コリンがアパートに戻ってから、3時間が経とうとしていた。
夕立が降り始めた。
デイビットの携帯に着信音が鳴った。
ベットから手を伸ばし、デイビットは携帯を取った。
「ブライアンか。どうした?」
電話の主はブライアンだった。
コリンは、ぴょこんと布団から顔を出した。
「片付けは終わったか?連絡があるんだ。コリンの様子はどうだ?」
ブライアンが尋ねた。
デイビットは側にいるコリンを見た。
コリンは色っぽく微笑んでいた。
「ああ、元気だ。」
「それは安心した。実はFBIから連絡があった。病院での事件直後、アルフレッド・ハンは、アメリカを出国していたことが分かった。」
「故郷へ戻ったのか。」
「そうだ。ベトナムへ戻ったことまでは判明した。しかし、その後の足取りは不明だ。FBIでは捜査官を派遣した。」
「ジュリアンからの情報は?」
「ジュリアンは、知り合いのベトナム人から、アルフレッドの話を聞いたそうだ。その男は、ベトナム本国の裏社会にも通じているというから確かだ。その男によれば、アルフレッドは幼い頃から、裏の世界に足を入れており、一匹狼の殺し屋として名が知られていたそうだ。」
「で、そのアルフレッドの行方については?」
「その男を通じて、ベトナムにいる親戚や友人をあたったが、5年前から連絡が無いので分からないそうだ。そこで、ジュリアンがベトナムへ渡って、探すそうだ。」
「有り難いが、見張っている邸宅はどうするんだ。」
「それは部下に任せるそうだ。何か動いたら、直ぐに連絡するように手筈を整えている。」
くしゅん!
その時、コリンがくしゃみをした。
「お話中、ご免なさい。」
「気にするな。」
デイビットが、コリンの肩まで布団をかけ直した。
受話器から聞こえる布団の音、コリンの声トーンから、ブライアンは直ぐに状況を察した。
「今日の連絡はここまでだ。何かあったら連絡する。」
iPhoneを切った。
「仲が宜しいようだ。」
ブライアンは、久しぶりに気分が上向きになった。。
弟のように可愛がっているコリンも無事に退院し、親友のイサオも怪我の回復は順調である。
それから、ブライアンは雑用を済ませると、ホテルの部屋を出た。
行きつけの高級クラブに出掛けることにした。
フロントで、顔馴染みのフロントマンに声を掛けた時だった。
中央玄関から、グラマラスな金髪美女が入ってきたのだ。
仏製の高級ブランドに豊満なボディを包み込み、優雅に歩いてくるではないか。
目尻の皺から40代と推測されるものの、熟成された色気は若い女性を凌駕した。
ブライアンの側を通り過ぎるとき、その女性は青緑色の瞳で彼を見て、口角を上げた。
全身から漂ってくる甘く香りに、ブライアンは囚われてしまった。
『おーっ!いい女だ。』
ブライアンは高級クラブに行くのを止め、女性が向かったバーへ吸い寄せられていった。
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ブライアンからの電話の後、コリンとデイビットはベットから出て、部屋の片付けをしていた。
コリンは、ハルタデの押し花がおさめれている額を壁に掛けた。
「部屋が明るくなった。」
コリンが入院していることを知った、老女から送られてきた見舞いの品であった。
ハルタデの花言葉は『回復』である。
宛名に書かれている住所に何度か電話を掛けてみたものの、誰も出ない。
何時かきっと、直接感謝の言葉を伝えたいと思っている。
デイビットは何か気配を感じた。
壁に目を向けているコリンは、背後にいるデイビットの様子に気が付かなかった。
そのまま、コリンはクローゼットを整理し始めた。
コリンは、あることに気付いた。
「デイビット、俺の墨色のTシャツを知らない?」
「えっ?」
「日系の洋服屋で買ったTシャツなんだ。長年着ているから、色は落ちているけど。」
コリンは、後ろにいたデイビットの方を振り向いた。
デイビットは険しい顔をしていた。
「もしかして、泥棒が入ったのかも知れん。」
コリンは目を大きく開いた。
