前回 、 目次登場人物

ブライアンは、ニックを行きつけの高級クラブへ案内した。

VIPルームへ腰を落ち着けた。


「ここなら、ゆっくりと呑めるぞ。まだ固いな。コリンの言う通りだぞ。少しは、息抜きをしろ。」


デイビットは表情を緩めることなく、ベルギー・ビールの瓶に口をつけた。


「一番辛いのに、絶えず俺に気を配る。それが痛々しくて、堪らない。俺が出来るのは、側にいることだけだ。」


「それが、コリンにとって何よりの薬だ。愛しいと思う者同志が、お互いの気持ちを労わる。良い事だ。俺には縁遠い話だ。」


「お前、もてるだろう?」


「もてても、私が愛するに値する女性はまだ現れない。それに、職業柄、家にじっとしていられないから、女も俺を軽い恋愛の対象と見ても、本気で愛するに値しないと思っているさ。」


ブライアンはモルト・ウィスキーのストレートを飲んだ。


「デイビット、前に『お前と呑んで話がしたい。』と言っていたな。あれは何の事だ?」


「あれか。コリンが14歳の時に、シアトルの金持ちの家で起きた事を聞きたかったんだ。コリンは、お前が写真をくすねたと思っている。だが、本当は違うだろう?」


ブライアンは沈黙した。


「どうした?俺にも答えてくれないのか。」


「ニックに、内緒にしてくれと言われたんだ。知られた以上は、話す。17年前、私とイサオが、金持ちからコリンを引き離そうと、あれこれ策を講じていた時に、ニックが接近してきた。協力すると。私は、写真の事を打ち明けた。流石は刑事だ。もうその事は、知っていた。金持ちの邸宅の通用口の暗証番号さえ教えてくれれば、盗んでくると言ったのだ。」


「刑事にしては大胆だな。」


「元不良少年だ。それに、相棒に現役の泥棒を、マイアミから連れてきていた。邸宅の中に入りさえすれば、後は簡単だったみたいだ。私は、ニックに言ったんだ。ネガと写真を盗んで、金持ちにバレたらどうするんだと。私は、コリンの身の危険を危惧したのだ。」


「お前の言う通りだ。それで、ニックは何と答えた?」


「ニックは、『金持ちは週末に、その週に撮った写真を、お抱えカメラマンから貰い、それらを鑑賞して、金庫に仕舞う。平日は滅多に金庫を開けないから、大丈夫だ。』と答えた。刑事にしては、抜かりがない。金持ちの行動を調べ抜いていた。そして、ニックは、私達が動く頃を見計らって、写真を盗むとも言ってくれた。それを聞いて安心した私は、通用口の暗証番号を伝え、ニックは私の前から消えた。」


「これで、もう怖いものが無くなった。それから程無くして、金持ちが私に、妹の夫と彼に雇われた探偵を探し出し、口封じをする様にと依頼してきた。私は『報酬はコリンを下さい。』と言った。これで、金持ちからコリンを引き離すことが出来ると考えた。だけど、金持ちは『時間をくれ。』との返事だった。私は、次の手を思案した。すると、ニックが再び接触してきた。」


「写真を盗んだと、言ったのだな。」


「そうだ。ニックからネガを貰った。私には、写真は焼却したと言っていた。それから、私は待つことにした。その2日後だった。金持ちから『コリンをやる。』と返事を貰ったのは。私は、その日にコリンを引き取り、家に帰すことが出来た。この時、ニックが何かやったと直ぐに分かった。後から、ニックが数枚の写真をチラつかせ、金持ちを脅して、コリンから手を切らせたと、知ったのだ。」


やはり、ニックがコリンの写真を、シアトルの金持ちから奪い、そのネガをブライアンに渡したのだ。


「ニックは、金持ちを脅した時、寝室の後ろの壁に掛けてあった絵画の小さな穴から撮影していたカメラマンも脅して、残りのネガと写真を巻き上げ、処分した。そこも、しっかりとしている。」


「コリンを助ける為に、ニックはあちこちに手を回したのだな。」


「ニックは刑事だ。泥棒と組んでした事を、外部に洩れるのを非常に恐れた。それに、彼は写真を見たことを、コリンが知ったら、ショックを受けるのではと心配し、私に口外しないでくれと頼んだのだ。私は承諾した。この事、コリンに話すか?」


「いや。俺の胸に収める。」


「もう17年経ったんだ。コリンは、もう31歳の大人だ。ニックは刑事を辞めた。打ち明けても構わんさ。」



ブライアンのiPhoneが鳴った。

病院で会ったFBI捜査官であった。


「夜遅いのに、申し訳ない。明朝に重要なミーティングが開かれることになった。2月末に、イサオが病院で、シカゴの秘密結社に襲われた時の事で、上層部から報告があるそうだ。」


