翌朝、ケビンはコリンの病室を再び訪れた。
「母さんには、兄さんは頭をちょっと怪我した程度だったと、伝えておくよ。」
「恩に着るよ。」
「よせよ。兄弟じゃないか。」
ケビンはコリンとハグを交わし、イサオ達に別れの挨拶をしてから、その足で母親の美賀子が待つロスへ旅立った。
イサオはリハビリに向かい、病室にはコリンとデイビットしかいなくなった。
「暫く、母さんに会いに行けなくなったな。」
コリンは悲しい表情をした。
「バレるからか?」
「その恐れが大きいんだ。俺は軽症と言い張っても、会ってしまえば、母さんは一瞬で俺の嘘を見抜くから。17年前もばれそうになった。家に戻った時、『暗い顔して、何かあったの?』と聞いてきたんだ。俺は普通にしていたつもりだったけど、母さんは見抜いていた。俺はドキンとしたよ。」
「母親だからな。」
「その時、イサオが『コリンは、足を捻って数日練習を休んでいたことが悔しがったようですよ。』と、フォローしてくれて、九死に一生を得たんだ。」
「イサオは、何時もコリンを守ってくれていたんだな。」
デイビットはコリンの手を握った。
『17年前だと、勲とコリンが出会った時期か。』
コリンの病室の前を、ただ通り過ぎる振りをした猛が、聞き耳を立てていた。
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シェインが、山本、エドワードを、アジトに召集したのは、それから数日後のことであった。
2人がアジトに到着した時、ミーシャしかいなかった。
「もう少ししたら、シェインが仲間を連れて来る。それと、口入屋がとても興味深い情報を持って来くるそうだ。」
2人はソファに座り、資料を読みながら待つことにした。
程無く、シェインと新たな仲間が乗ったバンが、パームビーチにあるアジトに着いた。
庭には、ハーレーXL 1200Lや、中古のジャガーXタイプが止まっていた。
「待たせたな。新しい仲間を紹介する。」
アジトの中に入ったシェインは、リビングで待っていたミーシャ、山本、そして情報屋が見付けて来た殺し屋のエドワードに、新入りを紹介した。
新入りは、20代の警官2人とニュージャージ州からやって来た殺し屋であった。
シェインは、当初から彼等を含め12名の警官や刑事に目を付けていたものの、FBIの目があるので、警官達への接触は避けてきた。
しかし、新入り2人は秘密結社に加入したいという思いは強くなる一方で、とうとう彼等の方からシェインに申し込んできたのだ。
その時、殺し屋達が思うように集まらなかったシェインは、彼等を仲間に引き入れる決心をした。
ニュージャージ州からの殺し屋は、口入屋が目を留めた30代の男で、先程テストを受け、シェインの審査に合格したばかりであった。
「これで、3人が加わったな。俺達を入れて7名になったか。」
山本が言った。
「まだ全員揃っていない。シェインに依頼されて、俺がヨーロッパから2名の若い殺し屋を呼び寄せている。来週中に来るから、それで、9名になる。それに、ここにいないルドルフとビリーを加えると、合計11名になる。」
英国人のエドワードが加えた。
口入屋が訪れたのは、それから30分後であった。
「君らか、警官の2人は。お初にお目にかかる。シェイン、喜べ。あと4名の殺し屋が、アメリカ中からやって来るぞ。」
シェインはリストを見た。
「これで15名になったぞ。集まり次第、訓練を開始する。相手は、元・シークレットサービスとニンジャだ。もう失敗は許されない。慎重に慎重を重ねてやらんとな。」
「17年前の件、調べたよ。ニックとブライアンは、シアトルで出会ったようだ。」
口入屋が本題に入った。
「シアトル?このマイアミじゃないのか。」
シェインは驚きを隠せなかった。
「17年前、ニックは富豪の妹を殺した容疑で、シアトルの金持ちを逮捕する為に、しょっちゅうシアトルに出張していた。その金持ちを警護していたボディガード達のトップだったのが、ブライアン・トンプソン。」
「思い出した!あのいけ好かない金持ちか。あいつ、マイアミの富裕層にもコネがあって、警察に随分と圧力をかけやがった。俺も含めて、殺人課の刑事達は怒っていたのを覚えている。」
シェインは、苦々しい顔をして、過去を思い出した。
