空港で、午前中から殺し屋のアルフレッド・ハンを探していたFBI、警察、そしてブライアンは、夜になると一端捜査の人数を減らした。
その理由は、くまなく捜索してもアルフレッドは見付からないので、逃げた可能性が高い。
他には、以前の病院での襲撃事件の様に、捜査の網の目が緩くなってから、ひょっこりと出てくるかも知れないとの可能性である。
ブライアンはFBIの詰め所に行き、捜査官と共に対策を練っていた。
明け方近くなり、疲労が出てきたブライアンの元に、連絡が入った。
同じ警備会社に勤める、調査員ジョン・シグレであった。
「コリンのアパートへ侵入した男の件だが、警察の鑑識課の結果が出たよ。前科のある泥棒だと判明した。警察が奴を追っている。コリンの部屋へ泥棒した日から、行方をくらましている。」
「消されたか。」
「どうもそうではないらしい。友人の話によれば、『ちょっと旅に出てくる』と言っていたそうだ。それが、盗みに入った翌日だ。警察の調べでは、その泥棒は大金を手に入れる度に、ふらっと旅に出る傾向があるそうだ。これは推測だが、泥棒は秘密結社から大金を貰い、ほとぼりが冷めるまでこの街から離れていようと考えている。今、警察は泥棒が旅してそうな所を片っ端から捜査している。」
「私も君の意見に賛成だ。イサオの件はどうなった。」
「悪いニュースだ、ブライアン。イサオさんの病室から盗聴器は見付からなかったよ。」
「おかしい。イサオの病室には、FBI捜査官やコリン達、それに私も毎日の様に出入りしていた筈だ。秘密結社にとっては、格好の情報源なのに。」
「その場に、お父さんの猛さんがいたから、いろいろ聞いてみたんだ。すると、お見舞いに来て直ぐに、何かに見張られている気配を常に感じていたとお話して下さった。警護しているFBIのものとは違う、冷たいものだそうだ。コリンが退院する当日、その話を皆に打ち明けたそうだ。すると、その日の夜から、気配は無くなったと言うのだよ。猛さんは『元警官の勘』と仰られていたがね。恐らく誰かが、猛さんの話を聞いて、慌てて盗聴器を撤去したのだ。そこで、私はFBIに頼み、その日の警備をしている者達と勤務していた病院関係者のリストを提供して貰った。」
「その中に、秘密結社の犬がいるということか。リストのコピーを此方にも送ってくれ。重要人物は逃がして悔しいが、小者から捕まえていくぞ。」
「元気が出たな、ブライアン。我々は、秘密結社と、その結社を混乱に陥れている男達の両方を一刻も早く捕まえなくてはならない。社長から許可が下りたので、私も出来る限り協力させて貰う。」
iPhoneを切った。
メールの着信の表示が出た。
送り主はジュリアンであった。
メールには、ベトナムで殺し屋・アルフレッド・ハンの伯母に再調査した、ジュリアンの知人からの連絡があったと記されていた。
そこには、アルフレッド・ハンの手紙を伯母に渡したパックパッカーについて事細やかに綴られていた。
その人物は、アルフレッドと背丈はほぼ同じだが、彼よりも華奢で、人懐っこい印象を受けたという。
添付されたファイルを開けてみた。
知人が伯母の証言を元に描いた似顔絵が出てきた。
温和そうな黒い眼差しで、黒色の長髪を頭上にお団子状に纏めた姿は、修行者を思わせた。
ブライアンはその男の顔付きから、日本人ではと思った。
「鼻の形は似ているが、頬のラインがほっそりとしている。空港で追っていた男は丸顔だった。別人だったか。」
外から日の光が入ってきた。
ブライアンにはとても眩しく感じた。
=====
日が昇り始めた頃、シェインはマイアミ市郊外にあるニックのトレーラーハウスを久しぶりに訪問していた。
ニックのトレーラーハウスを見張っていた警官は、秘密結社に協力的な青年であった。
その為、シェインは堂々とニックの自宅を訪問することが出来た。
ニックはこの時間は、まだ新しい職場のスーパーにおり、帰ってくるまで時間があった。
ミニバンから降りたシェインは、近辺の轍(わだち)を見た。
何台かの車が行き来していた跡が見られてた。
多くの友人が訪問した証であった。
その中で、1台だけオートバイの轍があった。
恐らく、ジョージ・O・オートンがGSX1100Sカタナを乗り付けたものだろう。
