山本は、ルドルフに指定された場所へハーレーXL 1200Lを走らせた。
10分ほどで着いたのは、ルドルフのガールフレンド・マリアンヌが働いている英会話学校であった。
深夜12時に近かったので、誰もいなかった。
英会話学校が入っているビルを一回りした。
ビルは厳重にセキュリティがされていた。
フルフェイスヘルメットをしたまま山本は、ビルの入口に立った。
ルドルフに言われた通りの暗唱番号を押すと、ドアが開いた。
山本は素早くハーレーXL 1200Lを中に入れ、玄関の奥へ置いた。
ここなら、外から発見されることはない。
そして、マリアンヌのデスクがある2階へ階段を使って上がり、ヘルメットを脱いで2人を待った。
それから、5分過ぎにルドルフとマリアンヌは、車で英会話学校へ到着した。
後ろには、警察の尾行がついていた。
ルドルフはマリアンヌと示し合わせ、彼女が携帯電話を職場に忘れたことにして、ここへやって来たのだ。
ルドルフの自宅アパートに盗聴器を仕掛けていた警察は、2人は忘れ物を取りに行っているのだと思い込んでいた。
ビルに入った2人は、2階のオフィスの前で待っていた山本と出会った。
ルドルフは奥のトイレに山本を誘導し、マリアンヌはオフィスへ入っていった。
外で見張っている警察が見ると、2階のオフィスに明かりがついた。
ブラインドが降りている為、オフィスにはマリアンヌしかいないことまでは見抜けなかった。
奥の男子トイレの電気を付けたルドルフは、ポケットから札束を出した。
「前金だ。これで、シェインの様子を逐一俺に報告してくれ。」
「金の話ってこれのことか。シェインは仲間じゃなかったのかい?」
山本はびっくりした表情を見せた。
「古くからの仲間だが、奴は暴走するところがある。リーダーたる俺は、仲間の行動を把握する必要がある。残念ながら、今は現場に思うように行けない状況だ。だから、お前に頼みたい。」
「いいけど、気になることがある。」
山本は、ルドルフの手から札束を受け取った。
「『どうして俺を選んだのか?』だろ。それは、お前の腕を見込んだからだ。」
「それは嬉しいよ。俺が気になることは、マリアンヌのことだ。女が仲間にいるとは聞いていなかった。お宅らの秘密結社は、女人禁制じゃなかったのか。」
「気にするな。彼女は特別なんだ。俺がリーダーになってから、方針を変えた。ブライアン達を片付けたら、彼女を正式にメンバーにする。例え、シェインが反対しても。」
「俺はリーダーの意見に賛成だ。」
山本は納得し、大きく頷いた。
「時間よ。」
マリアンヌの声がした。
「それじゃ。この一件が終わったら、後金を払う。」
シェインはトイレから出た。
盗聴器が仕掛けられていない安心から、マリアンヌは本音をルドルフにこっそりと漏らした。
「あの男で大丈夫なの?」
ルドルフはマリアンヌを抱き寄せて、耳元で囁いた。
「金さえ与えれば、あの男は役に立つ。何しろ、金と引き替えに、80近い婆さんのヒモになる男だぞ。」
「貴方が信用するなら、良いけど。」
「心配するな。問題なのは、シェインだ。リーダーは、俺だということを示さないといけない。その為にも、奴の動きを監視しなければ。」
シェインとマリアンヌは、ビルを出ると車に乗り込んで帰宅の途についた。
尾行している警察もその後を追った。
暫くして、山本がビルから出て行った。
======
その夜から、3日経った朝のことであった。
コリンのアパートを、ブライアンがノックした。
「遅くなって済まなかった。彼を捕まえるのに時間がかかった。」
ブライアンの隣に、コリンと同じ160センチの身長でがっちりとした中年男性が立っていた。
パナマ帽を被り、お洒落なスーツを着て、左手には大きな革製の鞄を持っていた。
銀縁のメガネの奥からは、鋭い眼光を放っていた。
「紹介する。ジョン・シグル。元FBIの鑑識官で、うちの警備会社に転職し、調査員として活躍している。」
ジョンはパナマ帽を取った。
スキンヘッドであった。
コリンがジョンと握手を交わした。
とても握力が強かった。
「手が柔らかいね。銃の扱いに慣れている証拠だ。自動車修理工と聞いていたが、手が綺麗だ。只の、ブライアンの弟分ではなさそうだね。」
ジョンはブライアンに、渋みのある声で尋ねた。
「自動車修理工は間違っていない。今は求職中なんだ。頭の包帯を見ろ。怪我を負って、つい最近まで入院していたんだ。だから、手が綺麗なんだ。」
ブライアンは答えた。
ジョンは納得していない様子だった。
「ブライアンの説明を加えると、俺は昔、裏社会にいたんだ。今はすっかり足を洗ったけどね。」
コリンが素直に認めた。
「私は、彼みたいに正直な人間が好きだよ。ブライアン。」
ジョンはブライアンの方を向いた。
ブライアンは罰の悪そうな表情をした。
「俺がブライアンに内緒にして欲しいと言ったんです。」
「彼を責めているのではないよ。私は思ったことを口に出してしまうタチでね。で、詳しい状況を聞かせてくれないだろうか。」
ジョンは、室内をじっくりと見渡した。
「コリンが退院する前の日に、誰かが入った気配がしたんです。調べても、足跡一つ見付からなかったので、気のせいかと思いました。しかし、コリンが退院した日、彼の墨色のTシャツがなくなっていたことが分かりました。」
デイビットが説明した。
「君は現役か?」
ジョンは、じっとデイビットの手を見た。
「私も引退しました。しかし、今回の件で、再び銃を持つようになりましてね。」
デイビットは冷静を装って、クローゼットへ案内した。
「そのTシャツの写真はないか?」
ジョンの問いに、コリンはクローゼットの奥にしまってあったアルバムを取り出した。
パラパラとめくり、墨色のTシャツを着た数年前の写真をジョンに見せた。
「古いシャツだ。これを盗むのは、何かの暗示なのか、或いは変態だ。」
コリンはギョッとしたが、ジョンは無表情のまま、鞄を床に置くと、クローゼットの中を調べ始めた。
「気にしないでくれ。何でも口に出すけど、悪気は無いんだ。」
デイビットは、コリンに小声で言った。
クローゼットの奥から、ジョンが声を出した。
「コリン君、ここに住んでどれ位経つ?」
「1年と9ヶ月になります。」
「それまでに、親しい友人を何人ここに入れたかな?」
デイビットは、ジョンの言う『親しい友人』が気にかかった。
「デイビットとブライアンの2人です。いや、違います。3人です。」
コリンが答えた。
デイビットの鼓動が早まった。
「イサオが遊びに来てくれました。俺が、このアパートに引っ越したばかりの頃に。」
デイビットは、周囲に気付かれないように静かに深呼吸をした。
『何だ。それ位で慌てるなんて。俺らしくもない。』
クローゼットの奥で、ごそごそと作業をしていたジョンが出てきた。
「それじゃ、これは侵入者のものだね。」
ジョンは、ビニール袋に入れられた1本の赤毛を見せた。