翌日の早朝。
隼が、次女が待つモントリオールに旅立つ時間が迫ってきた。
コリンとデイビットは、隼を空港まで送るため、イサオの自宅を訪ねていた。
昨夜遅くに、コリンとデイビットの元に、ブライアンからイサオが狙われているとの情報が入った。
寝る前、念入りに銃の手入れをしてきた。
コリンは隼に、イサオが再び狙われている事は隠した。
出発前に、余計な心配を掛けさせたくはなかった。
イサオは病院へ戻る時間、隼がイサオの家を訪問した。
「リハビリ、頑張りすぎるなよ。お前は、人一倍努力してしまうからな。」
「大丈夫だ。先生や理学療法士の言う事に、キチンと従っているよ。」
隼と勲の兄弟は、手を握って別れた。
勲の車椅子を押している猛が、隼に一言別れを言った。
「隼、お前も元気でな。」
「親父も。」
コリンは、短い会話の中でも、猛と隼が少し歩み寄りを見せたので、嬉しくなった。
イサオ、サラ、そして猛は、病院へ戻った。
隼は、デイビットのレンタカーに乗り、空港へ向かった。
空港のゲートで、隼はコリンとデイビットと握手した。
「楽しかったよ。お願いがあるんだ。イサオのこと、くれぐれも宜しく。」
「はい。分かりました。」
コリンは笑顔を見せた。
「病院での襲撃以来、何も動きが無い。この沈黙が怖い。何か恐ろしい事が起きそうな気がするんだ。」
隼は心配していた。
イサオが再び狙われていることは知らないのに、危険な空気を察していた。
「大丈夫です。安心して下さい。何かあっても、俺達が必ずイサオを守ります。」
「有難う。君達だけが頼りだ。」
隼は、コリンとデイビットに強くハグをして、飛行機に乗った。
ブライアンは愛用のベンツS HYBRIDを運転し、マイアミ市郊外にあるニックのトレーラーハウスを訪ねた。
ニックは秘密結社の人間と見ていた、ブライアンは何としても彼に会いたかった。
今回も空振りであった。
トレーラーハウスには、何時もいた犬すらいなかった。
犬がいないという事は、暫く留守にする事を意味していた。
「それならば。」
ブライアンは、車のトランクに入っている工具箱を開けると、針金を取り出し、トレーラーハウスのドアを開けた。
中は清潔に保たれ、物は殆ど置かれていなかった。
流し台の中に、紙が燃えカスがあった。
「何か燃やしたのか。」
周りの棚を開けて見たが、書類らしきものは見当たらなかった。
「秘密結社の痕跡を消しているのか。」
ブライアンはそう思いながら、下の引き出しを開けてみた。
すると、使われていない注射器が出てきた。
「何だこれは?どういうことだ?」
ブライアンは考え込んだ。
トレーラーハウスを降りると、ブライアンは周りを歩いた。
すると、近くの森で焚き木をした痕跡が見付かった。
そこにも、灰や紙の燃えカスがあった。
灰に触れたが、冷たかった。
「大分前から、証拠を消しているな。」
ブライアンは、ベンツS HYBRIDに乗り、マイアミ市内へ入った。
車を、一軒のダイナーの前に止めた。
ニックの親友・ジュリアンに会う為だ。
一人の見覚えのある金髪の男性が、ダイナーを出た所に出くわした。
ニックの前の相棒だったマックス・カールマン刑事である。
『どうして彼が?』
疑問に思いながら、ダイナーに入った。
年配のウェイターに50ドルのチップを渡し、ジュリアンがいるか訊ねた。
少し待った後、ウェイターが2階にいるジュリアンの所へ案内してくれた。
「やあ、トンプソンさん。お久しぶりです。」
丸顔のジュリアンは、人懐っこい笑顔を振りまいた。
「聞きたいことがある。君の親友ニック・グランド刑事の事だ。彼の居場所を知りたい。何度もトレーラーハウスへ行ったが、留守なのだ。さっきも訪ねたが、犬もいない。当分は、あそこへ戻らないつもりらしい。」
ブライアンは、本題を切り出し、多額の現金をジュリアンの前に差し出した。
ジュリアンは、寂しい顔をした。
