訪問日 平成30年12月24日
今回参拝したのは、
稲沢市祖父江町祖父江字中屋敷139に鎮座する「神明社」。
1466年に祖父江五郎左衛門久豊が創建したと伝わる。
神社は東面しており、何故か南北に入口がある。
南側の「鳥居」付近。
南側の「鳥居」をくぐると、「参道」は直角に右折している。
「鳥居」をくぐり、すぐ左側にある「合格祈願石」。
次に、北側の「鳥居」付近。
現在は、こちらが正面入口とされているようだ。

「社号標」右側にある解説板。
神明社(解説板)
祭神 豊受大神・厳島比賈命
中島氏に代わり祖父江を領した
祖父江五郎左衛門が文正年中(一
五世紀中頃)に勧請したと伝える。
後荒廃したが、祖父江氏の後を受
けた横井作左衛門時久によって寛
永二年(一六二五)再建された。
稲沢市指定文化財
神明社文書 一一冊 江戸時代
稲沢市教育委員会
境内に入ると左側にある武者像。
台座に「七生報國」とあるので、楠木正成像かな?
木造の「蕃塀」。
裏側には、絵馬がかけられている。
「蕃塀」にある由緒書。
祖父江神明社由緒(解説板)
室町時代中期文正年(一四六六)祖父江を領
した祖父江五郎左衛門久豊が勧請し創建した
と伝えられる 後荒廃したが永禄の頃久豊が竹
腰村へ所替後、祖父江氏の後を受けた横井作左
衛門時久が領内守護繁栄を祈り寛永二年
(一六二五)再建されたことが社蔵の棟札でわかる
横井作左衛門時久は尾張初代藩主徳川義直より
一九〇〇石を賜わり下祖父江村の領主となり尾
張藩隼鷹匠頭を務めた 横井作左衛門時久が祖
父江神明社を再建した寛永二年より三十一年後の
明暦丙申二年に作左衛門の三男猪右衛門時有が
沼三郷の繁栄と守護として沼神明社を創建した
一祭神 豊受大神 厳島比賣命
一社格 九等級社 旧郷社
一鎮座地 中島郡祖父江町字祖父江字中屋敷一三九
一境内地 六四三・〇〇坪
一神紋 五三の桐
一例祭 十月十七日
一氏子数 七三〇戸
一明治五年郷社に列する
一明治四十年十月二十六日神饌幣吊料供道指定社となる
一大正四年十二月七日境内社宗像神社を本社に合祀する
一寛永二年の再建以来二十年毎に式年造営が続け
られている
「蕃塀」右側にある句碑?
「手水舎」。
「神馬」。
「拝殿」。
「拝殿」から西へと続く「渡殿」「祭文殿」。
「本殿」。
尚、北側には「境内社」が鎮座している。
「蕃塀」南側は、南側の「鳥居」からの「参道」となっている。
「石燈籠」の並びから推測すると、
元々は、こちらが「参道」だったのかもしれない。
「社務所」。
「さざれ石」。
「おはらい所」。