前回 目次 登場人物


コリンは怒りに震えていた。


入院中とはいえ、親切な老婦人からの贈り物だと思っていたのに、秘密結社が自分を盗聴するために送りつけたものであったと判明したからだ。


「裏社会に生きていた者として、一度も会っていない人を頭から信用した。愚かだった。」


コリンは甘い自分を責めた。


デイビットはコリンの側へ寄り添い、左手を重ねた。


「それは俺も同じだ。」


『色気のある男だと思ったが、感情を露わにすると更に色気がでる。同棲して間もないと聞いていたが、どうもそれだけじゃないようだ。生まれ持った性質か。これも珍しい体質だ。』


ジョンは冷静に分析したことを言いたくなったが、コリンを慰めるデイビットに殴られそうだと察し、黙っていた。


「どうして・・・。」


コリンは言葉を発した。


ジョンが自分の推測を述べた。」


「さっき、君達から話を聞いたね。君が入院中は、毎日FBI捜査官や警察、それにミスター・アオトとそのご家族もお見舞いに訪れ、情報交換をしていたと。秘密結社は、そこを狙ったのだ。自分達のことが何処まで判明しているか、知りたかったのだ。だから、盗聴器をしかけたのだ。」


「じゃあ、泥棒が入ったのは?」


コリンはジョンに問うた。


「何か資料を探していたのでは?見付からなくて、悔し紛れに嫌がらせで、墨色のTシャツを盗んだ。泥棒は家に盗みに入り、金目のものがないと糞をして嫌がらせすると聞く。恐らくその類いかも知れん。」


「警察の秘密結社の者なら、わざわざ盗みに入った証拠を残さない。すると、盗みに入った赤毛の男は、秘密結社に雇われたプロの泥棒ということか。」


デイビットは唇をきつく結んだ。


「その可能性はとても高い。いくら女性禁制の警察の秘密結社でも、コリンの色気に惑わされ、プライバシーを覗こうとする暇なメンバーはおらんだろ。」


うっかり、ジョンは口を滑らした。


コリンはジョンから“色気”という言葉が出て、体がびっくと反応してしまった。


それを見たデイビットは、後ろにいるジョンの方へ振り向くと、キッと睨み付けた。


「コリンの心を騒がせようとしたのではない。悪かった。私の分析を言ったまでだ。」


デイビットの体から滲み出てくる怒りに、ジョンは『しまった』と思った。


『私の妻と同じ目をしている。とても嫉妬深い者の目だ。余計なことを言ってしまった。』


「ジョン、あまり人を怒らせるな。私の調べた所では、秘密結社は同性愛も御法度だ。」


ブライアンはジョンを窘めた。


「その話を聞いてちょっと安心したよ。病院と違って、アパートは2人きりだからね。」


コリンは『ねえ分かるでしょ』と言うかのように、恥ずかしげに両肩を竦めた。


皆の緊張が少し和らいだ。


「それにしても、FBIが病院を24時間見張っていたのに、盗聴器が仕掛けられていたとは。畜生、俺のしたことが。このことはFBIに報告しなければいけない。きっと、今も入院中のイサオの病室にも仕掛けられている筈だ。」