「今月は6月だ。4ヶ月も経った今、新たな事が判明したのか?」


「同僚から教えてくれたのだが、実は病院の防犯カメラの分析から、トイレで秘密結社の人間を射殺したらしき男が写っていた事の報告なんだそうだ。」


「何!」


「本当は、かなり前に防犯カメラの分析は終わっていたそうだ。警察内の秘密結社が関わっているから、防犯カメラに写った男も仲間の可能性がある。なので、2名のFBI捜査官しかその結果が伝えられていなかった。彼らは、秘密裏に動いて、その男を捜していたのだが、警察官では無く、裏社会でも見付ける事が出来なかった。やむを得ず、上層部は俺も含めた他のFBI捜査官にも、防犯カメラに写っている男の公開を決定したそうだ。」


「防犯カメラは、秘密結社が壊したのではないのか?」


「犯行の10分前までの記録が残っていたんだ。偶然にも、防犯カメラの会社の人間が病院にいたので、犯行後は直ぐに回復したのだ。」


「非常階段はどうだ?あそこの踊り場には、4人の射殺体があったぞ。」


「残念だけど、非常階段の防犯カメラの損傷は酷かったから、修理に時間が掛かり、分析は不可能だった。」


「まあ、トイレで1名を殺した犯人が出てくれれば良しとしよう。報告が入り次第、私に連絡をくれ。」


ブライアンは、iPhoneを切った。

側でデイビットは2人のやり取りを聞いていた。


「いよいよ、秘密結社の行動を、邪魔してきた男の正体が明らかになるのだな。コリンには申し訳ないけど、もう暫く酒を呑みたくなった。」


「それが良い。」


ブライアンは、ウェイターを呼び、ウィスキーとビールのおかわりをオーダーした。


=====


デイビットとブライアンが、高級クラブで飲んでいた頃、シェインとミーシャは逃亡先から、ある場所を訪れていた。


ベランダからの侵入者に、ルドルフ・ブラウンは驚きつつも、自宅マンションのリビングに入れた。


「ニックが教えてくれたんだ。ここから入れば、FBIと警察の目が誤魔化されるとね。」

シェインが、窓から室内へ入った。


シェイン達が来たのは、ルドルフが持っている4つの秘密口座が狙いであった。

ブライアンとイサオを倒す為に、人を集めなければならない。

それには、ミーシャが持っている現金だけでは足りなかった。


シェインは、これまでの経緯を詫びた。


全て、マリオンが仕組み、若手の同志達が乗ってしまい、自分達は外されたと、シェインは言い訳をした。


遠距離からイサオを射殺しようとしたり、人質を使ってブライアンを呼び出すといった非道なやり方に、とうとう自分達の我慢の緒が切れた。

そこで、ニックは彼等を消したと言うのだ。


「そんな話しを、俺が信用すると思うのか?」


「本当なんだ。その証拠に、ビリーがいる。俺達が滅多やたらに、同志達を殺すと思うのか。ちゃんとした奴は残している。彼からも聞いてみると良いぞ。」


「FBIの見張りが無くなれば、必ず聞いてみる。ビリーはどうした?」


「かみさんが子供を産んだので、帰された。男の子だ。落ち着いてきたら、事情聴取は再開される。今迄の聴取には、『秘密結社に強引に加入させられたので、内情は詳しくは知らない。ルドルフや俺達を見たことがない。』と言い張っている。」


「あの弱気なビリーにしては、強く出ているじゃないか。これも、ニックの差し金だな。」


「それはどういう意味だ?」


「俺は、これまでの事をずっと考えていた。イサオが撃たれた時や、病院での襲撃の時を。俺は思うに、ニックが関わっているのではないか。」


「ニックが、秘密結社を混乱させた男だと?馬鹿いうな。」


「だって、そうじゃないか。イサオは辛うじて命を取り留めた。ニックの銃の腕前をすれば、急所は外すことが出来る。」


「イサオは、左目から頭を撃たれたんだぞ。どうみたって、殺意があるじゃないか。それに、どうしてニックがイサオを傷つけなければならないんだ。いいか、他の同志達がその3日後に、イサオを撃つことになっていた。」


「だからだ。仲間に撃たれる前に、先に撃って病院送りにする。そうすることで、イサオの命を守ったのだと思うのだ。」


「俺だったら、撃つ前に、イサオとブライアンに告白するか、警察に自首するかだ。それが、普通だろ。第一、イサオとニックは、17年前の事件で会っているだけで、殆ど面識がないんだぞ。そんな男の為に、ニックは命の危険を冒してまで行動するのか?」


「そこまでは、俺もあれこれ考えた。もしかして、2人はどこかで会っていたのではと思う。」


「それだったら、イサオは何故警察に、そのことを話さない。おかしいじゃないか。撃たれて、親父のニンジャや、ブライアン、それに裏社会にいたコリンが飛んで来た。もし、撃った犯人が分かっていたら、彼等に話すだろ。彼等の協力を得て、俺達を倒す為に行動を起こすだろ。実際、ニンジャ達は動いていない。」


「俺もそこが疑問に思うんだ。奴らは、何も知らない。イサオは撃たれた記憶は無いといっているが、その前の事は覚えている筈なのだが。」


「何も見ていないからだろ。ニックと会っていたなら、会っていると言っている。俺の情報では、ブライアンに聞かれて、イサオはようやくニックの事を思い出した。その程度なんだぞ。」


