「今日の雨は激しいな。」
隠れ家の窓から外を眺めていたシェインは、再びiPhoneを取り出した。
かけた先は、知り合いで殺人課の刑事である。
「今回の件で、上司に叱責されたそうだな。迷惑かけたな。」
電話の先の刑事は、笑っていた。
「耳が早いな。あれは単なるFBIに向けたパフォーマンスさ。気にするなよ。上司とは、ニックと違って、仲が良いんだ。上司も、FBIが署内を嗅ぎ回っていることに腹を立てているのさ。勿論、上司は俺が秘密結社に興味があるとは知らないがね。俺の事を仲間が一人もいない、一匹狼だと信じきっている。」
「それを聞いて安心した。」
「口入屋が、17年前の事を調べているだろ。あれで、大きな収穫があったそうだ。数日中には、連絡を入れるからと、伝言を受けたよ。それと、良いニュースがある。ブライアンが、FBIの一部の人間と親密に連絡を取っていることが今回の件でばれて、他のFBI捜査官から不満が上がっている。『よそ者が口を挟んでいる。』とね。そこを突けば、何か得られるかも知れんぞ。」
「それがな、俺と懇意にしているFBI捜査官から、昨日愚痴を聞かされたばかりだ。そいつから、上層部の使っているパソコンのIDパスワードを盗ませ、ハッキングする計画なんだ。」
「流石は、元・凄腕のデカだ。」
又、刑事は大笑いした。
「ニックの様子はどうだ?」
「相変わらずさ。FBIの取調べにのらりくらりかわしている。先日、嘘発見器を何度もかけられたが、シロと出た。奴らしい。今度、スーパーの警備員に再就職するそうだ。今の所、怪しい所は出てこない。」
「やはり、ニックだ。」
「念の為、相棒だったマックスを調べてみたが、なんにも出てこなかった。」
「だろうよ。あいつは、只の猫好きオヤジだ。それはそうと、ニンジャの映像をYouTubeに流した奴や、病院の防犯カメラに写っていた男の行方は見付かったか?」
「まだだ。何にも手掛かりが出てこない。連中も、ニンジャなのかな。」
「どうだろうな。引き続き、ニックの動きを探ってくれ。悲しいな、昔組んだ相棒を疑うとは。」
シェインは、溜息をついてiPhoneを切ろうとした。
「待ってくれ。今日、コリンの弟が病院に見舞いに来ているだろう。俺が病院を教えたんだ。病室に盗聴器を仕掛けているから、もう知っていると思うがね。連中、何か言っていたか。」
「おい、そこまで教えていいのか?」
「平気さ。上司の許可を得ている。」
「それなら、良いがな。ハルタデの押し花に盗聴器を仕掛け、見舞いの品として、コリンに送ったんだ。弟が来たと、盗聴している若い者から報告があったが、まだ大きなものは釣れていない様だ。」
=====
コリンの病室では、ケビン達が夕方まで語り合っていた。
ケビンは、イサオとサラとは何度か面識があったが、猛とは初対面であった。
話の内容は、殆どお互いの身の上話であり、イサオの病状についてである。
ケビンが事件のことをそれとなく尋ねても、イサオは「済まないが、警察から口止めされているんだ。」とやんわりとかわした。
「待合室にいた日系人は僕の事を言っていたか?」
イサオはさり気なく聞いた。
「いや、一言も言わなかったね。」
「ケビン君、彼は日本語の本を読んでいたというね。君も日本語を修得しているのか。」
今度は、猛が尋ねた。
「完璧なのは父ですね。大学で、日本語を学び、日本に数年間働いていましたから。家では、両親が日本語で会話しているのを聞いて育ってきましたから、日常会話なら話せます。その日系人は、司馬遼太郎の『梟の城』という小説を読んでいると言っていました。猛さんは、その小説を読んだことがありますか。」
猛とイサオの中で、衝撃が走った。
司馬遼太郎の『梟の城』は、戦国時代を生きた2人の忍者の壮絶な物語であるからだ。
