それからも、駐車場の裏の邸宅から、サイレンサーの音が複数回聞こえた。
デイビットは、サラに裏に裏社会の人間がいる可能性を告げた。
サラは、この近辺で不動産業を営む知人がいることを思い出し、携帯をかけた。
住所を話すと、知人は慄いた。
「あそこは裏社会の人間が、使っていることで有名だよ。庭が広いから、保養地のど真ん中でも、平気で射撃訓練をしている。警察と仲が良いから、逮捕されない。何もしなければ害が及ばないから、近所は見て見ぬ振りをしているよ。危険だから、気を付けてね。」
サラは携帯を切ると、デイビットに報告した。
「臭うな。」
デイビットの勘が更に鋭くなった。
何事もなかったような振りをして、サラのBMWに乗った2人は、サンダー邸を出た。
助手席に座っているデイビットは、運転するサラに、さり気なく隣の邸宅の前を走るようにと指示を出した。<
サラはハンドルを強く握りしめた。
裏の邸宅を、濃い灰色のコンクリートが高く囲んでいた。
塀の上には、電流付きの有刺鉄線が張り巡らされ、中の様子が見えない。
正門は、古びた鉄の門に厚く閉ざされ、まるで小さい刑務所のような印象を抱かせた。
BMWはぐるりと邸宅を一周した。
デイビットの指示通り、サラは邸宅から1ブロック離れた場所にBMWを止めた。
デイビットは自分の携帯を取り出すと、ジュリアンにかけ、事情を説明した。
「あそこですか。私の知り合いの持ち家ですよ。フランスからやってきた裏社会の人間に貸していると聞いています。」
「流石、マイアミの情報屋の親玉だ。助かる。」
「残念ですが、私達が探しているロシアン・マフィアの残党と、マイアミ警察の秘密結社の連中とは別人ですよ。」
「残党のミーシャは、幼少期はパリの親戚のもとで育ったと聞いている。念の為に調べてくれないか。」
「そうでしたね。分かりました。早速、調査します。」
その時であった。
デイビットとサラの目の前に、一台のバンが通り過ぎ、見張っている邸宅の中へ入っていった。
デイビットは、通り過ぎたバンのナンバーを、ジュリアンに告げた。
「これは幸先が良い。ついでにバンの持ち主も調べてくれ。それと、見張りの者を頼む。」
携帯を切ると、今度はコリンにかけた。
コリンはすぐに出た。
デイビットがことの経緯を語った。
「悪いこともあれば、良いこともあったね。『禍を転じて福となす。』の言葉通りだね。」
コリンの声が明るくなった。
「交代の者が来たら、直ぐに戻る。」
デイビットは、携帯に向かって微笑んで切った。
=====
バンが敷地内に入った。
運転手のドアが開き、口入屋の男が出てきた。
「もう、降りても大丈夫だ。」
口入屋が、バンの後ろのドアを軽く叩いた。
後ろのドアから、ルドルフが出てきた。
ルドルフは、FBIと警察上層部から呼び出しを連日受けていて、暫く隠れ家を訪れることが出来なかった。
「久しぶりに、ここへ来た。俺が来ない内に、仲間が増えたな。」
庭から2名の若い警官が出てきて、ルドルフと握手をした。
「秘密結社にようこそ。これから我々の為に励んでくれ。」
ルドルフは、2人を労った。
2人に遅れて、一人の日本人が庭に掘った穴から、一人の日本人が出てきた。
「ルドルフさん、初めまして。山本晴幸と申します。『山本』とお呼び下さい。」
流暢な英語で話しかけてきた山本に、ルドルフは日本語で、『こんにちは』と返して、手を差し出した。
ルドルフは、穴をちらっと見た。
幅は、人の腰より少し広い位である。
深さは脛辺りであった。
「これは、ニンジャの真似事をしていたんです。ニンジャはこうやって、ジャンプ力を磨いていたと知り、3人で飛んでいたんです。」
一人の若い警官が、ルドルフと口入屋に説明した。
「どうも上手くいきませんね。膝を曲げずに、高く飛ぶなんて俺には無理でした。」
山本が穴に入り、飛んだが、少し飛んだだけで、両手を付いてしまった。
「俺たちも同じでした。」
若い2人の警官が苦笑した。
「何をふざけたことをしていたんだ。タケルとイサオ親子は、子供の頃から修行をしているんだ。付け焼刃の忍術はなんにも役には立たんぞ。」
「俺が、遊ばせていたんです。長時間、射撃訓練をして、ずっと緊張状態が続いていましたから。」
裏庭から、エドワードが出てきた。
彼は、射撃の腕を見込まれ、シェインから若い警官達の指導を任されていたのだ。
エドワードとルドルフは挨拶を交わした。
