ありきたりな話から始まる物語 4 | 何もない明日

何もない明日

朗読人の独り言



  再び、少年と少女中心になる。動きだけ。


会社員  そしてあの日。僕と彼女は昆虫採集に出掛けた。
      僕の夏休みの宿題で、彼女はそれに付き合ってくれた。
      ただ…それだけだった。
      昆虫が良く取れる場所は知っていた。
      あの沼の側の大きな木。僕の秘密の場所だ。
      空は青く、地面も家も畑も田んぼも野原も僕も
      この世にあるものすべてが焦げてしまうかのように
      暑い、それはよく晴れた金曜日の出来事だった。


  少年、虫捕り網を振り回している。少女、その側に佇んでいる。


少女  採れたぁ?
少年  しぃーっ!(狙いをつけておそるおそる網を振りかざすが、
     空振り。)あっ!(目、逃げてゆく虫を追う)
     逃げ…ちゃった…。
少女  またあ!?…もうー、下手くそなんだからー。
少年  そんなこと言ったって…。虫はねぇ、頭いいんだ。
     どんなに小さくても、どんなに弱くても…
     ちゃんと見てるんだよ。小さな目でね。
少女  何を?
少年  僕らさ。よーく見てるから、わかっちゃう。
     僕らが何を考えているか。僕が今
     捕まえようとしていることとか、その後は
     ガラスケースに入れられて見世物になるってこととか。
     自分が人間にあまり好かれていないってこともちゃーんと…
     わかってるんだ。
少女  ふーん…。すごいのね。
少年  そう、すごいんだ。そして…悲しい生き物なんだ。
少女  ううん、そうじゃなくて、私が言っているのは君のこと。
     時々、なんだかすごく難しいこと言うんだもん。
少年  そうかなあ…。


  二人、笑いあう。その後、また少年は網を振り回しはじめる。


少女  空…青いね。
少年  うん。
少女  暑いね。
少年  そうだね。


  一瞬の沈黙の後、黒子B上手から登場し、「カァカァ」
  と口走りながら徐に下手へ去る。(カラスという設定で)


少女  ねえ、採れた?
少年  …まだ。
少女  もう、日が暮れちゃうわよっ!
少年  先に、帰ってて。僕、もうちょっとがんばってみる。
    (かなり必死)


  少女、少し黙っているが急に思いついて


少女  ねえ!私にもやらせて?
少年  …うん、いいよ。


  少女、少年から虫捕り網を受け取る。嬉しそうな表情。
  少女、急に元気になり網を振り回して走り回る。
  楽しそうな笑い声。


少年  あんまり走ると…危ないよ!
少女  平気へいき!


  少女、相変わらず走り回るのをやめない。
  あまり動きすぎたため、少女の被っていた帽子が
  風に取られる。


少女  あっ!


  少女、手を伸ばすが、捕らえられない。
  帽子、ゆっくりと旋回して沼へと堕ちる。


少女  やだー、どうしよう!?あれ、ママの帽子なの。
     すぐ返そうと思って、何も言わずに持ってきちゃったの。
     失くした、なんて言ったら、きっとものすごく怒られるわ!
少年  困ったね。
少女  困ったなんてもんじゃないわ!うちのママ、
     怒るとすごく恐いのよ…。もう、どうしよう…。


  少女、途方に暮れているが、手元の虫捕り網を見て


少女  ようし!(沼へ向かって網を伸ばす)
少年  危ないよ…止めなよ!
少女  平気よ!…ほら、もうちょっとで届きそうなんだから。
     よいしょ、よいしょ…(身をのりだす)
少年  止めなってば!
少女  よいしょ…
少年  ねえ!
少女  よいしょ…よい…あ…(足元がふらつく)
     きゃあっっっ!!(ドッボーン)
少年  うわあっっ!!
会社員  僕はその後、すぐ助けを呼びに行った。…でも…
      もう手遅れだった。不幸な…事故だった。
紳士  ほーぉ、事故。事故だったんですか、あれは。
     あなたはあの出来事を、事故なんていう
     最もそれらしい二文字ですませてしまおうというんですね。
     あんな出来事を。
会社員  事故だった。
紳士  わかりました。…思い出させてあげましょう。
     あなたの現実まで、もう少しです。


  再び、少年と少女中心になる。


紳士  少女は白い帽子を被っていた。白い帽子。
     それは、あなたの少女に対する憎しみを増大させた。
     真っ白く汚れの無い帽子。あなたはそれを、
     汚したいとさえ思った。




5へ続く