ブライアンは直ぐさまiPhoneを取り出し、FBIにこれまでの経緯を話した。

「FBIの捜査官が直ちに調査を開始した。ジョンと私も病院へ急行しよう。」


ブライアンはiPhoneを切った。


「俺達も行くよ。」


コリンが支度をした。


「コリンはリハビリを終えたばかりだろ。今は静養していろ。」


ブライアンはコリンを制した。


「ブライアンの言うとおりだ。盗聴器の捜索は、彼らに任そう。それはそうと、さっきはベトナムにいるジュリアンからの電話だっただろ。新しい発見があったのか。」


デイビットは、コリンの手からシャツをさりげなく取り上げた。


ブライアンンはジュリアンからの情報を皆に話した。


殺し屋アルフレッド・ハンは一時帰国していたこと、実はロリコンだったことも。


「故郷のベトナムでも、誰とも会っていないないんじゃ、やはり帰国したのは別人だな。」


デイビットもブライアンの分析に賛同した。


コリンとジョンも肯いていた。


「今、ジュリアンに伯母から詳しい話を再び聞いて貰っている所だ。」


すると、ブライアンのiPhoneが鳴った。


ジュリアンからであった。


ブライアンは急いでとった。


「丁度、ベトナムの話をしていた所だった。新発見があったか!」


「いえ、私は急いで帰国します。伯母への再度の聴取は、知人に頼みました。」


ジュリアンの意外な言葉に、ブライアンは怪訝な顔をした。


その表情から、コリン達は只ならぬ状況を察した。


「直ぐにFBIから連絡が入るでしょうが、たった今アルフレッド・ハンが見付かったんですよ!」


「何処で見付かったんだ。」


「マイアミ国際空港です。」


空港は、コリンのアパートから15キロ程の場所にあった。


「何だと!あの野郎!ふざけやがって!!」


いつも冷静なブライアンも、たまらず大声を出してしまった。


ブライアンはコリン達に事情を話し、侵入者と盗聴器の探索はジョンに任せると、韋駄天の如く外に出て愛車のベンツS HYBRIDに飛び乗った。


車中で、FBIからの連絡を受けた。


それによれば、今回の事件を担当している非番の警官が、旅行へ行く母親を空港まで家族で見送りに来ていた。


母親を送り出した後、家族と共に空港内のファーストフード店で食事を取っていた所、野球帽を深々と被り、大きなサングラスを掛けた若い男が入店した。


その若い男を見た者は、茶色の山羊鬚に目が行った。


しかし、非番の警官は仕事柄、彼の顔付き全体を見た。


『どこかで見覚えのある顔だ。』


一瞬で、非番の警官は、以前警察で見た防犯カメラに写っていた殺し屋を思い出した。


若い男、アルフレッド・ハンは、警官の視線に気付かれる様子も無く、前方のカウンター席へ座った。


着用している青と白の縞々模様のシャツから、細く鍛え上げた腕が見え、大きめのジーンズの膨らみから、恐らく武器を携帯していると思われた。


非番の警官は、やんわりと妻子に何も言わず直ぐに帰宅するようにと告げた。


小学生の子供達は「どうして」と疑問を口に出したが、妻は夫の目付から状況を察し、「パパは急な用事でここに残らなければならなくなったの。大人しく黙ってパパとママの言うことを聞いたら、今日は特別にゲームを2時間迄やっていいわよ」と子供達に優しく説いた。


子供達はゲームを一時間延長させて貰うと聞き、目を輝かせながら、大きく首を上下に振った。


妻子はそのまま黙って席を立った。


非番の警官は食べながら、若い男へ目をやった。


男は音楽を聴きながら、食事をしていた。


警備員が店の外へ通りかかると、一瞬視線をそちらへ向けるものの、又視線を食べ物にやった。


『怖くないのか。』


もしも、これから署に電話すると、話し声を察し、武器を店の中で取り出す可能性がある。


非番の警官は、署へ出勤している同僚へ、殺し屋アルフレッド・ハンが空港にいる事、武器を所持している可能性がある事、直ぐに応援を派遣する事、そしてFBIに通報する事を、手短にメールで送信した。