「昨日、君はこの部屋に誰かが入った気配がしたと言ったね。そいつかも。」
デイビットとコリンはアパートをくまなく調べて見たが、それらしい痕跡は無かった。
デイビットはブラアイアンに連絡しようとしたが、コリンが止めた。
「Tシャツ1枚がなくなっただけだよ。俺達の勘違いの可能性もあるし、時間を掛けて探してみようよ。」
2人は片付けを終えると、夕食を食べ、再び部屋中を探したが、墨色のTシャツは見付けることは出来なかった。
気が晴れないが、今日のところは諦めた2人は就寝した。
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時計の針は進み、夜中の3時を回った。
ブライアンは、宿泊している高級ホテルの部屋で寝ていた。
その隣には、金髪美女も熟睡していた。
ブライアンの枕元に置いてあったiPhoneのマナーモードが鳴った。
ブライアンはすぐさま目覚めると、iPhoneを取り出して、ベットからそっと出た。
ちらっと、隣の美女を見た。
彼女は、ビクトリアと名乗った。
ニューヨークの化粧品会社に勤め、休暇を利用してマイアミに一人旅をしていた。
ブライアンの黒い瞳には、金髪をおろし、化粧を落としたビクトリアはチャーミングに写った。
「済みません。真夜中に電話をして。『良い情報が入ったら、いつでも掛けてくれ。』と仰ったもんだから、我慢出来ずについ掛けてしまいました。」
ニックが住むトレーラーハウスの近くにある、ガソリンスタンドの従業員からの電話であった。
以前、ブライアンは彼からニックに関する情報を聞き出し、新しい情報が入ったら連絡するようにと、高額のチップを払っていたのだ。
「何か起きたのか?」
一糸纏わぬ姿のままブライアンはバスルームへ移動すると、バスタオルを腰に巻き、ベランダへ出た。
外は、街のネオンで照らされていた。
「いやね、あれから警察がニックを見張ると言うんで、うちのガソリンスタンドに居着いたりして、大変でしたよ。」
「そんな情報は、とっくの昔に知ってる。」
「それを報告しに夜中に電話したんじゃないですよ、旦那。俺、あれから店長や他の店員達に聞き回ったんです。ご心配なく。警察は俺のやっていることは知りませんから。」
「で、何か分かったのか。」
「夜中のシフトに入っているバイトが、見たんですよ。ニックに会いに来ていた男を。それも金持ちの。」
「どうして金持ちだと分かった?」
「だって、旦那、そのダチはGSX1100Sカタナに乗っていたと、いうんですからね。」
「伝説のオートバイか。」
「バイトの言うには、今年に入ってから、ニックのいるトレーラーハウスへ行くのを何度も目撃したそうでうす。乗っている奴は、うちのガソリンスタンドには寄ることもなかったから、顔まで分かりません。外から見ると、小柄らしいですよ。」
『俺の持っている情報では、秘密結社の連中はバイクは持っていない。すると、第三者か。』
部屋から音がした。
ブライアンが中に目をやると、ビクトリアが起きてきた。
「悪いが、仕事の電話なんだ。好きに寛いでくれ。」
「分かったわ。」
裸のビクトリアは、浴室へ入った。
ブライアンは再び、電話に集中した。
浴室から出たビクトリアは、部屋の冷蔵庫を開け、シャンパンを取り出した。
机の上に置いてあるグラスへ注いだ。
グラスに口を付けながら、ベランダにいるブライアンの様子を伺った。
電話に集中している為、ずっと外を見ていた。
『チャンスだわ。』
シャンパンを飲み干すと、グラスをブライアンのノートパソコンの脇に置いた。
再び冷蔵庫の扉を開けると、中の飲み物を探す振りをして、側に置いていたフランス製の高級ハンドバックから、USBメモリを取り出した。
冷蔵庫の扉が死角となり、仮にブライアンが部屋の中を覗いても、ビクトリアの動きまでは分からない。
ビクトリアはさりげなくグラスを取り、ロゼワインを注いだ。
ちらっと、ブライアンを見ると、まだ外を見ながら話に熱中していた。
ビクトリアはワインを飲みながら、USBメモリをノートパソコンに接続すると、電源ボタンに手を触れた。