額田王に恋してる | 空堀ホイホイ

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近江山河抄 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)/白洲 正子

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額田王が大海人皇子に贈った あかねさす~ の歌は時を経た現代にも恋のロマンとトキメキを我々現代人にも鮮やかに伝えてくれます。

白洲正子さんは著書の中で少々穿った観点から額田王を見ておられます。

額田王はどういう立場の人であったかの詳細は解らないが、代作等もしていたことからプロの歌人ではなかったかと白洲さんは説きます。

天武天皇と天智天皇との三角関係が噂される額田王が、エンターテイメント性の高いラブリーな歌を宮中の人に対して、彼女の才能と機智とユーモアを併せ持って歌を贈っていることに、白洲さんは着目されています。

現代でも歌謡曲なんかが人々の感性を刺激したり、はたまた、商業目的で発信されたりしております。

多くの人に支持される表現ほど、作者側は醒めた感覚で作品を客観していたりします。

例えば、浜崎あゆみが失恋の歌を作って歌ったなら、彼女の私生活を勝手に想像しながら自らの経験と重ねてみたりします。

これは愚かな行為のようですが、作り手としてはシテヤッタリな感じでしょう。

文才のある女は油断できぬ。



無罪モラトリアム/椎名林檎

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さて、現代に甦る額田王では御座いませんが、椎名林檎の1STアルバムは自ら自作自演と評するほど、どこまでホントでどこまで演出かわかりません。

傑作であり、聞くほどに男としては女という生き物が怖く、切なく、それでも愛おしいと思わされてしまいます。

結果、椎名林檎はこのデビュー作で一躍大ブレイクを果たします。

彼女がどういった恋愛を経てきたのかは知る由もありませんが、僕は彼女の言葉のセンスが素晴しいと思います。

思わせぶりが上手な女はもてるが故に小悪魔であり、したたかである。

「こんなこと歌ったらうけるデ」

と、計算は絶対にあったと思います。

しかし、ロックという奴はやり手側の心情を切なく暴露してしまう表現である。

自作自演と称して椎名林檎はロックのフォーマットで勝負するが、どうにも彼女の切なき焦燥感が楽曲から滲み出るのである。

「だけど本当は私は、孤独なんです」

人は、同情されるくらいなら、虚勢を張ってでも自らを飾り、時に威圧し、弱気な自分を隠し通す。

本当の失恋など公に向かって歌うなど気がふれている。

だが、大衆が求めるのは其れなのだ。

椎名林檎はギリギリのところでそれをエンターテイメントに昇華した。

よって、一時期、壊れた。


椎名林檎に額田王の歌の解釈を聞いてみたい。

椎名林檎は日本語の美しさと儚さを直感的に知っている。

女性の表現の裏に潜む闇を嗅ぎ取ろうとする男は、スケベ心の塊である。

だが、そんないたちゴッコの罠こそが、恋であろう。

「恋とは秘めたるもの」

武士道的には究極の恋愛とは、一生片思いを貫くことらしい。


チャラついた流行り歌に惑わされずにいたいものだが。

しかし、プロは其処に付け入る術を知っている。

故に、孤独である。

表現に向かう女は男である。

故に男を知っている。

表現に向かう男は女である。

故に何時も愛されたがっている。