アパートに仕掛けられている盗聴器が作動し、コリンは気が早った。
作動しているということは、近くで盗聴器の電波を受信する器械を持っている人間がいるということであったからだ。
こっそりと外へ出ようとするコリンを、デイビットが小声で制した。
「そいつは警察に任せるんだ。銃を持っている可能性がある。」
「俺だって持っている。」
コリンも小声で言うと、愛用のベレッタM92Fを装着した。
「はやる気持ちは良く分かるが、今俺達はニックを探すことが先決だ。」
デイビットはコリンを窓へ誘導した。
コリンは窓から外を見た。
24時間コリン達を警護しているパトカーが見当たらない。
既に、コリンを警護している警官が先に動いていた。
盗聴器が作動したことは、瞬時に警官へ通報されていたからだ。
警官はパトカーを慎重に運転し、アパートを一周した。
挙動不審のオートバイに乗った男を見付けた。
「そこの緑色のバイク、止まりなさい!」
バイクは急発進して逃走した。
「あの緑色のバイクって、カワサキ・ニンジャ250Rか。」
コリンは窓から逃げるバイクを見た。
「俺も追いたい気持ちがある。しかし、そいつは警官に任せ、俺達は行方不明になっているニックを探そう。」
コリンは我に返った。
「そうだ。ロボも一緒だったんだ。早く見付けなきゃ。」
2人は急いでアパートを出ると、フォレスターに乗り、出発した。
一方、パトカーでニンジャ250Rを追跡している警官は、無線で応援を要請した。
直ぐに署から応援のパトカーを手配したこと、そして逃走しているバイクは昨夜盗難されたことを報告を受けた。
「秘密結社の人間が、行動を起こしたな。コリンがニンジャの子供の友人だから、あえてあのバイクを盗んだに違いない。ふざけた野郎だ。」
応援のパトカーも合流して、目の前のニンジャ250Rを追った。
バイクに乗っている男は、黒いつなぎに黒のフルフェイスヘルメットを着用しているので、夏のマイアミには目立つ格好であった。
男は後ろを振り返ることもなく、加速して、車の間をすり抜けて逃走していた。
警察のヘリコプターも現場に到着し、バイクを追った。
ニンジャ250Rは高速道路に入った。
ヘリもパトカーもそれに続いた。
黒ずくめの男は、更にニンジャ250Rのスピードを上げ、市街地を抜けた。
「フロリダ州の外へ出るつもりか。」
警察の皆が思った瞬間であった。
黒づくめの男はニンジャ250Rを思いっきり加速させた。
バイクは大きくジャンプして中央分離帯を越え、反対車線へ乗り上げた。
反対車線を走っていた車は、急停車したり、路線変更をしたりと、混乱が生じた。
沢山のクラクションを背に受け、バイクは踵を返すと、逆方向へ急発進させた。
パトカーに乗っていた警官達はあっけにとられたが、直ぐに気を取り直し、署へ応援を再び要請した。
上空のヘリは旋回して、ニンジャ250Rを追っていた。
しかし、ニンジャ250Rは、ヘリの動きを見越していたかの様に、高速を出ると、近くの雑木林へ隠れた。
黒ずくめの男は、腰に付けていた発煙筒数本を外すと、近くに投げた。
雑木林中に煙が発生し、ヘリはそれを避けるようにして移動し、離れた所から監視せざるを得なかった。
間もなく、パトカーと消防隊が到着し、付近は騒然となった。
その中で1台の車が到着した。
中から、一人の殺人課の刑事が降りてきた。
周囲から1匹狼の刑事と言われ、以前コリンの周辺を探っていた男でもあった。
「応援に来てくれたか。」
警官達は思ったが、彼らはその刑事が秘密結社と繋がっているとは思いもしなかった。
男の様子は、ニックを探しているコリン達に逐一報告されていた。
「早く捕まれば良いのに。」
フォレスターの助手席に座っているコリンの声から焦りが見えた。
「慌てるな、コリン。そいつの事は警察に任せよう。」
運転しているデイビットは、優しく諭した。
コリンのiPhoneが鳴った。
猛からであった。
コリンは直ぐに出た。
「どうされたのですか。」
「さっき、ブライアンがここへ来たのだ。君達の部屋を盗聴している男が現れたとか。」
「はい。今、警察がそいつを追っています。」
「それに、ニックが愛犬ロボと共に行方をくらましている。私は、どうも臭うのだ。」
「今回の出来事は、何か裏があるということですか。」
「そうだと思う。忍者は、敵地に潜入したり逃亡する時に、敵から己を眩ます為、あえて騒ぎを起こし、敵の目をそらさせるのだ。今で言えば、陽動作戦だ。今回、その男とニックが同時に騒ぎを起こしている。これは、2人が共謀して、騒ぎを起こし、私達がそっちに気を取られる隙に、秘密結社が何か行動を起こすのではないかと疑っているのだ。」
「猛さんの推測通りなら、連中は勲とブライアンを再び襲うのでは?!」
「私も同じ考えだ。このことは既に、ブライアンと勲には話してある。ブライアンが警備を厳重にしてくれる様に、FBIに話をしてくれた。私達は大丈夫だから、君達は気をつけてくれ。」
デイビットもコリンと猛のやり取りを聞いていた。