「俺が呼んできた、欧州の裏社会で活動している殺し屋が2名、数日前に来ました。口入屋が紹介してくれた殺し屋と一緒に、裏庭で射撃訓練しています。紹介しましょう。」
裏庭から、サイレンサーの音が数発聞こえてきた。
ルドルフとエドワードは裏庭に消えた。
口入屋は既に欧州の殺し屋と会っていたので、2人と別れ、シェインに会うために建物の中へ入っていった。
「休憩時間は終わりだな。」
山本がそう言うと、近くに置いてあったシャベルで穴を埋め、若い警官達はルドルフの後を追い、裏庭に消えた。
口入屋が建物の中に入ると、手前の部屋では、ミーシャが体を鍛えていた。
ミーシャに軽く声を掛けると、口入屋は居間へと進んだ。
「おう、FBIのコンピューターに侵入出来たんだってな。何か出てきたか。」
口入屋が、ノートパソコンを凝視しているシェインに聞いた。
「ああ。大きな掘り出し物が出てきた。たった15分前に上がってきたホヤホヤの情報さ。」
「どんなだ?」
「ニンジャの映像をYouTubeに流した犯人が分かった。」
「えっ!ごく普通の親子が住むに家に侵入し、そこのパソコンから映像を流した犯人が?確か、家の住人一家は当時は娯楽施設に遊びに行っていて、近所の連中は誰もその家に侵入した犯人を見ていなかったんだろう?!」
「家を出たところを、たまたま通りかかった伝道師が目撃していたんだ。小柄な東洋人だったそうだ。その伝道師は男に声をかけ勧誘したが、言葉が分からないような素振りをしたので、諦めた。」
「どうして、今までその情報が入らなかったんだ。」
「伝道師は、直ぐに他所の街へ行ってしまった。だから、近所の連中はその伝道師の存在も知らなかったんだ。ブライアンがたまたま近辺で、伝道師があの日に活動していたこと知り、行方を探し当て、先ほど聴取したんだ。その伝道師が話しかけた男は、俺たちの仲間を殺害した東洋人の男と酷似していたことが判明した。ブライアンは、すぐさま捜査本部に通報した。」
「パーマをかけた茶髪で、茶色い目をした、ふっくらとした東洋人で、身長160センチ位の男が?」
「聴取したブライアンのメールによれば、伝道師が見た男は、もう少し高いらしい。165センチ位だったらしい。髪と目の色は合っていた。早速、捜査本部は、FBI捜査員を数名派遣し、詳しい似顔絵を作成することを決定した。」
「5センチの差なんて、大したことはないさ。シェイン、いよいよお前たちの邪魔をしていた男の正体が暴かれるな。」
「そうだ。FBIの連中に疎まれながらも、ブライアンはかなり捜査に足を突っ込んでいるな。奴のパソコンにもハッキングしないといけないな。」
「おや、もう一つ情報が、上がっているじゃないか。」
口入屋は、今日付けの一つのファイルを指差した。
「ああ、これは大したものじゃない。トーマス・サンダーとかいう金持ちのゲイが、コリンの入院費を払い、それを内密にするようにとの通達だ。こいつの兄貴が下院議員で、そいつの圧力さ。」
「何で、下院議員の弟が、コリンとかいうガキの入院費を極秘に払ったんだ?」
「こいつはゲイで、昨年末に行われたサラのホームパーティで、コリンを見初めたそうだ。サラに紹介しろとしつこく迫って、絶交されたそうな。諦めきれないトーマスは、兄貴からコリンが入院した話を聞いて、金を払ったんだ。ヒヒ爺の下心さ。」
「そもそもどうして、下院議員がコリンのことを知ったんだ?」
「俺達の警察の秘密結社が、報道されて、今全米中が大騒ぎだろ。何しろ、5つの州にあるんだからな。そこで、議会は、秘密結社を調査する委員会を立ち上げ、フロリダ州選出の下院議員がその委員になったんだ。その経緯でコリンの名を見付け、弟に話したんだ。」
「連邦議会にも目を付けられたか。秘密結社も大した出世だな。」
「だからこそ、慎重に動かないとな。それにしても、あのガキが羨ましい。」
「何が羨ましい?」
「10年前に俺が入院した時は、警察の仲間も、秘密結社の連中もそっぽ向いていた。娘も別れた女房の元へ去ってしまった。俺を助けてくれたのは、ニックだけだった。」
シェインの告白に、口入屋は困った素振りを見せた。
「勘弁してくれよ。当時、俺はムショに入っていたんだから。」
「お前を責めてないさ。当時は、そんなに付き合いはなかったしな。」
「それは有難い。ん?」
口入屋は、ノートパソコンの画面を凝視した。
眉間に深い皺をつけて。
「何かあったのか?」
「こいつ、トーマス・サンダーの家は、俺達が借りている家の隣だぞ!」