ある街。ある時間。ある人々。
人々 募金お願いしまーす
お願いしまーす
恵まれない子供たちに愛の手を
世界に夢を
地球に平和を
そこに通りかかったある男。
人1 あ、募金お願いします。
人2 しまーす。
人3 どうかひとつ。
男、ふと立ち止まる。奇妙な間。息を飲む人々。
歩き出す男。
人1 ちょーっとまったぁー!
…いいですか。
ほんの小さな真心で救える物があるのですよ。
そしてその真心の真実の姿、
それをあなたは知っていて
この場を去ろうとしているんですか?
男 …さあ。
人1 それはぁー
人2 愛です。
人1 そしてぇー
人3 夢です。
人1 人類のぉー
2,3 平和です。
男 …はあ。
人1 仮にぃー、あなたが山形交通バス
略して山交バスの車内清掃のアルバイトで、
一晩に三千円稼いだとしましょう。
人2 うん。
人1 次の日あなたは本屋で何気なく見つけた
某作家の某小説を買いました。
その小説が仮に税込み340円だったとしましょう。
あ、文庫ね。新潮がいいかな。
人3 うんうん。
人1 あなたは稼ぎたての千円札で支払い、
その結果660円のお釣りを貰うわけですよね。
その60円です。10円です。何に使うんですか。
その年でチロルチョコを買うとでも言うんですか。
しかも今時はその値段だと、
駄菓子屋でしか買えないんだ!
そりゃああなたは疲れているのかもしれません。
舌の上で甘くとろけるチョコレートが、
そりゃあもう欲しくて仕方ないのかもしれません。
しかし、それがなんですか。
愛ですよ?夢ですよ?平和ですよ?
たった10円で救えるものがあるんです。
安いもんじゃないですか。
人2 じゃないですか。
人3 どうかひとつ。
間。
男 あのー。
初対面の人にこんなこと言うのも何なんですけど。
僕、お金持ってないんです。
人2 …ぜんぜん?
男 まったく。
人3 10円も?
男 確かに。
一同 またまたー(笑い転げる)
男 本当ですよ。
沈黙。
男 だから初対面の人には、話したくなかったのに。
人1 それじゃあチロルチョコすら…
男 まったくもって買えませんね。
まあ僕は辛党ですから…
そんなことはどうでもいいんです。
僕はねえ、
今、この場だけの一文無しじゃないんです。
本当に、筋金入りの、一文無しなんですよ。
人2 というと…
男 そんなことはたいした問題ではないんです。
今の僕にとってはね。僕が耐えられないのは、
吐き気がするほど我慢ならないのは、
物質的なものではなく、もっと、
別のところにあるんだ。
人3 それはいったい?
男 わからない。とにかく恐い、恐くて仕方がない。
それがないことには、
どうにもならないと思うんですよ。でも、
僕にはそれがない。
それはとても壊れやすくて
時にはとても壊れにくくて
遠いようで近くにあって
うれしいんだけどかなしい、
そういうものだと思うんです。
そこまでわかっていても、僕にはそれを
手に入れることが出来ない。それどころか、
失ったばかりだという気がしてならないんです。
考え込む人々。
笑いながら、怒りながら、行きかう通行人。
男 初対面の人に…話すことじゃないですよね。
人1 いや…
人2 そんなこと
人3 ないですよ。
男 ところであなたたちは、その箱の中に
いくらの愛を支払ったんですか?
黙り込む人々。飛び立つ鳥の群れ。
心地良い騒音。
そこへ通りかかった母親と少女。
少女の右手には赤い風船。ふとしたはずみで
少女の手から離れてゆく。泣き出す少女。
母 あら、どうしたの?泣かないで。いいこね。
少女 行っちゃった…行っちゃったよぉ…
母 あら、本当ね。
高ーく高ーく、飛んで行っちゃったね。
でも、見てごらん。ほら。まっ青なお空に、
まっ赤っかがとってもきれいよ。ね?
少女 もう戻ってこないの?
母 うん…そうね。
ほら、こちょこちょこちょこちょ!(くすぐる)
少女 キャハハハ!
母 その調子!そんで、バイバイしなくちゃね。
いい顔でバイバイしよ。
少女 ん。
空を見上げる少女。力いっぱい手を上げて、
少女 バイバイ!!
つづいて空を見上げる人々、男。
みんなそろって、
みんな バイバイ。
幕