ありきたりな話から始まる物語 2 | 何もない明日

何もない明日

朗読人の独り言




会社員 そうだ。何はともあれ、確かに僕は疲れている。
    ここがどこなのかは分からないけれど、
    少し休んでいくっていうのもいいかもしれない。
    こうやって席に着いて、ゆっくりコーヒーを飲む
    なんてことも長いこと忘れていたもんな。
客2  そうよ。人間、休息も必要だわ。
客3  休息?勉強家の僕には無用の言葉ですね。
客1  人生色々、さ。もちろん人間もね。
    マスター、コーヒーもう一杯!


  そこへ突然、上手から紳士颯爽と登場。
  辺りを見回して、


紳士  やあ、これは久しぶりだ。…全然変わってないなあ。
    まったくもって懐かしい!ややっ、これはこれは
    皆さん久しぶり、こんにちは!
客1  どうも。
客2  久しぶりって…昨日来たばかりじゃないの。
客3  いえ、さっきでしたよ。
紳士  昨日だろうがさっきだろうが、
    そんなことどうでもいいんですよ。
    時間の長さよりも、時間の質の方が重要なのですから。
    私は今、ここに来ましたね?そして懐かしいと感じた。
    それでいいんです。ところで、
    マスターはどちらですかな?


  マスター、下手からコーヒーカップを持って登場。


マスター おや…いらっしゃいませ。
紳士  マスター!いや、久しぶりですな。お元気でしたか。
マスター ええ、それはもちろん。
     お客様も、お元気そうで何よりです。
     (会社員のテーブルの上にカップを置く)
     お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ。
会社員 …どなたなんです?(小声で)
マスター お得意様なんですよ。…彼は物知りですよ。
     あなたも何か分からないことがあったら聞くといい。
     (紳士に)ご注文はお決まりですか?
紳士  そうですな。今日は…(会社員に気付いて)
    ややっ、君ぃ。懐かしいねえ、久しぶり!
会社員 僕を…ご存知なんですか?
紳士  もちろんですとも。(客1を指差して)あなたのことも
    (客2を指差して)あなたのことも(客3を指差して)
    あなたのことも(客4を指差して)あなたのことも
    (会社員を指差して)あなたのことも知っている。
    あなたたちのことなら、何もかも。
    ここへ集まってくる方のことは、何でも知っているのです。
マスター ね、物知りでしょう?


  一瞬の沈黙。


客2  まっさかあ、そんなこと、あるわけないじゃない。
客3  そうですよ。神様でもあるまいし…
客1  うそうそ。でっちあげ。
客4  (賛成の気持ちを踊りで表す。)
紳士  (少々ムッとして)本当ですとも。
    なんなら、一人一人説明していきましょうか。
    あなたたちの過去について。


  一同、静かになる。


紳士  どうしました?口に出されると困るような過去
    なんでしょうか?ねえ、マスター。(嫌みに)
会社員 本当ですか?
紳士  …何ですと?
会社員 あなたは本当に何でも知っているんですか?
紳士  さっきからそう言っているでしょう。
会社員 ならばお聞きします!ここはどこなんですか?
    そして僕は…(言葉に詰まる)
紳士  僕は?
会社員 僕は…誰なんだ…?


  一同、凍りついたように会社員を見つめる。


紳士  おやおや、これは。
    どうやら自分を見失ってしまったようですね。
会社員 さっきまでは、確かに覚えていたはずなんです。 
    いや、さっきだったかな…とにかく、
    覚えていたことは確かです。今でも、僕が
    会社員だとか、さっきまで電車に乗っていたとか
    それらのことは覚えているんですが…
    どうしても名前だけ…
紳士  思い出せないんですね。…大丈夫。よくあることです。
会社員 お願いします、教えてください!…不安なんです。
    どうしたらいいのか、まったくわからない…
紳士  いえ、しかし、でもですよ?よく考えてみてください。
    私があなたにそれを教えたとして、
    それがあなたにとって幸か不幸か…
客1  彼が聞きたいと言っているんだ。
    教えてやったらどうですか。
客3  幸に決まってますよ。彼が、そう望んでるんですから。
客4  (賛成の気持ちを、ポーズで表す。)
会社員 お願いします。


  一瞬の沈黙。


紳士  本当に、いいんですね?
会社員 (頷く)
紳士  よろしい。お教えしましょう。しかし、
    直接にはいけません。私はあなたが思い出す
    手助けをするだけです。いいですね?
会社員 はい。
紳士  少しずつです。昔のことから、思い出しましょう。
客2  彼は何を思い出すことになるの?
紳士  ……すべてです!(押し殺すような声で)


  暗転。少しして上手と下手にスポット。
  少年、少女、現れる。





3へ続く