ニックが地下に降りてきた。
「おい、コリン、気持ち悪くなったのか?」
ニックが、毛布に顔を埋めているコリンに声を掛けた。
コリンは毛布から顔を上げ、首を振った。
「疲れただけだ。頭が痛いのが続いているけど。ビリーの方が心配だよ。ずっと、不安そうだった。」
ビリーは青白い顔をしていたが、「そんな事はないよ。」と、慌てて打ち消した。
「お前の悪いところだな。人の事より、自分の身を案じろよ。」
ニックは苦笑し、コリンを立たせた。
「歩けるか?」
コリンは肯いたが、誘拐されてから6日間も縛られていたので、足取りは弱くなっていた。
「ビリー、彼を支えてくれ。銃は俺が持ってるよ。」
ニックはコリンから銃を預かり、コリンの両脇をビリーとニックが支えた。
コリンは、ふと右側にいたニックを見た。
アーサーのバーで会った時よりも、顔色が悪く、頬がやつれていた。
「前から痩せたよね。どこか悪いの?」
「どこ見てる。何時もの俺だよ。お前は、自分のことだけを考えろ。」
一歩ずつ、時間を掛けて、地上への階段を3人は登った。
1階へ上がったが、暗かった。
床には、男達が銃を持って、あちらこちらに倒れていた。
死体を避けながら、1階をゆっくり歩き、玄関に出た。
日が落ちていた。
星が綺麗に輝いていた。
庭に出ると、車の音が遠くから聞こえた。
「コリンの守り神達が、助けに来てくれたぞ。」
ニックが、コリンに告げた。
「どうして分かる?」
ビリーが聞いた。
「あの車の音は、ベンツSクラスのものだ。そんな高級なものを乗りこなしているのは、ブライアン・トンプソンしか思い当たらない。もう一台あるな。アレは、リンカーンだ。きっと、ジュリアンのだ。」
ブライアンの名を聞き、ビリーは緊張した。
「落ち着けよ。正直に話せばいいんだからな。」
ニックが、ビリーに言った。
「何を?」
今度は、コリンが聞いた。
「秘密結社に脅かされて、元爆発処理班のビリー・テンニース警官は、ここに爆弾の設置をした事さ。」
ニックは、地面を指差した。
じっくり見ると、地面に何かが埋め込まれていた。
「これが庭中に、何個も埋まっている。地雷みたいなもんだ。ブライアン達が来たら、ズドンとなる仕組みさ。」
「こっちも細工した。僕が持っている起爆装置を押さないと、地面に埋めた爆弾は作動しない。だから、踏んでも何も起きないよ。ほら。」
ビリーは胸のポケットから起爆装置を取り出すと、地面を強く何回も踏んだ。
爆弾はピクリとも動かなかった。
「お前、ちゃっかりしている。」
ニックとビリーは、顔を見合わせて笑った。
コリンは、ニックのこぼれる様な笑顔を初めて見た。
『ニックは、笑うと良い顔付きになるな。』
コリンも、顎が思うように開けなかったものの、釣られて笑ってしまった。
顔に痛みが走った。
車が近付いてきた。
ニックの指摘通り、ベンツS HYBRIDと、リンカーンだった。
3人を目にしたせいか、2台の車は躊躇わずに、庭に入った。
ベンツから、デイビットとブライアンが飛び降りてきた。
リンカーンからは、ジュリアンが降りてきた。
「行けよ。」
ニックは、コリンの背中をポンと押した。
コリンは、真っ直ぐデイビットに向かって歩いた。
デイビットも、コリンに向かって駆け寄り、2人は熱い抱擁を交わした。
「辛かっただろう。」
デイビットはコリンを担ぐと、ベンツの後部座席に乗せた。
『僕も早く妻を抱きしめたい。』
ビリーは、自分と重ね合わせてしまい、ホロリと一筋の涙を溢してしまった。
ブライアンは、ようやく探し当てたニックに、声を掛けた。
「探していたんだ。どこにいたんだ。」
「後で話そう。一刻も早く、コリンを病院に連れて行け。頭に大きな怪我をしている。あの様子だと、ひびが入っているだろう。それに、顔も。鼻と顎も折れている可能性かある。それに、肋骨も。」
「何と酷い事をやりやがって。私の連絡先は、ジュリアンに聞いてくれ。」
「分かった。」
ブライアンは、急いで車に戻り、コリンを病院に連れて行った。
後部座席で、コリンはデイビットの膝枕で横たわっていた。
「きっと、君達が救ってくれると信じていた。有難う。」
コリンは、デイビットの頬を撫でた。
「礼なんて言うな。俺達は、コリンを6日間も苦しませた。」
デイビットは、重傷を負っても自分達を思い遣るコリンの優しさに涙ぐんだ。
「そんなことはない。君達がいなかったら、俺は売られる所だったんだから。感謝しているよ。」
バックミラーで、コリンの様子を見たブライアンは、アクセルを強く踏み、病院への道を急いだ。