シェインも彼の名前は知っていた。
1年前の冬であった。
マイアミ・ビーチで、ロスからの観光客が口論の末、地元の若者を射殺する事件が起こった。
犯人は事件後、偽名を使ってロスへ戻り、雲隠れした。
ニックは、相棒マックスと共にロスへ飛び、地元警察の協力の下で捜索したが、馴染みの無い土地で見付けることが出来なかった。
その時に協力したのが、当時探偵事務所で勤めていたジョージであった。
彼はマイアミへ浮気調査をすることになっていたが、初めて行く土地でコネが無く困っており、対象者の個人情報を手に入れる為、ニックに近づいたという。
ニックは承諾した。
そして、ニックはジョージが提供した情報から、オンライン上で知り合った知り合いの家に隠れていた犯人を逮捕した。
ことの経緯を知った相棒のマックスは怒ったが、後の祭りであった。
「犯人逮捕の為なら、あらゆる手を使うニックらしい。」
シェインは思った。
そのジョージ・O・オートンについて、気になることがあった。
ジョージが山本と同じ、スワンスン夫人の男妾をしていることであった。
他にも、ジョージはロスの探偵事務所に勤めた経歴があり、山本もラスベガスではあるが探偵の助手をしていた。
2人には共通点が2つもある。
もしかして、2人は面識があるのかと疑った。
山本に尋ねた所、「夫人から彼の名前を聞いたことがあるけど、会ったことがない。ジョージの所属していた探偵事務所と、仕事はしたことは無かった。」との回答であった。
念の為、口入れ屋にジョージと山本について調べるように、極秘裏に依頼した。
調査によれば、探偵事務所を辞めたジョージは、昨年の夏からマイアミの大学に通い出した。
それと平行して、ミュージシャンでもある彼は地元の楽団にも所属し、若手音楽家の集まりで知り合ったスワンスン夫人の援助を受けることになり、金銭の他に夫人所有のスズキ GSX1100Sカタナを譲渡されたのであった。
そして、口入れ屋曰く、「夫人とは数ヶ月で男女の関係は解消した。夫人の次の次の男妾になったのが山本」なので、ジョージと今年の晩春から夫人の相手をしている山本とは面識がないとのことであった。
探偵事務所の件も同様であった。
ジョージが所属していた大手の探偵事務所と、山本が働いていた中堅の探偵事務所との接触は全く無かったとの調査結果が出た。
シェインはその報告を受け、山本の言葉に偽りが無いと確信し、疑念が晴れた。
トレーラーハウスの周囲を探索し終えると、シェインは玄関ドアへ近づいた。
トレーラーハウスの中には、飼い犬・ロボが留守番をしていた。
訪問客を見付けたロボは、大きく尻尾を横に振り、歯をむき出しにして吠えて歓迎した。
「ロボ、久しぶり。お前は相変わらず、人懐っこいな。」
シェインは裏社会で手に入れた解錠用具を使い、トレーラーハウスの玄関を開けた。
ロボは、シェインに飛びかからず、足元に寄ると挨拶をした。
「お利口さんだ。」
シェインは、ロボの頭を沢山撫でると、犬用のビスケットをあげた。
ロボがビスケットに夢中になっている間、トレーラーハウスを探索し始めた。
室内は塵一つなく、整頓されていた。
「こんなに綺麗好きだったかな。」
シェインは色々と見て回った。
読書が趣味の男だったのに、本が1冊も無く、生活臭が殆ど無い。
小さい台所もピカピカに磨かれていた。
冷蔵庫の扉を開けた。
薬草の匂いがしたが、胡麻、米、そして小麦粉しか入っていなかった。
その隣にラップがかけてある銀色のボウルがあった。
中を覗くと、豆粒大に丸められている茶色のものが数個入っていた。
薬草の匂いがその中からした。
「手作りのサプリメントか。」
シェインは、ボウルを元の場所に戻し、冷蔵庫を閉めた。
次に、台所の下にある戸棚を開けてみた。
鍋やフライパン、それにすり鉢があった。
「これでさっきの玉を作ったのか。あいつが料理をするなんて。刑事辞めて変わったな。」
その奥に、数個の缶詰と紙袋が置かれていた。
シェインがそれに手を伸ばし、外から紙袋の中身に触れた。
「注射器?!」
シェインは驚き、鍋等をどかして、紙袋の中身を確認しようとしたが、ビスケットを食べ終えたロボが、邪魔をしてきた。
「こら、ロボやめんか。これは食い物じゃない。」
