コリンが誘拐されてから程無く、病院を見張っていた“老人”が連絡を入れた。
マリオン達が病院のエレベータの中で、コリンに暴行して怪我を負わせた話を聞き、シェインは苛立った。
「それじゃ、目撃者は大勢いるは、FBIも既に動いている。派手なことをしやがって!他の男達も止めないのはけしからん。仕事が終わったら、マリオン達3名は秘密結社から除名だ!」
マリオン達は、車を乗り換え、夜遅くに、アジトに着いた。
気を失ったコリンを見た、シェインがマリオンに怒鳴った。
「売り物に傷を付けやがって!俺は穏便に行動しと言った筈だぞ!」
「従兄弟の仇だ。我慢できなかたんだ。」
マリオンはムスッとした。
「売るって?人質ではないのか?」
ミーシャが尋ねた。
「ブライアンを倒すまではな。それが済んだら、南米に俺達は一時高飛びするだろう。その時に、コイツを向こうの政府高官に売るんだ。一人、男好きな奴を知っているんだ。でも、こんなに顔が腫れているんじゃな。折角のシンメントリーの顔が台無しだ。」
「体は傷ついていないぞ。」
「そうだな。内臓を売るか。医者なら何人か知っている。そいつらに頼むか。」
シェインは、顎を撫でた。
元刑事なのに、やることはマフィア顔負けであると、ミーシャは感じた。
「いや、こんなにも呼吸が浅い。肋骨が折れてるな。肺が傷ついているかもな。」
シェインはコリンの服を捲った。
「怪我だらけじゃないか。こんなに殴ったら、肝臓も傷ついている可能性が出てきた。困ったぞ。マリオン、とんでも無いことをしてくれたな。」
シェインは、コリンの腹部を見た拍子に、ズボンが視界に入った。
『コイツ、受けなのに、俺よりもでかい。』
チッと舌打ちした。
コリンが目を覚ました。
シェインがシャツを捲り、自分の体を眺めているので、ゾッとして抵抗した。
後ろに手を縛られ、蹴ろうとしても、足も縛られ、ジタバタするしかなかった。
「ようやくお目覚めか。お前は、ブライアン・トンプソンの誘き寄せる餌になって貰う。俺達が、ブライアンを倒した後は、お前を売る。その金で、俺達は外国に逃げる寸法さ。」
コリンは、気付いた。
自分は目隠しされず、秘密結社の連中も顔を隠していない。
加えて、連中は手の内を、自分に明け透けに語っている。
自分は消される運命にあると悟った。
コリンはシェインを睨んだ。
「睨むと色気が増すな。臓器を売るのはやめだ。こんだけ色気があるなら、腫れた顔でも政府高官に、高く売れるぞ。お前は、男の餌食になるんだ。あの大男のモノが入るんだ。他の男のモノも容易く入るな。」
怒りが募り、コリンはつばを吐いた。
「いきがるのも今の内だ。お前は、これから地獄の苦しみを長く味わうのだからな。」
シェインは顔を拭きながら、見下した眼差しをコリンに向けた。
コリンは怒りが更に増して、シェインに体当たりしようとしたが、周りの男達に抑えられた。
「倉庫に放り込んどけ。」
シェインが冷たく指示を出した。
コリンは、真っ暗な倉庫に放り込まれた。
血が止まっていたが、床のカーペットに倒れると、激しい頭痛が襲った。
ブライアンから連絡を受けてから、直ぐに情報屋のジュリアンは、あらゆる手を尽くして、コリンの居所を探した。
薬剤師のシェインが、数日前に薬局を退職したのを掴んだ。
理由は、他の薬局への転職だというが、退職後はアパートにもおらず、行方が知れなかった。
警察とFBIも、シェインを必死に探していた。
ジュリアンは、友人に聞き込みをした。
その時に、シェインが3人の友人と別荘を共有している事を知った。
マイアミのダウンタウンから、車で2時間の距離にある場所であった。
ブライアンに連絡を入れ、ジュリアンは翌日の早朝に、シェインの別荘に向かった。
そこには、誰もいなかった。
ガックリして、ブライアンに残念な報告をした。
「まだ、連中から電話がこない。卑屈な連中だ。私が動いたら、コリンの身が危ない。引き続き、連中の居所を探してくれ。」
ブライアンは、当初ジュリアンが親友のニックと通じているのではないかと疑っていた。
携帯での彼の声の調子で、今回の件では繋がりが無いと判断した。
