養子縁組の民間斡旋事業について、以前もこのSNSでも何度か話題にさせて頂きました。熊本視察の際には、赤ちゃんポストの件にも触れ、養子縁組を望む家庭同士の橋渡しとなる取り組みの意義と難しさについて、皆さまと話題を共有させて頂いております。

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この件で今、国会でも審議されています。現在は届け出制となっているこの斡旋事業は、改正法案では都道府県の審査を必要とする許可制にし、無届けで事業を行う業者に対しては罰則を設けて労働省令で定める手数料以外の受け取りを禁止し、適正な業者には国や自治体が本事業について財政的な支援ができるようになるとのことです。

 ちなみに、今の日本では養子縁組への理解がなかなか深まらず、制度の利用もさほど進んでいないように見受けられます。以前も触れた通り、子どもの虐待死で最も多い年齢/月齢層は0歳0か月。すなわち、生まれたての新生児がその被害者となっている惨状には、親として目を覆いたくなります。

一方で、経済的不安からの晩婚化が急速に進む中、子宝に恵まれず不妊治療に苦しむご家庭も沢山あります。そのような方々にとって各種方策を知る上で、インターネット上の養子縁組ブログなどを私も拝見することがありますが、公的な制度・充実した行政サービスというよりは、民間業者やNPO法人による養子縁組が多く見受けられるところです。

このようなことから、民間による養子縁組、今会期において将来を見据えた適正な『コウノトリ事業』への道筋が作られることを望みます。

そして、このような民間にばかり頼る養子縁組の高まりの背景として気づくことがあります。それは、最も私たちにとって身近な児童相談所が、昨今増え続けている虐待問題に関する駆け込み寺としての機能に日々疲弊し、養子縁組という子供を縁組家庭へ橋渡しする機能を、もはや十分に果たす余力を残していないことかもしれません。

将来的には、養子縁組を、審査した上で、専門的知識に特化した民間へ委託するとか、国会審議にもあるように助政支援的側面から民間事業をサポートすることなども含め、幅広く検討していかなければならない問題だと考えています。

 私は、子どもには、たとえ生まれてくるときに親を選ぶ権利はなくても、出生後、温かな愛の溢れる家庭で育てられる権利は有していると考えています。血が繋がっていてもいなくても、子どもたちは全て沢山の愛情を注がれて健やかに育って欲しいですし、そうあるべきなのです。


 ところで、先日、小林麻央さんのブログを拝見して感銘を受けた言葉を引用させて頂きます。

「誰から愛情をもらったかに限らず、どのくらい愛情をもらったか、とても大切だと感じました」。

私は今、その言葉に救われ、そして母親として深い共感を覚えました。子どもは何ものにも代えがたい宝物であり、命ある限り一生、我が子に伝えて行きたい・生きたいという麻央さんの思いを感じました。

自分の娘を抱きしめながら、誰もが無限に持っており無償で与えられるはずの愛を、娘へ注ぎ続けたいと私も改めて思った瞬間です。


私が演説の機会にも常に申している言葉ですが、親の所得に関係なく、子どもたちは、経済的理由だけで大学進学断念を余儀なくされるような日本であってはなりません。愛に満たされた家庭で育てることができるよう、頑張りたいです。


朝から長文、失礼しました。