ん | 何もない明日

何もない明日

朗読人の独り言




体中が痣だらけなのは数日前の飲み会で
友人が帰った後そのまま床に寝てしまったかららしく
記憶にはないのだが醤油差しが机上からフローリングに
いつの間にかダイブしていて、掃除が大変だった。



所々青紫の体で駅へと向かう。
「この電車は信濃町で止まりますか?」
銀髪のご婦人に話し掛けられる。
この電車は東西線なので信濃町には止まりません。
次の列車に乗って下さい。
と答えながらいつかだったか耳にした台詞を、
ふと思い出す。「信濃町まで」





「信濃町まで行きたいのですがお金がないので、
200円貸してください。」そう話し掛けられた。
荻窪駅の改札前、券売機の前で
私に掌を差し出した男性は辿り着けただろうか。
貸したものは二度と、戻らない。
本当にそうだろうか。
例えば記憶だけなら、
幾らでも戻ってくるじゃないか。



目の前の事に精一杯でどこにも行けない。
情けなさを冷蔵庫の灯りが照らす。
私が話し掛けるとしたらどんな人だろうか。
その時どこまで行きたいと願うのだろう。



差し出された掌に二枚のコイン。
冷蔵庫の灯りが、照らし出す。



200円の記憶。