皆の会話を聞いて、コリンは寂しそうな顔をした。
「ずっと、この病室にいたのに、俺は全然気配に気が付かなかった。」
コリンは、自分の野生の勘が無くなっていることを感じていた。
「怪我人だから当たり前だ。」
デイビットの優しさが、コリンを余計落ち込ませた。
その時、病室のドアがノックされ、ジュリアンが病室に入った。
「よかった。間に合った。一目会いたかったんだ。退院おめでとう。」
ジュリアンはコリンとハグをすると、花束を渡した。
「ありがとう。」
コリンは少し明るくなった。
「例の邸宅はどうだ?」
ブライアンが尋ねた。
「見張りの連中によれば、今のところ借り主のフランス人は全く外に出ません。邸宅を出入りしているのは、口入れ屋のみです。食料やコーヒーの差し入れをしています。」
ジュリアンは答えた。
「口入れ屋?そいつもフランス人か?」
「いえ、アメリカ人です。前科のある奴で、昔は私の下で情報屋をしていました。今は、一人で裏社会の人間に同業の人間を紹介する仕事をしています。」
「同業の人間か。殺し屋も含まれるか。」
「はい。そうです。」
皆に緊張が走った。
ジュリアンは話し続けた。
「ただ、気になる点が一つあるんです。」
「何だ?」
「そいつは、アメリカ中にコネクションを持っていますが、ヨーロッパには殆ど持っていません。加えて、仏語は全く話せません。」
「つまり、邸宅を借りたフランス人と、口入れ屋を取り持っている人間がいるということか。」
「そうとも言えます。しかし、このフランス人も気になるんです。フランスの友人によれば、その男は20代後半で、売春組織の用心棒をしていますが、ギャンブル好きで多額の借金を抱えているんですよ。」
「それは変だ。借金を抱えている男が、どうして高級住宅地にある邸宅を借りることが出来るんだ。」
「そうでしょ。それも気になって、フランスの友人に調べて貰っている最中です。」
「頼む。そして、・・・。」
ブライアンは周りを見渡した。
「FBIには内緒にしてくれ。まだこれは、FBI内部だけの情報なのだ。」
そう言うと、ブライアンは背広の内ポケットから、一枚の紙を取り出した。
「これはっ!」
紙に書かれている絵を見て、ジュリアンは驚き、コリン達に見せた。
皆、目を見開いて絵を見詰めた。
絵には、病院で警察の秘密結社のメンバー達を射殺したアジア系の若者が描かれていた。
「この男は、警察の秘密結社を混乱に陥れただけじゃなく、マイアミ市内の民家に侵入して、そこのパソコンから猛さんの過去の映像を、インターネットに流した男でもある。」
ブライアンは言った。
「でも、どうやっても探しても、この若い男は見付からなかったんじゃないの?」
コリンは、不安そうにブライアンに聞いた。
「それがな、コリン。この似顔絵を、民家に住む家族に見せた。ビジネスマンの家主、その妻、幼い2人の子供達が口を揃えて、家主の母親の元ボーイフレンドだと証言をした。その母親は別の場所に住んでいるが、ベビーシッターの為、頻繁に息子の家を訪問している。」
「ちょっと待て。そこの家主は、確か30代。その母親だと、50は超えているんじゃないのか?」
今度は、デイビットが尋ねた。
「そうだ。家主は32歳。母親は60歳の未亡人だ。FBIによれば、若くして夫に先立たれた母親は救急コールセンターで働き、一人息子を育て上げながら、シングルライフを謳歌し、現在は孫の養育を手伝いながらも、ライフスタイルを変えることなく、楽しんでいるとの事だ。」
「つまり、恋愛遍歴を重ねているという訳か。」
デイビットの問いに、ブライアンは頷いた。
「その通り。歴代のボーイフレンドは、年下男性だそうだ。主は、この絵の若者を見たのは、今年始めと証言している。そこで、母親に尋問したら、昨年の終わりから2ヶ月間付き合い、その間若者は母親を息子の家へ何回も送迎していた事を話してくれた。」
「この若い男の正体は?」
コリンは目を輝かせながら、聞いた。
「アルフレッド・ハン。27歳の中国系ベトナム人だ。アメリカ、フランス、日本の血も流れている。当時、スーパーの店員をしていた。彼女と別れてから、スーパーも辞め、足取りは不明だ。」
「ワオッ!33歳の年の差カップルね。」
サラが目をまん丸にして、口に出した。
「有難うございます。この男を探し出して見せます。」
ジュリアンも、コリンと同じように目をキラキラさせ、ブライアンから紙を受け取ると、病室を後にした。
「アルフレッドとかいう男を見見つけて吐かせれば、事件の全容も少しは掴めるね。」
コリンは興奮してきた。
「ああ、大きな一歩となるぞ。コリン。そいつがどうして秘密結社を混乱に陥れたのか、そしてどこから猛さんの映像の存在を知ったのか。絶対に吐かせてみせる。」
ブライアンも徐々に高揚してきた。
「その男は、イサオさんを撃った犯人も知っているかもね。」
「それは吐かせてみなければ分からんが、手掛かりになるものを持っていると私は睨んでいる。」
ブライアンの推論に、イサオの心が騒いだ。
「さあ、コリン行くぞ。そろそろ時間だ。2人が待っているからな。」
デイビットがコリンを促した。
「誰と会うんだ?」
ブライアンが問うた。
「ニックとビリーだよ。俺を助けてくれたからね。一言お礼を言いたくてね。もう先方には連絡してあるんだ。アパートに帰る途中で、2人の家を訪問するんだ。」
コリンは大きなバックを肩に掛けながら答えた。
「ブライアン、ビリーは警察に復帰するそうだね?」
心を落ち着けたイサオは、ブライアンに尋ねた。
「疑いが晴れたからな。それと、ルドルフも明日から復帰する。」
「ルドルフも?」
「秘密結社のメンバーだという証拠は見付からないからな。FBIでは、泳がせて尻尾を捕まえようと計画しているが。」
それまで皆の方を向いていた猛が、ドアの方に首を曲げじっと見詰め始めた。
「どうしたんだ、親父?」
イサオが心配そうに聞いた。
「ビリーが直ぐ側まで来ている。足音から推測すると、ひどく疲れている様子だ。」