「そんなに嫌な奴なら、ウェルバーは秘密結社を使って、消さなかったのか?」
ミーシャが質問した。
「当時、他の大物を追っていたんだ。マフィアの幹部だった。そいつの件がなければ、シアトルの金持ちを消していた。」
シェインは、右手の拳を左の手の平に叩き付けた。
パーン!と大きな音がした。
「でな、当時の使用人の話によれば、若い方の刑事、つまりニックが、金持ちの専属看護師をしていた青戸勲に何度も聴取をしていたという。青戸勲は、『金持ちの邸宅で見た事は家族にも口外してはならない。』という契約を結んでいるという理由で、ずっと証言を拒否したそうだ。それから程無く、金持ちの圧力で、捜査は打ち切られた。」
「やはりな。ニックがウェルバーに話していた事は事実だったか。でも、イサオとはそれっきりだったんだろ。」
情報屋は続けた。
「ニックとイサオに関してはな。実は、俺達が知っている男がもう1人、金持ちの邸宅にいたことが分かったんだ。」
「誰だ?」
「コリン・マイケルズさ。」
「そうなのか?!ブライアンとコリンに会っていたことを、ニックは何故言わない。それに、17年前だとコリンは10代のガキだろ。親が使用人でもしていたのか?」
「コリンは、当時14歳。8年生(日本では中学3年に相当)だった。春の初めに、親父が重い心筋梗塞で倒れたんだ。看病していた所を、金持ちに見初められた。金持ちは、病院に多額の寄付をしたり、製薬会社の大株主だったから、親父に最新の治療を受けさす代わりに、コリンを愛人にならないかと言い寄った。アイツは、それを承諾した。」
「ほう。14で、金持ちの愛人をしていたのか。あのガキ、見かけによらず、色々とやっているな。」
情報屋は、シェインに14歳の時のコリンの写真を1枚渡した。
最初の写真は、タキシードを着たコリンと金持ちが地下のワインセラーにいる所を、撮ったものだった。
写真の中で、金持ちは手に持っているワインボトルを、コリンに見せていた。
2人の後ろには、ブライアンが警護に付いていた。
正装したコリンは、大人びて、退廃的な雰囲気を放ち、大人を魅了させた。
「なかなかの美少年だ。それにしても金持ちの野郎、ガキにロマネコンティを見せびらかしやがって。」
写真を見たシェインは舌打ちをした。
口入屋は、「これを見てみろ。驚くぞ。」と言って、2枚目の写真をシェインに見せた。
それは、コリンが高級ベットの上で、上半身を出して、うつ伏せで寝ている姿を撮ったものだ。
窓から差し込む朝の光は、陸上で鍛えられた背中に反射し、濃厚な色気を醸し出していた。
「ヒューッ!こりゃまた凄えな。」
シェインは口笛を吹いて、ミーシャに写真を回した。
「子供の頃から、こんなにも色気が出ている。これじゃ、大人の餌食にされる訳だ。」
写真はミーシャから、山本へ渡った。
「絵画を見ている様だ。これが女だったらな。」
山本がぼやいた。
山本は、エドワードに写真を回した。
エドワードは一瞥すると、関心無さそうな表情で、警官達に写真を渡した。
2人の警官は歓声を上げた。
「大きな目が魅力的だな。山本の言うとおりだ。女だったら良かったのに。」
若い警官から、新入りの殺し屋に写真が渡り、殺し屋も同じく歓声を上げた。
写真が一通り渡ると、口入屋は話を続けた。
「当時の使用人の話によれば、ブライアンと金持ちの専属看護師をしていたイサオは仲が良かったそうだ。その2人に、コリンがよく懐いていたそうだ。」
「その時から、3人は知り合いだったのか。そこに、殺人事件の捜査で来たニックが絡んでいたかもな。」
「正解だよ、シェイン。使用人の話によれば、ブライアンと青戸勲に、若い刑事、つまりニックが、頻繁に接触していたそうだ。」
「ニックは正義感が強い男だ。金持ちが、ガキを父親の命をダシにして、愛人にしていたのが許せない筈だ。きっとニックは、金持ちを未成年に淫行した罪でも上げようと、必死に動いていたに違いない。14歳なら、強姦罪も適応できるしな。」
「使用人から面白い話を聞いたんだ。金持ちには、おかしな趣味があったそうだ。」
「どんなプレイだ?」
「金持ちは、自分が招待した客に、まず愛人を抱かせる。それを見て楽しんだ後に、愛人を抱いていたんだ。客は、主にセレブで、男女問わずだったそうだ。時には、複数の客とお楽しみをした。」
「変態だな。」
