前回 、 目次登場人物

病室に入ったビリーは、ギブスが取れたばかりのコリンに目がいった。

まだ顔が腫れており、茶色の無精ひげが生えていた。


「ビリー、よく来てくれたね。」

コリンは両手を広げ、ビリーを迎え入れた。


「大分顔の怪我は治ってきているね。安心したよ。」

ビリーはコリンとハグをした。


ビリーは、デイビットと猛に握手すると、手に持っていた向日葵の花束をコリンに渡した。


「有難う。綺麗な向日葵だね。」


「妻が選んでくれたんだ。」


「君の奥さんが?息子さんを産んだばかりなのに、俺の為に選んでくれて嬉しいよ。奥さんに、俺が喜んでいたと伝えてね。」


コリンは満面の笑みを浮かべ、花束を受け取った。

それを、デイビットが受け取ると、いったん外に出た。

花瓶に水を入れる為である。


「君は命の恩人の一人だ。感謝しきれないよ。」


コリンの言葉に、ビリーは照れてしまった。

「そんな事はないよ。」


「誘拐された時、俺はとても苦しかった。その中で、君に優しい言葉をかけて貰って、俺はどれだけ救われたことか。秘密結社に脅かされて、君は働かされていたと、後から聞いたよ。大変だったね。」


『ご免。5年前から秘密結社にいた。』

ビリーは心の中で呟いた。

しかし、表面上ではビリーは被害者を装った。


「そうなんだ。当時、妊娠中の妻を殺すと脅迫されてね。FBIも僕の話を信じてくれた。今は休職し、僕が知り得る秘密結社の事を、FBIに伝えている所なんだ。」


デイビットが病室から戻ると、イサオが後ろから付いて来た。

「洗面所で、デイビットと会ったんだ。ビリー、初めまして。」


イサオは笑顔でビリーに手を差し出した。

ビリーは内心戸惑いながらも、笑顔で握手をした。

イサオは、ビリーにコリンを助けた礼を述べた。


世間話を少しした後、コリンが以前から聞きたかった話題を持ち出した。


「君とニックに助けて貰った時、俺は見ちゃったんだ。」


「何を?」

ビリーは、ドキンとした。

『やはり、あの話が出てきたな。』


「手の平に、『カ、ツ。』とカタカナで書いて、それを飲み込む仕草をしたことを。あれは、何のお呪い?君は日本語が分かるの?」


コリンは目撃した通りに、手の平に書いた文字を飲み込む真似をした。

猛、イサオ、そしてデイビットは、ビリーに注目した。


『恐れるな。その話は何百回も練習したじゃないか。』

ビリーは自分に喝を入れた。


「ああ、あれね。君、見たんだね。僕は日本語は分からないんだ。あれは、『十字の秘術』と言うもので、忍者が昔使っていた精神集中の術なんだ。ウェルバーから貰った忍術の本に書いてあったんだ。そのお呪いをすれば、勝負事に勝つと書かれていたのを覚えていたんだ。君を救出した時は、僕も命の危険を感じていたから。どんな事をしても勝って、家に帰りたかった。だから、そのお呪いをしたんだ。」


ビリーは、穏やかな表情で冷静に答えた。


「君のお呪いのお陰で、あの危機を乗り越えたかも知れないね。本当に有難う。」


「いいんだよ。猛さんがいて良かった。僕もお聞きしたいことがあったのです。」


ビリーは、忍者の精神統一の方法に関しての質問をした。

猛は丁寧に答えた。

十字の秘術を使う前に、九字護身法を使うことが正式なやり方であることや、他の方法も教えた。


『親父は丸くなったな。』

イサオは神妙な面持ちで、父親の言葉を聴いた。


それから長いこと歓談して、ビリーは病室を出た。

『上手く誤魔化せた。』と、安堵の表情を浮かべて。


病室にいた猛は、厳しい顔付きになった。


「どうかされたのですか?」

コリンは気になった。


「ビリーとか言ったね。彼は嘘を付いている。」


猛の発言に、皆はびっくりした表情をした。


「いきなり、何を言うんだ。親父。失礼じゃないか。」

イサオが嗜めた。


「ビリーとかいう男性の目を見て分かったんだ。彼の台詞は何度も練習をしたものだと。元警官の勘だ。」

猛は目を光らせた。


後ろから声がした。


「猛さんの言う通りだ。彼の家の本棚に、1冊の忍者の入門書があった。これについては、正しい。だが、私が本屋で調べた所、その本には『十字の秘術』に関して、一行も書かれていないのだ。彼は、嘘を言っている。」