忍者の小説を読んでいるということは、日系人は恐らく、イサオがこの病院に入院している事も、知っているのではないかと考えた。
猛は平静を装って答えた。
「まだ読んだ事は無いね。」
「僕もです。日系人から話を聞いて、彼に尋ねたんです。『ニンジャに興味があるのですか?』と。そうしたら、『あります。イサオ・アオトがこの病院に入院していれば、こっそりと会ってみたいですね。』と言っていました。」
猛とイサオ並びに、他の者達も安堵した。
外来患者は、イサオが入院している事までは知らなかったようである。
話は再び、コリンに戻った。
「兄さん、僕はこれから母さんに連絡しなきゃいけないんだ。怪我していないと嘘付いても、勘の良い母さんのことだから、直ぐにばれるよ。」
「俺が母さんに言った様に、軽症と言えば問題無いよ。後で俺からも、電話を入れるから。」
コリンは必死にケビンを説得した。
当初は渋っていたものの、ケビンは最終的にはコリンの意見を受け入れた。
「明日の午前中に発つ前に、もう一度見舞いに来るよ。お大事に。」
ケビンはそう言うと、コリンと強くハグをして、デイビットの車でホテルに戻った。
イサオ達も病室を出て、廊下に出た。
「良かったわ。」
サラが安心した様子で話した。
「そうだね。ケビンは立派な大人になった。これで、コリンも肩の荷が下りたね。」
イサオも同じ気持ちだった。
「だがな、ケビンの話を聞いて、がっくりきたよ。真面目だと思っていたコリンが、双子と付き合うなんて。」
猛は、ケビンの会話を聞いてしまっていた。
「いいじゃありませんか、お義父さん。コリンはお父さんとケビンの為に、身を削って働いていたんですもの。それに、それは高校時代のお話ですよ。若いうちは、どんどんと恋をするべきだと思います。でしょ。」
サラは、イサオに視線を移した。
「ああ、その通りだね。僕達の若い頃を思い出すよ。10代は色々と経験したい年頃だからね。」
イサオとサラは笑った。
猛は、息子と嫁の会話に、何か裏があると思った。
サラはとても生真面目な性格である。
その性格を知り、猛はサラを青戸家の嫁として認めたのだ。
猛は、生真面目なサラが、奔放なコリンを庇っているの事が解せなかった。
それに肯いているイサオの態度にも。
『コリンには、何かあるのだろうか?』
猛の中で、疑念が湧いた。
雨はまだ降り続いていた。
デイビットが、夜遅くにコリンの病室を訪れた。
「君も夜這いに来たの?」
コリンは色気のある目付きになり、微笑んで、布団を上げた。
「違う。まだ本調子じゃないんだぞ。これを持って来たんだ。」
デイビットは、布団をかけ直すと、ベット脇のルームライトを付け、小さな犬のぬいぐるみを枕の脇に置いた。
「ケビンから聞いたぞ。高校を卒業して就職した後でも、一人寝が寂しくて、犬のぬいぐるみを抱いて寝ていた時があったそうだな。大人になっても、寂しがり屋の甘えん坊だな。」
「ケビン、余計なことを言いやがって。」
コリンは眉間に皺を寄せた。
「これはケビンの見舞いの品だ。さっき、渡すのを忘れたそうだ。きついことを言っても、ケビンなりに心配しているんだぞ。」
「ケビンが。」
コリンは犬のぬいぐるみを愛しそうに見つめた。
「ケビンは、刑事に色々と聞かれたらしい。特に、ブライアンと出会った頃の話を訊ねていたそうだ。」
「どうして?」
「刑事は、秘密結社がブライアンの家族には手を出さずに、血の繋がりの無いコリンを誘拐したことにも、疑問を抱いていたようだ。」
「だいぶ前に聞いたことがある。ブライアンは、家族とは疎遠なんだ。一人息子なのに、父親の会社を継がなかったからだって。それで、俺のことを実の弟の様に可愛がってくれるんだ。」
外で雷が光り、病室が一瞬明るくなった。
コリンは邪悪な気配を感じ取った。
「嫌な予感がする。」
コリンは、犬のぬいぐるみを強く握り締めた。