『コリンは、どんな時でも人に気を遣う。14の時から変っていない。』
遠ざかるベンツを見送り、ニックは親友に頼んだ。
「ジュリアン、警察に通報してくれ。」
「いいのか?」
「平気さ。気にするな。」
ジュリアンの通報で警察とFBIがやって来た。
イサオが入院している病院へ、コリンは運ばれた。
知らせを聞いて、イサオ、サラ、そして猛も駆けつけた。
「イサオ、サラ、猛さん。心配掛けたね。デイビット達のお陰で、どうにか戻ってきたよ。もう大丈夫だから。」
ストレッチャーに乗せられたコリンは、弱々しい声だが、3人に対して気丈に振舞った。
顔が血まみれのコリンを見て、3人はコリンの手を握った。
『コリン、俺のせいだ。済まない。』
イサオは許しを乞うた。
デイビットを除く4人は、診察室の前で待った。
緊急外来の医師達が集められ、ストレッチャーからベットに移されたコリンの診察が始まった。
初めは、頭部の怪我のチェックが行われ、MRIを撮った。
次に服を切られ、体の検査が行われた。
体中傷だらけで、2箇所スタンガンで当てられた火傷の跡も見付かった。
側で見ていたデイビットは、目を反らしてしまった。
首の後ろが赤く腫れていた。
「麻酔薬を打たれた跡だ。」
コリンがか細い声で、医師に告げた。
ニックの見立てが当たり、コリンの右前頭部には大きなひびが入っていた。
MRIの検査結果で、脳には異常が見られなかった。
鼻、両頬が陥没骨折し、顎の骨にもひびが見付かった。
肋骨は3本折れ、その1本が肺を傷つけていた。
幸いにも、傷は浅かった。
腹部の内出血は酷いものの、他の臓器は無傷であった。
栄養状態が悪く、脱水症状が出ていた。
6日間も怪我が放置されていたので、緊急に手術することになった。
コリンは怖がった。
監禁中、シェインに麻酔を打たれた恐怖がまだ残っており、麻酔に対して恐怖心があった。
デイビットは手を握り、コリンの心を落ち着かせた。
ようやく、コリンは手術に同意した。
手術が始まった。
控え室では、デイビット、ブライアン、イサオ、サラ、そして猛が、手術の成功を祈っていた。
看護師が駆け込んできた。
「思ったより、コリンさんの血液が必要になりました。Rh+O型の血液を持っている方は、おられますか。」
一人だけ名乗りを挙げた。
「私です。」
デイビットだった。
「一人で足りなかったら、僕が周りに声を掛けます。」
イサオが看護師に声を掛けた。
「貴方も看護師でしたね。是非、ご協力お願いします。」
看護師が、デイビットを別室へ連れて行った。
イサオが、サラから携帯を借りた。
友人の看護師に掛けた。
「残念だ。君もRh+B型か。僕もそうなんだ。Rh+O型だ。お願いだ。助かるよ。」
携帯を切ると、イサオは皆に報告した。
「心当たりを探ってみると言ってくれた。それに、彼の勤務先である美容整形外科病院にも問い合わせてくれると言ってくれた。」
「私も協力するわ。」
サラは、イサオから携帯を戻して貰うと、あちこちの友人に掛けた。
ブライアンもiPhoneを取り出し、知り合いに頼んだ。
イサオは思い出した。
3年前に、喉のポリープが見付かったものの、今の病院が合わないので、何処か良い病院を紹介してくれと言ってきた男性がいた。
その時、彼から病状に関するデータを見せて貰っていた。
その中で、血液型の項目があり、Rh+O型と明記されていた。
幸い、彼は近くで店を経営している。
後々の事を考えると、止めた方がいいのかと迷った。
だが、コリンの命の方が大事である。
『彼に頼もう。』
携帯を使っているサラから、小銭を借りると、イサオは杖を付いて公衆電話へ行き、男性に連絡した。
20分も経たない内に、彼はやって来た。
バーを経営してるアーサーであった。
ブライアンは内心驚いた。
アーサーは、『イサオの事はあまり知らない。』と、コリン達に言っていたのを、デイビットから聞いていたからだ。
「コリンの容態は?」
「命は何とか助かったが、重傷だ。今、手術中なんだ。」
イサオは、アーサーを伴い、控え室を出た。
友人へ携帯を掛け終わったサラに、ブライアンは聞いた。
「アーサーを知っているのか?」
「ええ。2回ほど彼のバーに行ったことがあるわ。イサオの友人よ。ブライアンの知り合いなの?」
「そんなものだ。」とブライアンは言葉を濁した。
その後、コリンと同じ血液型を持つ、イサオ、サラ、そしてブライアンの友人達が病院にやって来て、血液を提供してくれた。
彼らの協力もあり、コリンは5時間に及ぶ手術に耐え、手術は成功に終わった。