ブライアンが、病室に入って来た。


「悪いと思ったのだが、ビリーが来たというので、外で聞き耳を立てていたんだ。」


コリンは、ブライアンの言葉に驚いた。


「じゃあ、ビリーはどこから知ったのだろう。」


イサオも不思議そうな顔付きをしていたが、薄々真相は分かっていた。

『彼がビリーに教えたんだ。』


=====


口入屋が、アジトに駆け込んできたのは、ビリーが病院を出た直後であった。

アジトには、この日もシェインとミーシャしかいなかった。


「どうかしたのか。ビリーの奴が何かやらかしたのか?」


アジトの居間にいたシェインは資料をテーブルに置いて、慌てた表情をした口入屋を見た。

シェインは、ビリーがコリンの見舞いに行くことを既に知っていた。


「いや。ビリーは、あいつらに信用され、潜り込みに成功した。俺が急いで来たのは、イサオを撃った犯人が分かったからだ!」


「撃った犯人だと!!誰なんだ!!」

シェインはソファから立ち上がった。


口入屋の声は奥の部屋にいたミーシャまで届き、彼は慌てて居間に飛び込んで来た。


「野球帽の男だったんだ!」


シェインとミーシャに衝撃が走った。


「おかしいじゃねえか。野球帽の男は、イサオを助けたんだぞ。銃声を聞いて、現場に駆けつけたカップルが目撃しているんだ。」


シェインは信じられなかった。


「カップルの男に、自白剤まで使って、当時の状況を吐かせたんだぞ。野球帽の男は、イサオの救命処置をしながら、『赤い髪の男が撃った。』と、カップルに証言したんだ。」


「赤い髪の男は、そもそも存在しなかったんだよ。」


「いなかっただと!!」


口入屋は、現場を一部始終目撃したアルコール依存症の男の話をした。



事件の晩、現場近くに住むアルコール依存症の男は、酒を買った帰り、気分が悪くなり路上に座り込んでしまった。

男2人の会話に気付き、目を覚ましたアルコール依存症の男は、自分に背を向けた東洋人の男と野球帽を深く被った男を見た。


その時であった。


野球帽の男が、いきなり東洋人の男の頭を撃ち、次に持っていたスカーフで止血をして、東洋人の男を助けたというのだ。


「信じられるか。そんな話。男の与太話じゃねえのか。」


「シェイン、続きがあるんだよ。」


口入屋は話を続けた。


アルコール依存症の男は、家に逃げ帰り、母親に話した後、警察に駆け込んだ。

彼に対応したのが、ニックだったのだと。


「ニックはそいつと会ったのか!」


「そうなんだよ。それから、ニックは男のアパートを訪問し、母親にこう告げたという。『このままだと、偽証罪で息子さんを逮捕しなければならない。彼の為にも、アルコール依存症を治療する施設に入れた方が良い。』とね。とまどう母親に、ニックは隣のジョージア州のアトランタに、貧困家庭を対象にした施設がある事を教えたそうだ。金が無かった母親は、その話に飛びつき、息子をその施設に入れたんだ。」


ニックが目撃者を遠ざけた事実を知って、シェインは驚きの余り声が出なかった。


シェインの隣に座ったミーシャが聞いた。

「その話をどうやって手に入れた?」


「仲間を集めの為、ジョージア州からやって来た情報屋と会った時に、その話を聞いたんだ。アトランタの施設にいる男が話していたとね。」


「アルコール依存症の男はまだ施設にいて、アパートには母親が住んでいる。その母親に金を掴ませて、話を聞きだしたんだ。男は、母親に全てを打ち明けていた。この話は、丸顔の髭の中年男性と、ハンサムな男性にもしていると教えてくれた。恐らく、丸顔の中年は情報屋のジュリアンで、ハンサム男はブライアンだ。」


「あいつら、もう知っていたのか。それなら、FBIの耳に入っている筈だ。知り合いの捜査官は一言も言わなかったぞ。まだ、上層部しか知らない情報だな。」


シェインはようやく喋った。


「病院の防犯カメラに写ったアジア系の男が撃ったのか?」

ミーシャが口にした。


「それは違うな。アジア系の男は、身長が160センチ位だ。撃った男は、イサオと同じ位の身長だから、およそ185センチだ。秘密結社を混乱に陥れていた男は、最低でも2人いる。」


シェインは推し量った。


「ニックの野郎。一体、何を企んでいる。」

シェインは苦虫を噛んだ。


ふいに、シェインはある事を思い出した。

『そうだ!ニックの身長は187センチだ。』

昔の相棒に対して疑念を抱き始めた。


「貴重な情報を呉れて、礼を言うぞ。撃った男の件は、こっちが調べる。お前は、引き続き仲間集めと、17年前の事を調べてくれ。」


「了解した。」

口入屋は、アジトを出た。



シェインは、iPhoneを取り出した。

「おう、山本。今、こっちに来れるか?2時間後か。それでも構わん。」


「どうして山本を呼んだ?」


「山本は、過去にラスベガスで探偵の助手をしていたと聞いたことがある。奴なら、動けない俺の代わりに現場の調査が出来る。」


ミーシャの疑問に、シェインはそう答えた。

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