デイビットの言う通り、コリンと同い年の子供を持つ身として、必死に探し回っていた。
シェインは、アジトを考える時、友人と所有する別荘が真っ先に頭に浮かんだ。
だが、それでは警察やブライアン達に直ぐに発見されてしまう。
同志の“老人”と相談し、偽名を使い、ダウンタウンから2時間半の距離にある貸し別荘を借りた。
2階建ての木造の建物で、地下が倉庫になっていた。
部屋は20平米のワンルームで、手狭であったが、隣の家は販売中な為、大勢で事を起こすには、都合が良かった。
それに、間もなく移動する。
朝、サラと青戸猛が、イサオの病室にやって来た。
ブライアンは、その時に初めてコリンが誘拐された事を伝えた。
2人共、大きな衝撃を受けた。
「どうして、もっと早く言ってくれなかったの?」
サラは泣き出しそうになり、イサオがサラの手を握った。
「許してくれ。金を引き出したり、FBIに通報して、昨夜はバタバタして、朝まで知らせるのが伸びてしまったんだ。今、私のiPhoneに掛かってくる電波は、FBIがキャッチして、逆探知が出来る状態になっている。猛さんとサラが来てくれたから、これで心置きなくコリンの救出に専念できる。後は、連絡を待つだけだ。」
iPhoneが鳴った。
着信名を見ると、ジュリアンだった。
「ニックに動きがありました。ロボを、ペット・ホテルから引き取ったんですよ。昨夕は延長したのに。それも30分前です。近くにいると思うので、人をやり、ニックとロボの行方を捜しています。私は、引き続き、アジトを探しています。」
ブライアンは苦い顔をした。
ニックには翻弄される。
「イサオの事件の元担当刑事が、秘密結社の人間なんて、信じられません。どうして、今回は関係の無いコリンを誘拐したのでしょうか。」
猛はブライアンに質問した。
「私を誘き寄せる為です。身代金はおまけです。それまでの連中は、私の所へ襲って、失敗した。今度は、弟の様に可愛がっているコリンを使って、私を連中の所へ誘き寄せ、倒す魂胆です。」
「じゃあ、その5日前にイサオが撃たれかけたのは、イサオに皆の目が行くように仕向ける為でしたか。その隙間を狙って、コリンを誘拐した。」
「そうです。しかし、イサオも引き続き狙われています。用心して下さい。」
「この病院へ移った時から、これを肌身離さず持っていて正解でした。」
猛は、袖口から針形の手裏剣を取り出した。
昼過ぎになった。
皆、時間がとても長く感じた。
見覚えの無い携帯番号が、ブライアンのiPhoneに表示された。
「やあ、ブライアンさん。現金100万ドルの用意は出来ましたか?」
「出来た。コリンの声を聞かせてくれ。」
シェインが、電話口にコリンを出した。
別の男が、銃をコリンの頭に付けた。
また別の男が、メモをコリンの前に出した。
「ブライアン、俺は元気だよ。」
息が浅く、声が弱々しかった。
「コリン、怪我の具合はどうだ?」
シェインが首を振った。
別の男が手にしたメモの一文を指した。
「元気だよ。君の行動次第で、俺の待遇も良くなるんだ。」
「コリン、頭を怪我したよね。痛くはないのか?」
シェインは、再び首を振り、別の文書を指差した。
「皆に親切にされているから、心配しないで。」
コリンは、あれからビスケット2枚と水を与えられていた。
だが、手当てを受けておらず、頭は固まった血で覆われていた。
ブライアンに、『体中が痛む。』と本心が喉まで出掛かった。
ここは、大人しく連中の言う通りにしないといけないと、自分に言い聞かせた。
シェインが電話口に出た。
「コリンは無事だ。金の受渡し場所は、後で連絡する。」
電話が切れた。
「コリンは、何とか無事だ。連中め、俺達を焦らしている。」
「何とかとは?もしかして、連中は又コリンに手を出しているのか?」
デイビットは、顔を顰めた。
「声の調子から、それは無いと思う。しかし、息が浅かったから、怪我の手当てを十分に受けているかどうか。」
「病院や診療所とかは、調べたの?」
サラが聞いた。
「FBIが密かに調べている。無免許で診療している闇医者まで手を広げているが、コリンが診察を受けたという目撃証言がない状況だ。」