ルドルフの考えが揺らいだ。


「シェインは、そこまで情報を持っているのか。イサオがそこまで言うのなら、ニックとは17年前の事件以来、会っていないのだな。俺は思うように動けないから、こればかりは一人で推測する他は無かった。」


「ウェルバーが口を酸っぱくして言っていたじゃないか。『あらゆる情報網を使って、相手を良く知れ。』と。ルドルフも、動けないなら人を使えよ。俺や、裏社会の人間を利用する手だってあるだろ。」


「だが、シカゴの秘密結社が我々より先に、病院を急襲した時はどうだ。偵察の為、ニックだけが、病院の中に入っている。その間に、シカゴの秘密結社の同志達を殺害したんだ。」


「ニックが病院にいたのは、たった10分だ。その間に武道に長けた5人を殺せるか。ルドルフ、何も情報が入ってこないのだな。イサオが入院していた病院の防犯カメラの分析は、とうの昔に終わっている。疑惑の男が一人写っていた。この事は、FBIでも極秘事項だった。2名のFBI捜査官は極秘にその男を捜していたが、発見されなかった。この事は、2名のFBI捜査官が接触した、裏社会の人間から聞いたんだ。間違いのない情報だ。」


「事件当日は、シカゴの秘密結社の同志が壊したんだろう。写っている訳がないさ。」


「襲撃の時間はな。その10分前まで、メイン・コンピューターに記録が残っていたんだ。それによると、疑惑の男は、20代前半のアジア系の男だ。」


ルドルフはショックを受けた。

その様な情報が、入ってこなかったからだ。


シェインは話し続けた。


「イサオを撃った男と、病院の男は別々にいるということだ。我々の仲間には、該当する人物はいないし、裏社会でもいなかった。そこで、FBI上層部は、明日にでも、他のFBI捜査官に、20代前半の男の情報をオープンにする予定だ。」


「何処にも見当たらない男か。もしかして、ニックの仲間かも知れないぞ。」


「俺だって、元刑事だ。ちゃんと、調べている。ニックは裏社会にも顔が広いが、その男とは関わりが無い。私が、もしもニックだったら、親友で情報屋のジュリアンを使うぞ。そんな素性の分からない若僧を、仲間にしない。冷静になれ、ルドルフ。今迄、我々のマイアミの秘密結社に大いなる貢献をしたニックが、どうして我々に牙を向かなければならないんだ。」


「俺も、理由が掴めないんだ。」


「そうだろう。シカゴとニューヨークの秘密結社の件を見てみろ。お前と相談してから、リーダーだけ口封じをして、他の同志達の命は助けた。もし、秘密結社を混乱させたかったら、全員殺している筈だぞ。それに、ウェルバーを消して、ルドルフを新リーダーに据える訳が無い。お前が、そこにいるのはニックのお陰だぞ。流石の俺でも、ウェルバーには引き金は引けない。お前だってそうだ。」


ルドルフは肯いた。


「俺は伯父さんに銃は向けられない。ニックは非情の一面がある。長年仕えたリーダーを消す男だ。今回だって、仲間を平然と粛清している。そんな男だからこそ、我々を混乱させているのではとの疑念が拭えなんだ。」


「なに言っている。ルドルフと俺は、親の代からの秘密結社の同志で、25年も在籍している。だから、後から入って来たニックのことは良く分かっている。彼は17年前から、同志になり、悪人退治に積極的に行動していた。3年前に、秘密結社が方向転換し、金を貰って殺し屋稼業を初めても、ニックは忠実だった。少しでもおかしな動きを見せた事は、無かったぞ。」


「ロボの件がある。俺達が初めて請け負った殺しで、ターゲットである悪徳弁護士の飼い犬を引き取った。ニックは、罪の意識に苛まれていたんじゃないのか。それが積もりに積もって、我々に反乱を起こしたのではないだろうか。」


「おい、ロボは引き取り手が無かったんだぞ。犬は関係ないだろ。ウェルバーの快諾を得てから、ニックがロボを引き取った。ニックが先に手を上げなかったら、俺が貰っていた。その他の仕事を見てみろ。ニックは、平然と市民にまで手を血で染めているのだぞ。俺達がしり込みする位の善良な市民を、金の為にだ。罪の意識があるのなら、引き受ける訳が無い。」


ルドルフに迷いが生じた。

『シェインの言う事はもっともだ。俺の考えすぎだったのか。しかし、他に我々の邪魔をする男がいるのだろうか。』


シェインは、ルドルフを見限って正解だったと思った。

『仲間を疑うなんて、意外と肝の小さい男だ。それに、情報網を持っていないなんて、信じられん。やはり、俺達のリーダーにはふさわしくない。』


シェインとルドルフのやり取りを見ていたミーシャは、一歩下がって考えていた。


『シェインは、元相棒のニックに肩入れし過ぎている。ルドルフは、疑り深い。どちらか正しいか。20代のアジア系の男が、俺達の前に登場すれば明らかになることだ。』


様々な思いが交差する中、夜は更けていった。

続き