「確か、ルドルフは今日は日勤で、警察署に詰めていると聞いた。様子はどうか。」
「ブライアンに聞いてみよう。」
病院にいるブライアンに連絡を取った。
「奴は何時も通りに署で事務仕事をしている。見張りのFBIによれば、怪しい動きは全く見せていない。午後からパトロールに出るので、FBIはそっちに目を光らせている。これも陽動作戦の一つかもな。イサオ達は、私やFBIの他にも、私の所属している警備会社からボディガードも応援に駆けつけ、厳重に警護している。君達には、ニックの発見に全力を挙げて貰いたい。頼りにしているぞ、コリン。」
『頼りにしている』という言葉を聞き、コリンは力が漲ってきた。
「コリン、今度はジュリアンに連絡を取ってくれ。」
「高級住宅地に潜んでいる、裏社会の男の動きが知りたいんだね。」
コリンは、情報屋のジュリアンの携帯に掛けた。
「悪いね。まだ、ニックの行方は分からないんだ。」
ジュリアンは謝った。
「そうじゃないんだ。」
コリンは猛の経緯を話した。
「陽動作戦か。気付かなかった!実を言うと、ニックとは色々あって、ここ暫く会っていなかったんだ。その間に、ニックの野郎が秘密結社と関わりを持ったのか。」
「色々って?」
「ちょっとした喧嘩だよ。40年も親友をしているから、よくあることさ。そうれはそうと、ネタを拾ったんだ。」
ジュリアンは言葉を濁した。
「ネタって?」
「まだ裏がとれていないんだけど、あの高級住宅地に出入りしている口入れ屋は、殺し屋を集めているようなんだ。」
「何だって!」
「あの高級住宅を借りているフランス人は、裏社会の人間と言っても、只の用心棒だ。アメリカへわざわざ来て、殺し屋を雇うような大物じゃない。それに、奴はギャンブルで借金を抱えている。殺し屋を集める金も無い。」
「口入れ屋は誰に頼まれて、殺し屋を集めているのか。」
「私の情報網を当たったが、マイアミの裏社会には、今の所は大きな争いは無いんだ。」
「そうなると、秘密結社が口入れ屋に頼んだかも知れないね。」
「私もそう思った。だが、まだ口入れ屋と秘密結社との繋がりが見付けられないんだ。部下に、口入れ屋の周辺を重点的に当たらせている。」
「口入れ屋は今、どうしている?」
「カフェでのんびりと朝食を食っているよ。私達がてんてこ舞いしている時に。」
「高級住宅の方は?」
「さっきの報告では、何も起きていないとのことだ。又、部下に聞いてみるね。」
ジュリアンは、部下に連絡した。
外から監視している部下は、数名の男達が運動している声が聞こえるものの、特に変わりないと返答した。
ジュリアンは、数名の男達が気になり、他の情報屋に身元調査を依頼した。
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一方、高級住宅に身を潜んでいたシェインと殺し屋達は、庭でアジトを移動する準備を着々と進めていた。
「待ちに待った穴蜘蛛地蜘蛛を使う時が来た。」
迷彩服を着たシェインは、目出し帽を被った。
SIG SG553を構えた20名いる殺し屋達を二手に分け、計画を実行した。
半数の殺し屋達は、エドワードを筆頭に、庭に掘った穴に入った。
その穴は殺し屋達が掘ったもので、下水管に繋がっており、そこから殺し屋達は次のアジトへ向かって行った。
そこでは、山本が待っている段取りになっている。
彼らを見届けた後、シェインとミーシャは、残りの殺し屋達を引き連れ、隣家と隔てている壁の近くに掘った穴へ潜った。
穴は、隣家の裏庭へ通じていた。
隣の邸宅には、引退した資産家のトーマス・サンダーがひっそりと暮らしていた。
隠遁生活をしているトーマスの世話は、執事夫妻だけがしていた。
掃除や広い庭の手入れ等は、外部の業者に委託しており、この日は業者は来ないので、静かな一日になる筈であった。
執事夫妻は台所で朝食の片付けをしていた。
突然背後から、「動くな。静かにしろ。」と男の声がした。
執事の顔が急に青ざめ、手を止めた。
執事の妻が振り返った。
目出し帽を被り、迷彩服を着た1人の男が、SIG SG553を夫の背中に当てていた。
妻と目があった男は、今度は彼女にライフルの銃口を向けた。
妻は恐怖の余り声が出ず、両手を挙げるのが精一杯であった。
残りの男達は応接間へ向かい、読書をしていたトーマスに目隠しをすると、両手両足を縛り上げ、床へ放り投げた。
床に敷かれた高級ペルシャ絨毯の上に、トーマスは転がった。
引退したトーマスの邸宅は最低限のセキュリティーしかしておらず、地下から侵入してきた男達には何の役にも立たなかった。
シェインは、こうした隣家の警備状況を調べ上げ、忍者が地面を掘って潜入する『穴蜘蛛地蜘蛛』と呼ばれる方法を採用したのである。
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その頃、コリンとデイビットを乗せたフォレスターは、ニックの親友であるアーサーの元へ向かっていた。