「コリンの場合は、100人以上の客を接待したらしい。」
「絶世の美少年だ。人気はあるわな。」
「シアトルの金持ちは、『最高の愛人を手に入れた。』と仲間に吹聴し、コリンにかなり執着していたそうだ。学校が夏休みに入ると、親を騙して、コリンを自分の邸宅に軟禁していた位だ。だが、数ヶ月したらいきなり、ブライアンにやったそうだ。」
「何だと?!ブライアンは、巨乳好きじゃなかったのか?」
「それが不可解なんだ。ブライアンは、折角貰ったコリンを、そのまま家に帰しているんだ。」
「何もせずにか。プレイボーイのブライアンでも、ガキには手を出さなかったな。恐らく、ブライアンはガキを帰す為、金持ちに何か企んだに違いない。」
「その時期、ニックは胸を撃たれて療養中なのに、親友のジュリアンと共にシアトルを訪問している痕跡があった。それで当時働いていたボディガードの一人に話を聞いたら、ブライアンと若い刑事が会っているのを目撃している事が分かったんだ。」
「そうか。きっと、巨乳好きなボディガードと、愛妻家の看護師、正義感の強い刑事、それに刑事の親友が、協力して、不幸な美少年を助けたんだ。17年経っても忘れる訳は無いな。それで、ブライアンが、執拗にニックの所へ会いに行っていたのか。」
「それから、程無くしてブライアンとイサオは、職を辞している。こうして、3人は今でも交流を続けているって訳さ。こっちの2枚の写真は、ガキの弟から借りたものだ。」
情報屋は、別の写真2枚をシェインに渡した。
シェインは写真を見た。
初めの一枚は、コリンが幼い弟に本を読み聞かせていた。
もう一枚を見ると、数年経過したもので、10代後半のコリンが家族や若かりし日のブライアンとイサオと共に、レストランで食事をしていた。
「ブライアンとイサオは若いが、ガキには敵わないな。弟と戯れても、艶がある。大きな目が父親に似ているな。薄い口元は、母親似だ。親と弟は普通なのに、こいつだけは随分と色気がある。」
「警察が捜査していた段階から、ジュリアンは裏でニックに協力していた。その中で、ジュリンアンはコリンの存在を知り、この1枚目の写真を手に入れて、ニックに見せた。それを見たニックの顔が強張り、写真を持った手が震えた。これ以降、ニックは笑わなくなった。」
「17年前じゃ、ニックもまだ若い。14歳で年寄りの愛人にさせられたコリンの写真を見て、余程ショックを受けたんだな。」
シェインは、コリンが弟に本を読み聞かせている写真をじっと見詰めた。
「これは又聞きなんだが、ニックはマイアミに戻った後、ヨーロッパにいる妹の紹介で、精神分析医の診察を受けていたそうだ。」
「えっ?!それも知らなかった。」
「たった2回しか受けていなかったそうだ。妹には、『俺は、自分を開放したいんじゃない。抑えたいんだ。だから、精神分析を受けるのは辞めた。』と言っていたらしい。」
「余程、金持ちを殺したかったんだな。」
シェインは口ではそう言ったものの、心の奥底ではニックは何か抱えているではないかと思った。
抱えているものは、ニックから感情を取り上げた。
それが原因で、ニックは更に犯人逮捕なら手段を選ばない男になったのだ。
刑事なのに、平気で裏社会の人間とつるんだ。
数年前に連続殺人犯を逮捕する時も、犯人に怪我を負わせ、刑事としてあるまじき行為をした。
犯人から、「あいつの方が化け物だ。」と呼ばれても、平然としている。
前リーダーのウェルバーからのスカウトで、17年前に秘密結社へ入ってからもそうだった。
積極的に悪人の制裁に加担していき、ウェルバーの優秀な手足となった。
そして、秘密結社内でクーデターが起きると、何の躊躇いもなくウェルバーを消した。
ニックを非情にした“何か”は、長年付き合いのあるシェインでも掴みかねていた。
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コリンの状態は、みるみる快方に向かっていた。
体の状態が良くなり次第退院し、通いながらリハビリを受けることになった。
担当医師の見立てでは、このまま順調にいけば10日後で退院できるとの事であった。
それから何事も無く8日が過ぎ、デイビットが会計課に寄った。
とんでもない事態が発生していた。
コリンの治療費と入院費が、既に支払われていたのだった。