その翌日。
ルドルフは、ガールフレンドのマリアンヌの自宅を訪問した。
彼女とは10年以上の付き合いで、ルドルフは秘密結社について、彼女に全てを打ち明けていた。
ルドルフの中では、マリアンヌは同志であった。
英会話教師の彼女は警官では無いので、秘密結社に入れることは出来ない。
以前にルドルフは特別に入れて貰おうとしたが、リーダーだったウィルバーに一喝された。
ルドルフは不憫に思うが、マリアンヌはそうした状況でもルドルフを支え続けている。
あえて結婚しないのも、秘密結社で働くルドルフを思ってのことだった。
マリアンヌはFBIに協力する振りをして、見張りの薄い場所を見つけ出すと、昨日はそこからルドルフを逃がし、シェインに会わせてもいる。
監視しているFBIや警察は、ルドルフはずっとマリアンヌと過ごしていると思わせた。
今日も、ルドルフは同じ手を使い、マリアンヌの家をこっそりと出た。
ルドルフは、2ブロック先のコーヒーショップで待機している口入れ屋のバンの荷台にこっそりと乗り、シェイン達の隠れ家へ向かった。
隠れ家に着き、ルドルフはバンの荷台から降りると、庭を見た。
庭ではミーシャと殺し屋達が作業をしていた。
「『穴蜘蛛土蜘蛛』は、はかどっているな。ん?計画した場所と違う所も手を付けているな。」
ルドルフは怪訝の念を抱いた。
「そうだな。ちょっと聞いてみる。」
口入れ屋は、荷台から銃器やショベルを取り出すと、庭の方へ歩いた。
「なんでも、たった今シェインから変更の指示が出たそうだ。」
口入れ屋が、庭で作業をしている殺し屋達から聞き出し、ルドルフに報告した。
ルドルフは建物の中へ入った。
「どうして、作業の場所を変えた?」
ICレコーダーを聞いているシェインに声を掛けた。
「これのせいさ。」
「これか。コリンの病室に仕掛けた盗聴器のメモリーが入っているんだろ。色々な連中が集まるから、情報が得られる。これと、今回の変更とはどう関係があるんだ。」
「聞いてみろ。」
シェインに差し出され、ルドルフはICレコーダーのイヤホンを耳にあてた。
「えっ?隣に住んでいる金持ちのサンダーは、昔コリンにわいせつな行為をした野郎だったのか!」
ルドルフは嫌悪感を露わにした。
「で、奴を利用することにしたんだ。」
シェインの提案に、ルドルフは腹が立った。
「子供を弄ぶゲス野郎と手を結ぶのか?!冗談じゃない。俺に断りもなく、勝手に決めんな。」
「職場復帰するんだろ。」
シェインは話を変えた。
ルドルフは大きく頷いた。
「そうだよ。俺と秘密結社を繋ぐ証拠を、FBIは掴んでいないからな。表向きはシロと判断されて警察に戻るが、裏ではFBIの監視付きで様子見ということさ。ビリーも一緒だ。」
「そうか。ビリーにも連絡を取っているのだが、カミさんの束縛がきつくなっている。この前も、カミさんの『誰からの電話なの!』との怒鳴り声が聞こえ、それはもう大変だった。側にいた山本に急いで代わって、カミさんの相手をして貰った程だ。山本が昔の友人だと偽って話をしたら、彼女は落ち着いてくれたそうだ。」
「奴は、どんな人妻の扱いには長けているな。まあ、ビリーが職場復帰すれば、連絡し易くはなるわな。」
「連絡は取れるが、今後の事も考えなくちゃな。あの様子だと、襲撃に参加させるのは困難だ。」
シェインは困った顔をした。
ルドルフは、足下に置いてある紙袋を見つけた。
「この袋はなんだ。」
「これか。」
シェインはルドルフに邪悪な笑みを浮かべた。
「これは、ゲス野郎へのお土産さ。この中に面白い物が入っているんだ。」
=====
更に1日が経過した。
いよいよコリンの退院の日である。
しかし、病室を訪れたデイビットの顔は穏やかではなかった。
「どうしたの?」
コリンは、荷物を片付けながら聞いた。
「いや、昨日アパートに帰ったら、誰かが入った気がしてな。室内をくまなく調べたが、何も盗まれていなかった。もしかして、盗聴器や隠しカメラが設置されたかと思ってみたものの、それも見付からなかった。どうも気が立っているようだ。」
ふふと、コリンは微笑んだ。
「俺が退院するからね。」
「そうだろうな。」
何時もの穏やかなデイビットに戻った。
「やあ。もう準備は出来たのか。」
イサオ、サラ、そして猛がコリンの病室にやって来た。
「ええ。一刻も早くアパートに帰りたくて。」
コリンは満面の笑みを浮かべた。
「そういえば、張り詰めた空気が無くなったな。」
猛が言った。
「貴方も同じ気持ちでしたか。」
デイビットも同じ意見だった。
「君もか。コリンの病室に行く度に感じていたんだ。」
「何?私は全然気が付かなかったわ。」
サラはキョトンとした表情になった。
「僕もだよ。きっと、FBIの警備が解けたからかな。」
イサオとサラはお互いの顔を見て、不思議そうに言った。
「いや、違う。」
猛はキッパリと言った。
「何か、見張られている様な、鋭いものをを感じたんだ。」
「親父、怖いこと言わないでくれよ。FBIじゃなかったら、秘密結社とやらか?FBIの警備があるのに、そんなの不可能だよ。」
ガラッと病室のドアが開いた。
「猛さん、ご心配は無用です。コリンが病室に入る時、FBIがチェックしていましたから。」
ブライアンが入室した。
「私も張り詰めた空気を感じていましたが、この状況下なら致し方ないでしょう。皆の緊張が重なり合っているからだと思います。」
「そうかも知れないが、どうして今はそれを感じないのだろうか。」
猛に疑問が残った。