女優の広末涼子は私の大学の後輩だ。

単に同じ大学の後輩という意味だけではなく、
私は彼女とは同じ「自己推薦入試」という方法で大学に入学している。
平たく言えば、一芸入試のようなものだ。

私は高校時代に詩の賞や科学関係の賞をいくつか受賞していた。
その武器を活用し、一般入試組より先に「サクラサク」になった。
(ちなみにその時、全国で40名選ばれた同期には女優の小川範子もいた。)


当時の私は関西のはずれにある片田舎の女子高に通っていた。
典型的ガリ勉っ子&牛乳瓶メガネっ子だった。
ファーストフードというものはヤンキーの溜まり場と思っていたし、
男の子とはデートはおろか、手をつないだことすらなかった。

猫の額ほどの狭い世界しか知らない私は
本を読んだりして情報だけを漁りながら、ひたすら飢えていた。

「遠くに行こうと思ったら、果たして自力でどこまでいけるのか」
「男の人に欲してもらうってどういうことなのか」
「今勉強した先にどこに辿り着くのか、どこに行って何をしたいのか・・」

鬱々と、悶々と考えながら、暗い目で毎日変わらない風景を見続けた。

そして渇望するたびに自分の中から何かが溢れ出た。
迸る何かを集めて形にしていくと、それは「生み出す」と同義だと気が付いた。
その形が短歌になったり短編小説になったり生物研究となった。

賞を受賞するたび、当時の私は傲慢にも自分の才能に酔いしれ、
どんどん「何か」を産み落とそうとした。ひたすら飢えを満たそうとして。


さてそんな私は大学に入り東京で一人暮らしをはじめた。
男性を知り、世間を知り、だんだん知らないことがなくなった。
正確には、知りたいと思うことが減ってきた。
途端に、私は何も生み出せない凡人となった。
よく遊ぶ明るい目をした普通の女子大生となった。


今、いっぱしの社会人となった私だが、もちろん知らないことは山ほどある。
仕事上での知識不足に始まり、世間のこと、人の気持ちのこと、
たまに自分で呪わしくなるほど無知だったり鈍感だったりする。

相変わらず広い世界においては、私の知っている世界は猫の額ほどの狭さなのだ。


飢えをエネルギーに変えられる人でありたい。