シェイン達は、ルドルフのマンションを出て、パームビーチにある新しい隠れ家に住んでいた。
所有者は、シェインの知人で、裏社会の人間であり、料金を格安にしてくれた為、そこに即決した。
人が多い高級別荘地にいる方が、かえって警察の目を誤魔化せる。
夏の間だけ家を借りる、観光客の振りをした。
彼等も、防犯カメラに写っていたアジア系男性の写真を手に入れていた。
「この若僧か。」
「探すか。」
ミーシャが尋ねた。
「その前に、人を集めなきゃならん。若僧を探すのは、その後だ。」
シェインは、警察内に情報網を持ち、目を付けている警官が12名いた。
FBIが署内にいる今は、警官達に声を掛ける訳にはいかなかった。
そこで、シェインの別の友人で、裏社会の口入屋に、腕の立つ人間を頼んでいた。
ルドルフとは、若干わだかまりがあるが、どうにか彼の資金を引き出す事に成功した。
彼にとっても、依頼された仕事を遂行しなければ、秘密結社の新リーダーとしての誇りが許さなかった。
口入屋の連絡が来るまで、シェインは変装して食材を買ったり、時にはミーシャと市の郊外に行き、密かにニックと会合し、銃の訓練をする等、隠遁の日々を過ごしていた。
ニックの顔色が、以前より良くなってきたので、シェインは安心した。
「何とも無かったんだな。」
「当たり前だ。心配し過ぎだぞ。」
ニックは無表情で言った。
ルドルフも、どうにかFBIと警察の監視を逃れて、密かにシェインの隠れ家を訪れた。
シェインは、表向きはルドルフを立てた。
ブライアンとイサオを倒してから、秘密口座と秘密結社を簒奪する計画を、こっそりと立てていた。
今迄通り、殺しを請け負う組織を再編しようと目論んでいた。
ルドルフはルドルフで、今回の件が遂行された後には、秘密結社を昔の姿に戻そうと、心の中で決意していた。
殺し屋家業から足を洗い、純粋に罪を逃れた悪人を退治する組織へ。
その為に、品行方正な警官を2名見付けていた。
シェインとルドルフは、親の代からの秘密結社の同志であり、同時期に加入していた。
しかし、彼等の考えは、同床異夢の如く、全く異なっていた。
ある日のこと。
口入屋が、隠れ家を訪れた。
丁度、その日はルドルフもいた。
「11人ほど、ピックアップしたぞ。」
ルドルフとシェインは、リストを見た。
「元ヤクザがいるのか。」
シェインが友人に聞いた。
「日本の地方都市で、小さい組に入っていた男だ。数年前に、そこの組が潰れて、行く当ても無く、親戚を頼ってこっちに来たんだ。じいさんがアメリカ人だから、英語はペラペラだ。それに、銃の腕前がいい。俺の知人からの紹介だ。」
「何処から来たのだ、その男は?」
「日光だ。江戸幕府・初代将軍を祀っている東照宮がある場所だ。」
ルドルフは日光には馴染みがあった。
10年以上前である。
英会話教師をしているガールフレンドが、栃木県の宇都宮市の学校に、短期間赴任していたことがあった。
ルドルフは、彼女に会いに来日して、日光へ足を伸ばして観光したのだ。
あの華やかな社殿の記憶と、甘い思い出が蘇った。
「その日本人なら、呼べば直ぐに来るよ。」
口入屋が携帯を掛けた。
30分後、長髪で細身の男が、ハーレーXL 1200Lでやって来て、隠れ家のドアをノックした。
流暢な英語で、自己紹介をした。
「ハルユキ・ヤマモト(山本晴幸)と申します。ヤマモトと呼んで下さい。」
山本は、アメリカ中を転々として、多種に渡る短期の仕事で食いつないでいたと言い、殺しの仕事もして、それが縁で、口入屋と知り合ったと話した。
「現在は何をしている?」
「セレブ妻の愚痴聞き係りをしています。」
「早い話が、人妻の若いツバメか。」
山本は、シェインの指摘に、頭を掻いた。
『軟弱な男だ。それに、殺しが本業じゃないのか。』
ミーシャは、男を見下した。
「銃の腕前を見せてもらおう。」
シェインが、山本をマイアミ市郊外の射撃場へ連れて行った。
ここも裏社会の人間が経営しており、シェインはそこの常連であった。
散弾銃を男に渡し、クレーを撃つように指示した。
30回クレーが、男の前を色んな方向から飛んで来た。
男は全部命中させた。
次に、裏手にあるコンクリート造りの家の前に移動した。
山本にM92を渡し、シェインは中に入って、各部屋から飛び出してくる的を撃つようにと指示した。
山本は、素早く中に入ると正確に、的の真ん中を当て、女性の絵が描かれている的は外した。
『やるな。通った鼻筋が、防犯カメラの男に似ている。』
山本の横顔を見て、シェインとミーシャは思った。
しかし、銃を持った山本の顔は精悍で、防犯カメラの男よりは年上に見えたので、さほど気にしなかった。
「良し。合格だ。」
ルドルフは、満足だった。
その上、過去に訪れた土地から来た男に、独りよがりな親近感を覚えていた。
山本が尋ねた。
「今回の標的は、ニンジャだそうだな。」
「その子供と、友人だ。」
シェインが答えた。
「ニンジャも殺そう。子供を倒して、逆恨みされても困るからな。」
ミーシャが言った。
「老人に手を下すなんて。」
ルドルフは拒否したが、シェインは賛成した。
「老人と言っても、シカゴの秘密結社の同志5人を倒した男だ。ミーシャの言う通りかも知れん。子供もやるのなら、親も倒さないと、後で厄介な事態になりかねない。」
「多数決で、決まりですね。」
山本がほくそ笑んだ。
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この日、デイビットは午前中は病院には行けなかった。
イサオの件で、株取引の仕事を一時証券会社に委託していて、今日は担当者とスカイプ上で会議を開き、これからの取引について話しあった為である。
会議を済ませ、着替えや雑誌を持って、病院へ到着したのは、昼過ぎであった。
コリンの病室へ入った。
そこには、猛がいた。
「イサオはリハビリの最中です。サラは仕事ですしね。それなら、私が彼の話し相手になろうと思いましてね。」
コリンの手には、忍術の入門書があった。
「猛さんに、忍者の事について、教わり始めていたんだ。」
「私は、それしか知りませんから。」
猛は何時もの穏やかな表情で答えた。
一族の者しか忍術を知られてはいけないと、頑なに家訓を守っていた猛が、コリンに忍者を教えていたのだ。
猛の心情に、変化が見られた。