1分もしない内に返事が来ると、非番の警官の目の端に、数名の警備員が店から離れた場所で集まるのが見えた。


警備員が集まり始めたのを察したのか、赤ん坊を抱っこしている家族連れが店を出ると同時に、若い男はトレーを片付けないまま、バックパックを左肩に担ぎ、店を出た。


非番の警官店も店を出た。


若い男は、家族連れの後ろについて、ゆっくりと歩いていた。


非番の警官と警備員達も追う。


他の警備員が空港内を立ち入り禁止にし、応援の警官とFBI捜査官が続々と空港へ着いた。


ブライアンも到着すると、彼らと合流した。


「FBIがベトナムへ捜査官を派遣したことを知って、慌てて戻ってきたのだな。」


「そのようだ。バックパック一つしか荷物がないのが、その証拠だ。まだ、周りに大勢の人がいる。へたに動くな。」


FBI捜査官が、警官達に指示を出した。


ブライアンは、誂えた上着に隠しているFNブローニング ハイパワーを何時でも取り出せるようにした。


家族連れは、誰かを迎えに来たのであろう、到着ロビーへ向かった。


アルフレッド・ハンも、絶妙な間合いを取りながら、同じ方向へ歩いた。


ゆっくりとした足取りに、後ろに付いている警官達は時間がとてもゆっくり進んでいる様に感じた。


母親に抱っこされている赤ん坊が、後ろを歩く若い男に向かって微笑んだ。


彼は、手を振り、微笑みを返した。


『随分と余裕がある奴だ。』


指揮しているFBI捜査官が、隣にいるブライアンに小声で言った。


『いや、我々を威嚇しているのだ。赤ん坊を人質にするとは残忍な野郎だ。』


ブライアンはFBI捜査官に、怒りを滲ませながら小声で返した。


到着ロビーには、丁度国内便が到着したので、多くの人で賑わっていた。


既に中にいる人を外に出そうとすると、男が気付き、赤ん坊とその家族に危害を加える恐れがあるからだ。


警備員が厳重に配備されているが、人の輪を外から見守るしかなかった。


赤ん坊を抱っこした家族連れは、人込みの中へ入った。


男も同じように入った。


ブライアンの鋭い黒い目は、男を捉えて離さなかった。


到着口に、更なる人がなだれ込んできた。


次の便の乗客達が出てきたのだ。


その中の大柄な紳士が、アルフレッド・ハンの横にいた妻を見付けると、人の輪へ入ってきた。


妻も大柄で、夫婦で抱き合った瞬間、小柄なアルフレッド・ハンは2人の影に隠れてしまった。


次の瞬間、夫婦は外へ歩いて行ったが、男は消えていた。


『しまった!どこに消えた。』


ブライアン達は辺りを見渡した。


その時、一際女性達の甲高い声が響いた。


赤ん坊を抱っこしている女性の姉妹達が出てきたのだ。


姉妹達は再会を喜び、抱きしめ合っていた。


その後ろは、女性の夫のみで、アルフレッド・ハンの姿は見えなかった。


「よしっ!これで大ぴらに奴を探せるぞ。」


FBI捜査官は、警官、警備員に指示を出した。


警備員達は、直ぐさま到着ロビーにいた全員を外へ誘導し始めた。


何か起きたのか分からず、群衆からざわめきが出ていた。


徐々に空港内から人が減りかけていた時であった。


「奴を見付けた。」 と無線が入った。


非番の警官が、到着ロビーの近くのトイレに入っているアルフレッド・ハンを発見したのだ。


彼が男子トイレの中を捜索すると、奥から一つ手前の個室のドアの下から、ダークブルーのジーンズを下ろした男の黒色のスニーカーが見えた。


『奴が履いていたジーンズだ。』


無線を受け、FBIと警官が急行した。


まだ奥の個室に人が入っているので、アルフレッド・ハンを逮捕する瞬間に、その人を保護するための計画が急いで練られた。


そして、ブライアンと非番の警官がトイレに入った。


非番の警官が手洗い所にいた数名の男達にバッチを見せ、密かに外へ出るように促した。


男達は素直に従った。


ブライアンは、男が入っている隣の個室へ入ると、FNブローニング ハイパワーを取り出し、壁の向こうにいる男へ銃口を向けた。


ブライアンは視線を上に向けた。


排気口は無く、埃が付いている白い天井だけが見えた。


装備した警官達がトイレに入ろうとした時、奥の個室から水の流れる音が聞こえ、一人の中年男性が出てきた。


それは、想定の範囲内であったので、誰も焦る者はいなかった。


手筈通り、非番の警官は、洗面所で髪の手入れをしている振りをした。


中年男性は、周りの緊張を全く感ぜず、手を洗い、ペーパータオルで手を拭くと外へ出た。


装備した警官達を見て、中年男性は大声を上げようとしたが、一人の警官に口を塞がれると、非常口へ誘導された。


装備した警官達がどっとトイレに入り、非番の警官はグロッグ19を取り出し、男のいる個室へ標準を合わせた。


「包囲されている。無駄な抵抗は止めろ。手を上げて出てこい。」


一人の警官がH&K MP5をトイレのドアに向けながら、投降を呼びかけた。


沈黙が流れた。


警官達が突入したが、ジーンズが下ろした姿のまま残されていた。


警官がジーンズを覗くと、ジーンズの中にタオルと衣類が押し込められていた。


警官がH&K MP5を構えたまま、ジーンズを検査した。


爆発物が仕掛けられていないことが分かると、タオルと衣類が詰まったジーンズをそっとどかした。


床に穴が開けられた跡が発見された。


男は、ノコギリの様なもので穴を開け、そこから逃げると、開けた箇所を接着剤使って閉じたのだ。


警官が慎重に床を剥がし、穴の中を覗くと、真っ暗の空間には配水管しか見えなかった。


「誰にも気付かれずに、素早く作業したのか。恐るべき野郎だ。逃走経路は、病院の襲撃事件の時と似ている。とすると、奴はまだこの空港内にきっと隠れている筈だ。」


ブライアンは呟いた。


空港の大捜索が開始された。


しかし、アルフレッド・ハンを発見することは出来なかった。


続き