何度も後ろへロボを制したが、ロボはどうしても戸棚の奥へ顔を突っ込んでくる。
缶詰の匂いが気になるようである。
その時、メールの着信音が聞こえたので、シェインは探索を諦めて、戸棚を閉めた。
シェインと通じている警官に、ニックが近くのガソリンスタンドを通ったら、メールするように言っていたのだ。
受信したメールの確認して、シェインは外へ出た。
間もなく、ニックが長年乗っているジープ・グランドチェロキーZJが到着した。
シェインはミニバンの脇で待っていた。
「ようニック、久しぶり。」
ニックは苦々しい顔でジープ・グランドチェロキーZJから降りてきた。
「元気そうだな。良いのか。朝から堂々と出歩いて。」
ニックはシェインに、挨拶のハグを交わした。
シェインはニックがかなり痩せたと感じた。
さっきの手作りのサプリメントといい、注射器といい、ニックは体調が悪いのだろうか。
ニックのことも調べ直さねばと思った。
聞いた所で、正直に答える男ではないと分かっていたので、あえて体調の事は口にしなかった。
「気にするな。俺達の仲間が協力してくれた。」
ニックはさっきの見張りの警官もシェインの手下だと察した。
「お前の友達は何人いるんだ。」
「星の数ほどいる。」
シェインははぐらかした。
「全く、昔一緒に組んでいた男を信用できないのか。だからトレーラーハウスの中も捜索したのか。」
「良く分かったな。」
「客人大好きなロボが、大人しくしているからな。」
ニックは視線をトレーラーハウスの窓へやった。
シェインが見ると、ロボはさっきとは落ち着いた表情で、尻尾をゆっくりと左右に振っていた。
「そうだ。ロボに挨拶はした。俺は、FBIの目が怖い。盗聴器や隠しカメラが設置されているかチェックしたまでだ。それと、アルフレッド・ハンが戻ってきた。お前に悪いが、ここは慎重にしないと、うっかり話して奴らの耳に入ったら、えらいことになるからな。」
「その割には、お前の行動は大胆だ。」
「お前に協力して欲しい事がある。他の連中には頼めないからな。」
「ブライアンの件が片付くまで、俺に秘密結社から距離を置けと話し合った筈だろ。」
「ああ。しかし、状況が変わった。俺達は明日アジトを移す。その時に、アルフレッド達に邪魔されたくない。」
「明日、引っ越すのか?えらい急だな。」
ニックは初めて聞いた振りをした。
「前々から計画していた事だ。終わってから、お前に話する予定だった。」
「そうだったのか。噂によれば、アルフレッドはフロリダ州から出たと聞いたが、奴は神出鬼没だ。いっその事、アジトは移さない方が良いかもな。」
「それは出来ない。何故なら、ジュリアンの手下が、俺達が殺し屋を集めていることを掴んだからだ。FBIに踏み込まれる前に、急いで出ないといけなくなった。」
ニックは、深いため息をついた。
シェインには演技には見えなかった。
「それは困ったな。シェイン、俺に何をして欲しい。」
=====
次の日の早朝。
デイビットのスマートフォンにブライアンから一報が入った。
「ニックが行方不明になった。」
デイビットが聞いた。
「ニックには絶えず、警察の尾行が付いているんじゃなかったのか。」
「早朝、ロボを車に乗せて、急いでどこかへ行ってしまった。警察も追ったが、振り切れてしまったんだ。この日は、ニックは休みなので、警察も油断していたようだ。これから、私はFBIと警察と共にニックの捜索をする。」
デイビットはスマートフォンを切ると、急いで支度をした。
「留守番を頼む。」
コリンは、ロボの名前を聞いて、いてもたってもいられない気持ちになった。
「いや、俺も行く。」
その時であった。
「ピィー、ピィー。」
鳥が囀りが耳に入った。
コリンとデイビットは緊張し、壁に掛けられているハルダテの額縁とその隣の器械を見た。
そこの器械から鳥の囀りが聞こえた。
ハルダテの額には秘密結社が盗聴器を仕掛けてあり、数日前にジョンが発見した。
ジョンは、盗聴器の電波を受信する器械を隣に設置し、もし盗聴器が作動した時に、隣の器械が連動し、警告音として鳥の囀りがする仕組みを作っていたのだ。
『秘密結社の人間が、近くにいる!』
コリンは外へ飛び出して、その男を捕まえたい衝動に駆られた。