【愛情の対象】

実存的調和の極地としての恋愛が、愛一般として開き、恋愛のわたくし性を越えて社会的拡がり、個→二人→多数集団→他生物へと共存圏を拡げていける日がくるに違いない。

『思想の科学 恋愛の思想』上野博正 p.23 1968年7月



柴山から『まとまってない、わかりにくい』とのご指摘があったので、私の意見を言いたいと思います。


またメーリスで回すけどな。
1月の授業は確か1回だけやんね。
試験もあるから、2月のはじめの方に飲み会をしたいと思っています。
そんときに論文の話もできるようにしたい。
だからそれまでに個人で大宅壮一文庫に行くこと。
試験期間と重なるからちょっとしんどいかもしれんがそこは何とか頼む。

その際なんやけど
①大宅壮一文庫を使うからには、手段としては雑誌を用いること
②ジャンル、年代は問わないこと
③笑いではなく、珍愚の判断をすること
④時代背景、発言者の人間性をあきらかにすること
でどうでしょうか。

「テレビは一億総白痴化」だと


いった雑誌評論家、大宅総一。




http://www.oya-bunko.or.jp/






一応近いから行ってみようかということだが、






君らはどう考えるか?






てかホムぺみて考えろやったな