の夜泣きを鎮めてくれた救世主だ。
罪を憎んで人を憎まず。自分を憎んでババを憎まず。
そう、やはりこの世でもっとも強大な敵は己だった。恐るべし、オレ様。
・・・じゃなくって。アレだね、アレ。「基本に忠実に」ってやつ。
女子たるもの外出前の指差し確認は怠ったらアカンね、コレ。
ハイ!大きな声で確認はじめ!照れずにリピートアフターミー!
「目クソ!鼻クソ!寝グセ!ババシャツ!!」
こんな合言葉を模造紙に書いて玄関に貼っている家があれば、それはかなりの確率でM嬢のアジトだ。
勇気ある輩はぜひ突き止めてみたまえ。昆布茶の一杯でも御馳走しようじゃないか。
・・・まるでシェークスピアの戯曲のように神妙な出だしになってしまったが、
新年から強大な敵が私を襲ったのだ。
さて世間は正月だが、だからといって家でゴロゴロしていたら女がすたる。
世界のM嬢は超念入りに化粧を施し、とある野暮用のために暮れの東京砂漠に足を踏み出した。
「野暮用」とか書くと親戚めぐりと勘違いされそうだが、勿論メンズとの芳ばしい逢引のためだ。
その日はセルシウス氏度4℃。冷たい真冬の冷気がM嬢の頬を刺す。
しかし気合一発おデートのために火照った頬にはむしろ外気が心地よい。
M嬢の豪邸を出るとそこは都会のジャングル。行きかう人々の全てが敵だ。
男の視線を撥ねつけ、女は値踏みし、おバアのために道を譲り、遊ぶガキはハードルのように飛び越える。
そして人々は颯爽とキャットウォーキング、直訳すると猫歩きする私を羨望の眼差しで見つめる。
無理もない。
今日の私はイーリーキシモトのパンツにマークジェイコブスの新作コート、
エルメスの皮手袋と同色のフランチェスコビアジアのポーチを肩から提げている。
臍まで届く自慢の漆黒の髪が冬の風にそよぐ。
その都度キャロンのパルファムが鼻をくすぐる。
アクセサリーは不要だ。
なぜなら人々の注目が女にとって何より心昂ぶらせるアクセサリーだからだ。
しかし今日はやや人々の目線が多すぎる。しかも不躾だ。
もしや人々は「チャン・ツイィーが港区に緊急来日!?」と勘違いしていやしないか。
今日の私はいささかアジアンビューティー過剰かもしれない。
もう黄河も軽く超えている。
さて、近場の交差点でタクシーを止めるために立ち止まった私のひじ辺りに違和感があった。
正確に言うと、ポーチの金具に異物感があった。
自分の背中あたりに流し目を一発くれてやると、ここにあってはならない布切れが目に入った。
そして、その時予想だにしない感情が込み上げてきた。その感情に私は戸惑った。
その感情とは
「ほっこり」
だ。
これまで数々の男を踏みつけ、泣かして、追いすがる男はマンホールの下にポイ捨てしてきたアタイ。
今宵も新たな餌食と対峙する。冷酷な計算を隠すべく戦闘する女の仮面を纏っているアタイ。
嗚呼、それなのにこの感情はどうしたことだろう。
オカンのぬくい腕で揺り動かされた赤子のような、妙に懐かしくて寛いだ気分になるではないか。
解説しよう。
ポーチの金具にひっかかっていた布切れは
ババシャツ
と一般的に呼ばれるセレブリティのお召し物だ。
いい女たるもの寝る時は素肌にシルクのナイティ、もしくは素っ裸であるべきだろう。
が、いかんせん冬場の夜は三十路の鮫肌にはやや厳しいものがある。
そんなワガママ女を救うアイテム、それがババシャツだ。
これをパジャマの下に着込むだけでグッバイ冷え性、ハロー安眠になるのである。
そして快適なレム睡眠の狭間でブラッドピットとランデヴーする素敵な夢に誘ってくれるのである。
男子諸君はそうやなあ・・・おっさんが着ているラクダシャツのようなものを想像してくれればいいだろう。
睡眠時のリラックスした時にしか御対面しないはずのキミが、なぜゆえこんな戦場に姿を現しているのか。
しかも金具にひっかかってヒラヒラとはためき、背中にええアクセントを添えているではないか。
この現象を理解した私はとっさにいくつかの選択肢を考えた。
① これは川久保玲も仰天の「ハギレ」ファッションと思い込みそのまま毅然と振舞う
② おもむろに汗や脇の下をそのシャツで拭い、即席デブキャラを装う
③ ババシャツからハトを出す
・・・あかん。三谷幸喜のゴーストライターと言われた敏腕ストーリーテラーの私をもってしても、
ハッピーエンドには辿り着けない。
しかも信号待ちの人々は私をチラ見しながら、声をかけようかどうかを考えあぐねているようだ。
嗚呼、関係のない善良な市民までも巻き込んでしまった罪な私。
結局、私はすぐさま近くの空車を拾い、そのままタクシーに乗り込んた。
タクシーの車内で金具に引っかかった憐れなババシャツのレースを外し、小ぶりのポーチに押し込んだ。
そのせいでポーチの形は歪に変形し、おデートもポーチinパパシャツが気になってちっとも盛り上がらなかった。
「パンチDEデート」・・・そんな単語が頭を駆け巡る始末だ。
何度も口を紀州梅ほど酸っぱくして主張しているが、女子の世界は競争が厳しい。
人、気候、物体・・森羅万象ありとあらゆるものが敵になりうるし、足元を救われる可能性がある。
ババシャツに罪はない。むしろ私の夜泣きを鎮めてくれた救世主だ。
罪を憎んで人を憎まず。自分を憎んでババを憎まず。
そう、やはりこの世でもっとも強大な敵は己だった。恐るべし、オレ様。
・・・じゃなくって。アレだね、アレ。「基本に忠実に」ってやつ。
女子たるもの外出前の指差し確認は怠ったらアカンね、コレ。
ハイ!大きな声で確認はじめ!照れずにリピートアフターミー!
「目クソ!鼻クソ!寝グセ!ババシャツ!!」
こんな合言葉を模造紙に書いて玄関に貼っている家があれば、それはかなりの確率でM嬢のアジトだ。
勇気ある輩はぜひ突き止めてみたまえ。昆布茶の一杯でも御馳走しようじゃないか。