「実を言うと、私も探しています。彼の元同僚も。今現在、何処にいるのかまだ判明していません。まさか、ロボまで連れて出て行ったとは知りませんでした。」
「犬の名前は、ロボと言うのか。それに、元同僚とか言ったな。ダイナーの入り口で見かけたマックスの事か。」
「彼をご存知でしたか。」
「向こうは俺のことは知らない。俺も、マックスの事は詳しくは知らない。ニックと5年間も組んでいた刑事としか。彼は辞めたのか。」
「いいえ、辞めたのはニックです。マックスが来たのは、ニックの居場所を私に聞き出す為でした。私が正直に話すと、肩をがっくりと落としてしまいました。」
ブライアンは驚いた。
「ニックが警察を辞めた?」
「はい、先日。上司は喜んでその申し出を受けたそうです。先程、マックスから聞いたのですが、FBIは、ニックも秘密結社に関わりがあると見て、調べています。」
ジュリアンは溜息をついた。
親友の裏の顔を初めて知り、ジュリアンは悲しかった。
何故、自分に打ち明けてくれなかったのかと。
「尚の事、ニックと会いたい。君も知っていると思うが、イサオが再び狙われている。」
「えっ?今、知りました。」
「俺は昨夜、情報を得た。ロシアン・マフィアの残党が狙っている。殺し屋を雇ったそうだ。怪我をして弱っているイサオから倒そうとしている。卑怯な奴だ。」
「おかしいです。残党、ミーシャという若者ですが、秘密結社の所に戻ったと聞いています。」
「どういう事だ。俺も初耳だ。」
「どちらにしても、イサオさんに危険が迫っているという事です。私も、仲間達と協力し、ミーシャと秘密結社の動きを探ってみます。そして、ニックの居場所も探してみせます。」
「頼む。それに、もう一つ聞きたいことがある。」
ブライアンは、アルコール依存症の男が目撃した話をした。
男は、イサオが野球帽の男に頭を撃たれ、助けられた所を、見ていたのだ。
男は見たことを、母親と警察に話した。
話を聞いた担当の刑事・ニックは、母親を説得し、遠方の治療施設に男を入れた。
「ご存知でしたか。」
「ああ。男と彼の母親に会ったんだ。君は、コリンに男に会うと言ったが、その後は話していないな。」
「そうです。男の話が信じられないというのと、親友のニックが関与していたので、コリンには話せなかったのです。」
「虚言癖があるが、その男は見たのは間違い無いと言っていた。」
「私も、何度も調べ、確認しました。男の話は、今回は正しいと分かりました。とても悲しいですよ。正義感が強い親友が、真面目な看護師の襲撃事件に関わっていたなんて。」
ジュリアンは悲しい顔をした。
「野球帽の男の行方は?」
「それも不明です。どんなに探しても、男の影すらも見付からないのです。ニックだけが、知っているのでしょう。」
ブライアンは小切手を取り出し、高額を書き込み、ジュリアンに渡した。
「その男の行方も捜してくれ。」
病院に着いたコリンとデイビットは、普段より更に警備が厳重になった事に気が付いた。
「さっき、警察に『イサオが狙われている。』とのタレこみが入ったの。全く、しつこい奴らだわ。」
病室で、サラが怒りを露にした。
猛の顔も険しかった。
「今回も、俺達が付いているよ。」
コリンがイサオに言った。
デイビットも肯いた。
「頼もしいな、コリン。親父もいるしね。俺も何とか自分の身を守れればいいがね。」
イサオは、杖を取り出した。
「何言っているの。イサオはリハビリに専念して。」
嬉しさの余り、イサオはコリンをハグした。
17年前に初めて会った時は、コリンは14歳のか弱き少年だった。
それが、すっかり逞しい青年に成長してくれた。
コリンの為にも、イサオは自分がリハビリにもっと専念して、早く回復しなければと思った。
そして、真相を隠していることに、心の中で深く詫びた。
患者を装った秘密結社の男が、病院を出ると、シェインに警備の状況を報告していた。
「ご苦労。実行は、7日後に決定した。」