iPhoneが鳴った。
今度は、FBIからだ。
逆探知が成功したとの知らせであった。
秘密結社のいるアジトに、ブライアンとデイビットは急いで向かった。
貸し別荘に着いた。
先に、FBIが到着していた。
蛻の殻だった。
1階の倉庫に、血痕が見付かった。
恐らく、コリンが監禁されていた場所であろうと、FBIが2人に伝えた。
デイビットは倉庫の血痕を見て、壁を激しく叩いた。
「この借りは、きっと返してやる!!」
シェインは、電話を切った直後には、コリンを連れて、貸し別荘を出た。
アジトを2箇所変った。
あれから、シェインはブライアンには1度も連絡を入れていない。
肉体的、精神的にも、疲労困憊させる作戦であった。
「今回は、俺達を邪魔する男は出現しなかった。きっと、俺達が消した古参の一人が、奴だったかもな。」
シェインは、計画がスムーズに運び、満足であった。
「“老人”は?さっき、食料を運んでいる所を見たが、あれからいなくなった。」
ミーシャは不安だった。
“老人”という同志とは、数回会っている。
彼は、何時も最前線に出て、武器調達等で動き回っていて、同志達といる時間が少ない。
一人だけ別行動を取っている様に見えた。
「南米に行く為に、必要な偽造パスポートの製作を依頼しに、市内に行った。それに、次のアジトに不審な点が無いか、最終チェックしている所だ。そこに、ブライアンを誘い込む計画だからな。」
「何でも彼に頼んで、大丈夫か?」
「平気さ。俺と彼は、付き合いが長い。コンビを組んでいたことがある。刑事として申し分ないし、銃の腕前は抜群だ。それに、彼は元不良少年だ。裏社会に通じているし、そっちの世界に友人が沢山いる。彼に頼んだ方が、何かと便利なんだ。」
噂をすれば影が差すとの諺通り、“老人”から連絡が入った。
「別荘と庭を見て回った。問題は無かった。」
「早速、移るか。」
シェインは、コリンをバンの後ろに乗せて、ミーシャと共に出発した。
他の同志達も、3台のバンに必要な物資を積み、目的地へと向かった。
計画を立てた頃から、シェインこと“紫陽花”と、“老人”は、ダウンタウンから約3時間の距離にある別荘に目を付けていた。
不動産屋社長が10年前に建てた別荘で、庭が広く、周りは林に囲まれているので、音が周囲に漏れる事は無い。
今年に入って、社長は別の保養地に新しい別荘を造り、古い別荘を貸すことにしていた。
地上1階と地下1階のコンクリート造りの近代的な建物で、それぞれの階にバスルームが付いている。
1階は、200平米の居間に、台所とダイニングが付いており、地下は100平米のライブ・スタジオがある。
持ち主はドラムが趣味で、地下でしばしば仲間とミニライブを開催していた。
現在の地下室は、何もないガランとしたコンクリートで囲まれた部屋であった。
敷地が広い故、家賃は高く、3ヶ月単位ではないと貸せないと言われてしまった。
ミーシャから貰っていた前金だけでは、経費を差し引くと足りなかった。
他の場所も考えたが、高級な別荘の方がカモフラージュ出来る。
庭も自由に使え、罠を仕掛けることが出来るので、そこに決めた。
幸運なことに、“老人”は、ウェルバーが持っていた5つの秘密の口座の内、1つを預かっていた。
そこから、金を全部引き出せば足りたので、借りる事が出来た。
「うちの秘密結社は、金が無いな。他所とはえらい違いだ。」
シェインが嘆いた。
「それが、ウェルバーが殺しを請け負った理由だ。引退した同志達の手当て、それに怪我した同志の治療費などで、結構金が掛かる。」
“老人”は肩を竦めた。
シェイン達は、別荘に着いた。
バンから降りた同志達は、今までのアジトよりも広い建物を見て、口笛をヒューと吹いた。
「ここで、ブライアンを待ち受ける。配置に付いて、準備を始めろ。整い次第、奴を呼ぶ。ガキは、地下のバスルームだ。」
コリンは手足を縛られたまま、地下のバスルームに連れ込まれた。
跳ねる様にして階段を下りたので、頭の傷がズキズキと疼いた。
浴槽に放り込まれ、一人が見張りに付いた。