ありきたりな話から始まる物語 3 | 何もない明日

何もない明日

朗読人の独り言



紳士  何が見えますか?
会社員 …小さい、男の子と…ああ、そうだ。あれは僕だ。
紳士  そう、あなたですね。では、隣にいる少女は誰です?
会社員 (間)…ああ、そうか…思い出した。小さい頃、
     僕は夏休みになると、必ず田舎の母の実家に遊びに行っていた。
     彼女は隣の家の子。よく暗くなるまで遊んだっけ…。
少女  ねえ、次何して遊ぶ?
少年  うーん…(考えている)
少女  ごむとび?あやとり?じゃ、おてだま?
    それともおはじき?
少年  うーん…(考えている)
少女  ねえ、何とか言ってよー。あっ、そうだ、じゃあ
    ままごとしましょう、ままごと!きーまりきまり!!
少年  えー!またままごとぉ?…さっきもやったじゃない。
    もういやだよ、僕…
少女  じゃあ、何がいいの?
少年  うーん…(考えている)
少女  …。じゃあ、なわとびしよっか。
少年  うんっ!(うれしそうに)


  二人、数を数えながら、楽しそうになわとびを始める。


二人  いーち、にーい、さーん、よーん…
少女  あー、ひーっかかったーぁっ!私の勝ちっ!
    君が鬼ねっ!(走り出す)
少年  あー、ずるいや、そんなの!待ってよー!(追いかける)


  しばらく二人、楽しそうに鬼ごっこをしている。
  楽しそうな笑い声。
  少年、走っている途中で石に躓いて転ぶ。


少年  あっ!
少女  大丈夫!?(駆け寄る)
少年  ああーん、いたいよぉー
    うえーんうおーん(泣きじゃくる)
少女  男の子でしょ?泣かないの!
    (スカートのポケットからハンカチを取り出して)
    はいっ。


  少年、泣き止んで顔を上げる。にっこり微笑む少女。


少年  …ありがとう。
会社員  彼女は元気だった。そして優しかった。子どもながら、
      僕は彼女に友達以上の特別な感情を抱いていた。
      夏の暑い盛り、僕達はいつも一緒に…
紳士  本当でしょうか。
会社員  …。何がです?
紳士  あなたの話し方だと、少女はとても心優しく、
     そしてその夏休みのことは少年時代の懐かしい思い出だ、
     と言っているように聞こえますが…。
     本当にそうなんでしょうかねえ。
会社員  僕が嘘を言っているとおっしゃるんですか!
紳士  真実を見つめなさいと言っているのです。
     あなたが見ているのは架空のもの…
     つまりこうだったらよかったのに、
     というよくありがちな空想でしかないのです。
     例えば、あなたは少女の人格のことは
     それこそ詳しく語っていますが、少女の家柄については
     少しも触れていない。そこに問題があるのです。
     いえ…本当の問題は、もっと別な所に
     あるのかもしれませんがね。


  少年、少女、追いかけっこをしている。鬼気迫る様子。


少年  返してよ!
少女  ベーっだ!(舌を出す)
少年  返してったら!!


  追いかける少年、逃げる少女。
  少女、手に懐中時計を持っている。


少年  お願いだから返してよ!…それ、大切な物なんだ。
    僕の宝物なんだよ!
少女  ちょっと見せてって言ってるだけじゃない。
少年  もう見たでしょ?…お願いだよ、早く返してよ。
    それ、パパから…僕のパパから…
少女  うるさいわねえ!!


  一瞬の沈黙。


少女  …わかったわよ。返すわよ。


  ほっとして微笑む少年。


少女  ほーら、ねっ!
    (放り投げる仕草。客席側に沼があるという設定)
少年  (少女の「ねっ!」とほぼ同時に)ああっ!!


  懐中時計、沼に落ちる(効果音)。呆然と立ち尽くす少年。


少女  返したわよ。…どうしたの?大切な物なんでしょう?
    早く取ってきなさいよ。ほら!(どつく)


  そこで黒子A登場。少女の母という設定で。


黒子A  あら、こんなところにいたの。
少女  ママ。
黒子A  探したのよぉ、ママ、心配しちゃった。
    (ふと少年に目をやって)あら…お友達?(ちょっと嫌そうに)
少年  こんにち…
少女  (さえぎって)ううん。知らない子。


  少年、凍りついたように動かなくなる。


黒子A  そう、そうよねえ。おほほほほほ…じゃ、行きましょう。
    (黒子A、少女を連れて去りながら小声で)駄目よ!
     あんな子に近づいちゃ…汚らしい!
少女  わかってる。ねえ、ママ。今日のおやつなあに?
黒子A  今日はすごいわよぉ。うちのコック自慢のチーズケーキ。
     選りすぐった材料で作らせたのよおほほほほほ…
少女  やっだあ、ママ。すごいのはいつもじゃない。
黒子A  あら、そうだったわね。
二人  おほほほほほ…


  上手へ去る。少年、力なくしゃがみこむ。


少年  パパから…もらったんだ。僕の…
    死んじゃった…パパから。
紳士  あなたと少女は、性格的にも
     また生活面においても正反対のタイプだった。
     3時のおやつがチーズケーキである少女に対して
     3時におやつなど食べる習慣がなかったあなた。
     つまり、彼女は裕福な家庭の子どもだった。
     あなたはそんな彼女が羨ましかった。そして、
     傲慢で意地悪な彼女を…
会社員  やめてくれ…(小さく)
紳士  恨んでいたのです。
会社員  やめてくれ!!…うそだ。うそだ、そんなこと。
     彼女は優しかった。優しかった。
紳士  真実を見つめなさい。
会社員  優しかったんだ!!だって…ほら!
     懐中時計だって、ちゃんとここにある。
    (ポケットから取り出す)ほら…ちゃんとここに…
紳士  そうです。あなたは少女が沼に投げたはずの懐中時計を、
     今も自分の手元に持っている。それが何故だか、
     思い出せますか?
会社員  (力なく首を振る)
紳士  いいえ…思い出しているはずです。もうすでにね。
会社員  (頭を抱え込んで首を振る)
紳士  そしてあの日。


  (蝉の声)





4へ続く